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キャパシティゼロ・ヒーロー

軒先にテラス席のようにテーブルを出しているラーメン屋さんがあって、その前を通りかけたらそのうちの一席で、東アジア系の外国人旅行者家族が大きめに声を上げながらコンビニ弁当を食べていた。
想像もしていなかった光景に一瞬、え!?と声が出そうになったけれど、まるで何もないかのように定員さんもスルーしていて、まぁ、家族は家族で仲が良さそうに、おにぎりだとかお弁当だとかを食べている。
確かに満席というわけではなくて空いている席もあるし、よそへ行けと言ったら道端で食べることになっちゃうわけだし、何よりも家族4人で幸せそうに食べているし、座席を貸すぐらい大した問題じゃない。
それにたぶん注意をすれば、それはすみませんと素直に立ち去るんだろうなぁというやわらかい雰囲気の家族だった。満席だったら断っただろうし、これ以降、それが癖になってどこかでトラブルを起こしてしまう感じでもなかった。
というか、なんとも微笑ましいというか、楽しそうな家族だった。

僕は今、ものすごく嫌いだなぁと思うことがある。
様々な対立がこの世界に溢れていることはわかるし知っている。
思想、宗教、当事者同士がお互いを攻撃し合っている。
それでも負の連鎖から抜け出すべきだという主張も少なからず存在していて、攻撃ではない意見もたくさんある。当事者から出てくる分断とは逆の方向の言葉たち。
そういう中で、明らかに当事者ではない人たちが、憎悪感情を煽っているとしか思えないフェイクニュースを垂れ流している。
当事者が立場を高めるために流すフェイクニュースだけでもうんざりするのに、なんであんな扇動をしているのかさっぱりわからない。面白くもなんともない。

特に今、解くことの困難な難しい状況の中で、数千年に渡る憎悪の歴史を持ち分断したもの同士が対峙している。
憎悪を煽ることはそのまま死に繋がるものだし、テロや暴動、武力行使に繋がるものだし、子供たちの命に繋がるものだとわかってやっているのだろうか。
非難するのはそれぞれがそれぞれの立場ですればいいと思う。いや、むしろそこは真剣に徹底的に糾弾すればいい。そうやって言論で闘うことが一番良いのだから。
けれど、ないものをあるかのように扇動している人は、自分の言葉がどれだけの人の命を奪いかねないか考えた方がいいと思う。

僕らの近隣諸国も様々な問題を抱えている。
歴史的な問題はもちろんだし、思想的な問題や、差別問題、文化的対立などなど。今も喧々諤々に言い争ったりもする。
そんな馬鹿なっていうような噂話はいくつもあがってきた。
悲しい事件だって過去にはあった。
だから憎悪を煽ればどこまでも対立することは簡単なことなのだろうと思う。
憎悪の感情が生まれれば簡単だったことが出来なくなる。

お店の軒先で、微笑ましく家族がご飯を食べている。
飲食店だし持ち込みは禁止だろう。
ましてやお店の前を通る人たちにどんな印象を持たれるかもわからない。
ダメだと追い出すことは簡単にできることだったはずだ。
そのまま、そこで食べることを許容することは簡単だったかな。
それを僕はみる。その光景を僕はみる。
何か特別なわけでもないし、ニュースになるわけでもないし、そこで起きたことを国に帰ってから誰かに話すほどのことでもない。SNSにも地味すぎて上がらないようなことだと思う。
いつか、あの家族の子供がもう一度日本に来た時に気付くかもしれないぐらいのことだ。

たぶん、僕の目に映らないだけでそんなことがあちこちに溢れている。
エレベーターでこっそり「開」ボタンを押し続けてくれている人や、混雑した電車でそっと踏ん張ってガードしてくれる人、お年寄りの前を歩いて信号に間に合うように確認している人。泣いている子供に微笑んで対応してくれる人。
目を凝らさないとわからない英雄たちがこの世界には溢れている。
ヒーローだぜと飛び出してくるわけでもなく。
キャパシティゼロのまま、そっと善意を残していく。

悪意の目立つ昨今だからこそ。
ぜんぜん関係ない場所にあった善意に僕は感動をする。
捨てたもんじゃないよ、世界。
そしていずれ悪意を駆逐できるよと、僕は信じる。

誰も見ていないかもしれない。
それでも充分にそれは世界に輝く。


映画『演者』
企画 監督 脚本 小野寺隆一
音楽 吉田トオル
題字 豊田利晃

「嘘ばかりの世界」だ
  「ほんとう」はどこにある

【上映館】
・2023年11月18日(土)より
ユーロスペース(東京・渋谷)
http://www.eurospace.co.jp/
劇場窓口にて特別鑑賞券発売中
先着50名様サイン入りポストカード付

出演
藤井菜魚子 河原幸子 広田あきほ
中野圭 織田稚成 金子透
安藤聖 樋口真衣
大多和麦 西本早輝 小野寺隆一

撮影 橋本篤志 照明 鈴木馨悟
録音 高島良太 絵画 宮大也
スチール 砂田耕希
制作応援 素材提供 佐久間孝
製作・宣伝・配給 うずめき

【あらすじ】
昭和20年春、終戦直前のとある村。嶋田家に嫁いだ3人の女たち。
血の繋がらない義理の三姉妹は男たちが戦時不在の家を守り続けている。

家長であるはずの長男の嫁、智恵は気を病んでいた。
三男の嫁、恵美は義姉を気遣う日々を送っている。
次男の嫁、陽子は智恵がおかしくなったふりをしているのではと疑っていた。

やがて魔物が再び女たちの前に現れる。
世界は反転して、演技は見抜かれる。

◆終映(特別限定先行上映)◆
・2023年4月15日(土)16日(日)※限定2日間
シアターセブン(大阪・十三)
・2023年4月15日(土)18日(火)21日(金)※限定3日間
名古屋シネマテーク(愛知・名古屋今池)
・2023年3月25日(土)~31日(金) ※限定1週間
K'sシネマ (東京・新宿)

投げ銭は全て「演者」映画化計画に使用させていただきます。