寝巻きでコンビニ無感情
自作の自由律俳句を表題に短編を書く。
十一作目。約1500字。
「寝巻きでコンビニ無感情」
電気代節約の為にエアコンを消して寝たものだから、深夜に暑さで目が覚めてしまった。汗だくのTシャツを脱ぎ捨て、干したまま放置してある洗濯物から新たなTシャツを物色し被る。
猛烈に喉が渇いていた。暗闇の中を冷蔵庫までたどり着いて中を覗くと、実家から送られてきた野菜がごろんと転がっているだけで、他にはなにも入っていない。漏れ出る光に目を細めながらぼうっと冷気に当たっていたが、ふと我に返った。
いかんいかん、これではエアコン代をケチった意味がないではないか。
扉を閉めると冷気が途絶え、室内は再び暗闇に包まれる。冷蔵庫の前にしゃがみこんだまま、うへぇ、あっちぃなあなどと呟くも、その声は闇の中に離散していく。独り言に相応しい侘しさである。
しかし喉が渇いた。全身が冷たい飲料を欲している。水道水以外の。
完全に目が覚めてしまい、一度涼まないことには到底眠れそうにない。仕方が無い、コンビニに行こう。
決めるや否や立ち上がり玄関に向かう。投げ置いてある鞄から財布を探り当てると、素足にスニーカーを突っかけて外に出た。
夜風はぬるいが、部屋の中よりはましだ。深夜と早朝の狭間の暗い時間帯、私の他に人影はない。
着古したTシャツに下はスウェット、スニーカーの踵を踏んだままズルズル歩いて、そういえばノーブラだったな、と気がつく。
瞬時に「まぁいいか」という判断を下したところであっという間にコンビニに到着、徒歩一分の道のりである。
ピロリローンという愉快な音とともに入店。眩しさに目がくらみ、涼しさに脳が歓喜の声を上げた。
早速カゴを手に取り、品出しの箱で散乱した店内に進んでいく。
とりあえず水、お茶も買っておこう。あ、ビール飲みたい。冷蔵庫が空だったから、すぐ食べられそうなものも確保。スイーツコーナーで新商品発見、これは買いだな。
涼しさを堪能しながら全ての棚を見て回る私を、品出し中の店員が気だるげに避けて通っていく。他に客の姿はない。
存分に涼みレジへ向かうと、奥から若い男の店員が出てきた。こちらもだるそうな様子だ。
無言で商品にバーコードリーダーを当てる彼の手をなんとなく眺める。ピッ、ピッ、ピッ、と実にリズミカルに動く手はだるそうな表情とは乖離していて、『なにも考えずに手を動かす』作業のお手本の様であった。
わかる、わかるよ君の気持ち。だるいよね。『深夜に来る客まじでウザい』ってかんじかな。でも喉が乾いちゃったんだもの。仕方ないのだよ。
脳内でつらつら話しながら、会計を済ませる。つり銭を受け取るときに、彼の視線が胸元に注がれるのを感じた。
黒地に白抜きで『NICE』の文字のTシャツ、ノーブラの私。
綺麗に詰めてもらった袋を受け取り、ぬるい外の空気の中に戻る。店員の彼に、悪いことしちゃったな、となんとなく思う。
ほんの数年前までは、寝巻きどころかすっぴんで外に出ることさえ考えられなかった。パステルカラーのふわふわした部屋着を好み、「スウェットとかジャージってどこに行けば売ってるの?」などとのたまっていた昔の私はもういない。
失恋と転職を繰り返しながら二十代の全てを消費し、あっという間に三十路である。変わらず独り身で、加速していく単調な日々をどこか他人事のように眺めて過ごす。この調子でいくと、三十代も一瞬で終わるんだろうなぁ、なんて考えながら。
徒歩一分の距離も待ちきれず、缶ビールのプルトップを開けた。景気の良い音とともに溢れた泡に慌てて唇をつけながら、人っていうのは変われば変わるものよねぇ、と感慨のようなものを感じて立ち止まる。茫洋たる夜空に向かって、缶ビールを掲げた。
ふわふわのパステルカラーに包まれていたあの頃より、自由で味気ない日常に乾杯。
右手にぬるくなっていく缶ビール、左手に凪いだ気持ちをぶら下げて、私は再び歩き出した。
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