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帰省を規制されている稀世【エッセイ】

「帰省を規制されている稀世」
タイトルは例によって自作の自由律俳句なのだけれど、今日はエッセイを書いてみようと思う。

今まで、両親が登場する話や、妹の頭目掛けてリモコンを投げた話(これは一応小説の体をしているが、ほぼ実話だ。妹よ、すまなかった。ちなみに、今はめちゃくちゃ仲良しです。)は書いてきたが、弟の話は書いたことが無い。

そう、私には弟もいる。
年が九つ離れた弟のことを、私は彼が生まれた時から知っている。
これは比喩ではない。
母が弟を出産する時に立ち会ったので、私は弟が生まれたその瞬間を目撃しているのである。
母親の出産に立ち会ったという話を聞いたことがないので、我が家の教育方針はけっこう変わっていたのではないだろうか。
詳細の記述は避けるが、ばっちり記憶に残っているその光景はなかなかに衝撃的なものだった。
小学三年生当時から世の中の出産経験者を無条件リスペクトできるようになったので、教育としては効果的だったと言えるだろう。

話が逸れた。今日書きたいのは、弟のことだ。
年の離れた弟が、私は可愛くて仕方が無い。
幼少期の頃の彼の可愛らしさと言ったらもう、思い出すだけで私を幸福感に包んでくれる。
ふくふくほっぺ、まんまるおめめ、小さな身体できゃっきゃとはしゃぎ、
「おねえちゃんおねえちゃん」と私の後を着いてくるのだ。
可愛い。超可愛い。さては天使だな。
年が離れているのでケンカするようなこともなく、私は半分保護者気分で弟のことを見守っていた。

私は高校を卒業後、進学のために上京した。
私と離れることを寂しがって泣いた弟は、その時九歳。
弟は、長期休みに帰省して再び東京に戻る私を見送るときも泣いたし、私のところに遊びに来て、帰るときにも泣いた。
罪悪感と、離れることを寂しがってくれる嬉しさが入り混じった複雑な感情に襲われて、私も泣いた。
弟が小学校を卒業するくらいまで、涙の別れは繰り返された。

中学生になったあたりから身体も心も成長し、高校に入った頃には身長も私を追い抜いてどんどん逞しくなり「可愛い」とは程遠い見た目になってからも、私にとっては変わらず可愛い弟だった。

身体が大きく逞しくなって身長を追い抜かれても、
女の子みたいだったあどけない顔が別人のように男らしくなっても、
口数が少なくなって「お姉ちゃん」なんて呼んでくれなくなっても、
かつて別れの場面が訪れるたびに泣いたことなんて忘れしまっても、
可愛いものは可愛い。
私はたぶん一生、弟のことが可愛い。

可愛いから、弟が進学のために引っ越すときは有給を取って手伝いに行ったし、両親に便乗して遊びに行ったときには彼の通う大学の学食に行きたいと騒いだし、行ったら行ったで
「ここが、弟君が毎日通っている大学なのね・・・!」
と興奮が隠せなかった。
お察しの通り、私は少々ブラコン気味である。
自覚があるので、自分の気持ちを抑える努力は欠かさない。だって嫌われたくないもの。
そんな姉(+両親)を嫌がることなく学食に案内してくれる弟は、人間が出来ていると思う。優しい。やっぱり可愛い。無論、姉バカも自覚済みだ。

そんな弟は今、大学二年生。
ついに成人を迎えた弟に、私は会えずにいる。

理由は、例のアレ。新型コロナウイルスだ。
第一波が収まってきた頃は、夏には家族皆で集まれるかな、なんて話していたけれど、襲い来る第二波にあえなく断念。
そこで、母の提案により、私たち家族はオンライン帰省という名のオンライン飲み会を開催することになった。

都内でそれぞれ一人暮らしをしている私と妹、実家には両親と弟。
(弟は地方の大学に通っているため、リアル帰省していた。)
オンライン飲み会をするような友達がいない、リモート不可能な仕事をしている私にとって、それは初めての体験だった。

諸々の事情を鑑み、オンライン飲み会はLINEで行われた。
スマホの画面に表示される、家族の顔。
画面越しに家族が集まっているのは、なんだか不思議な気分だった。

それぞれに用意したグラスを掲げて、乾杯。
弟は、父が作った謎のお酒を手にしている。
焼酎を、ブドウジュースで割ったらしい。酎ハイと呼んでいいのだろうか?美味しいのかは疑問だが、わりとスイスイ飲んでいるように見える。

弟が、酒を、飲んでいる。

ああ、本当にハタチになったんだなぁ。
あんなに小さくて可愛らしかった子が、もう成人なのか。
「弟君がハタチになる年には、お姉ちゃんは二十九歳だよ!」なんて言ってたあの頃は、本当にそんな日がくるなんて信じられなかった。
そのくらい、遠い未来のことだと思っていたのに。

感慨深いとはこのことか、と、一人しみじみしながらビールを飲む。
初めてのオンライン飲み会は、想像以上に一体感があった。スマホの画面は小さいけれど会話するのに全く支障はないし、よく見えるし聞こえる。
文明の利器、スマートフォン。全く素晴らしい。

春から都内勤務になった妹の仕事の話、オンライン授業が続く弟の話、単身赴任中の父の新しい職場の話。子供達の生活環境を心配する母の質問コーナー。

意外なほど話は弾んだ。
久々の家族揃っての会話ということと、子供達が皆それぞれに自分の生活を持ったこと、父が年を取って丸くなってきたことで、かつてないほど和やかな空気が家族の会話の中を流れていった。

三時間近く話していただろうか。
いつも早寝の両親が抜け、しばらく姉弟で話したあと、翌日仕事があるという妹がログアウトして画面上には私と弟が残された。

弟と、サシ飲みだ!・・・オンラインだけど。

心なしか饒舌になった弟と、二人であれこれ話す。
酔っているのか気になるけれど、弟は真っ黒に日焼けしていて顔色の変化が分からない。
(弟はテニス部に所属していて、最近やっと部活が再開したそうだ。好きなテニスが出来ないのはさぞ辛かっただろう。再開して本当に良かった。お姉ちゃん嬉しい。)

両親の前では出来ないような話を、いくつか話した。主に趣味の話。
弟は、見た目はすっかり大人の男性なんだけれど、二人で話しているとやっぱり可愛く感じる。
途端に、オンラインのやり取りがもどかしくなった。

やっぱり直接、向かい合って話がしたいよ。
お酒を飲んでる弟の顔を、ちゃんと見たい。
酔っ払うとどんな風になるのか、お姉ちゃんは気になります。
お酒を注いであげたいし、同じものを飲みたい。

口に出しても仕方のないことだから、言わなかったけれど。
初めて目にする、弟がお酒を飲む姿。
それが画面越しなのは、やっぱり少し寂しい。

通話が終わった後、しばらくスマホの画面を眺めたまま、そんなことを考えた。

*****

弟へ。
君はきっとそんな風には思っていないのだろうけれど、
私は君と一緒にお酒が飲める日を、けっこう本気で楽しみにしてるんだよ。

その日が来たら、掲げるだけじゃない、グラスが触れ合う乾杯がしたい。
やっぱり、それが本当の乾杯だと思うから。

本当の乾杯で君の成人を祝える日が、
みんなで集まって笑い合える日が、
早く来るといい。

その日が来るまで、
授業も部活も趣味の活動も、頑張ってね。
できれば日焼け止め、塗ってね。

家族の無事を祈りながら、私も頑張ります。

お姉ちゃんより。

*****

※ヘッダーの写真は、小学生の頃の弟が泣きながら私に手を振っている後ろ姿。
(撮影者:父)

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