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5歳児が料理をする理由。

小さな子が包丁を使っている。


『はなちゃんのみそ汁』p154


この記事には、センシティブな内容(病気、死別)が書いてあります。


この子の母の名は安武やすたけ千恵ちえさん。はなちゃんを産んだとき、千恵さんはガンに侵されていた。


私は、がんになった後に、ムスメを授かりました。
だから、この子を残して、死ななければなりません。
(中略)
彼女は、私がいなくなった後、生きる上で必須科目となる、家事はできるだろうか。

『はなちゃんのみそ汁』p151


今回紹介する本は『はなちゃんのみそ汁』(安武 信吾,千恵,はな/文藝春秋/2014年)である。


ある読者は、

本を読んで、初めて苦しくなるほど泣きました。

『はなちゃんのみそ汁』p247

と述べた。

食べることの意義。
家族の愛。

根源的なテーマを持つノンフィクションである。


かなこさん(#このレシピが好き など数々のコンテストで受賞された方です)は、『1ヵ月に本を1冊も読まない人は6割を超える』という文化庁の調査報告に驚き、この企画を考えたとのことです。

この本を知ったのは、14年前。
勇気がなくて、ずっと読めませんでした。
きっかけをくれた、かなこさんに感謝です。


1.食べることは生きること


読後、強く思ったのは「もっと食を大切にしよう」ということだ。

千恵さんは自分の命が尽きたときのことを考えていた。
残された夫と娘(はなちゃん)のことを案じていた。

『はなちゃんのみそ汁』p54
千恵さんとはなちゃん


父と子の二人だけになってしまったとき――
最も手が抜かれるのは「食」だろう。

「食」は、おろそかにされやすい。

外食、インスタント食品、お菓子。
腹を満たす”手っ取り早い”手段は世の中にあふれている。



私はそれらを否定するつもりは一切ない。
むしろ、夫婦共働きなので頼っている。
外食やインスタントの「おいしさ」も楽しみたい。


だが、手作りの料理も大切にしたい。


がん治療の過程で「食べることは生きること」だと考えるようになった千恵さんは、5歳になったはなちゃんに料理を教える。

何にもできない彼やムスメだったら、心残りがありすぎて、おちおち天国に行けないっちゅーはなしです。

『はなちゃんのみそ汁』p152


5歳児にとって、みそ汁作りは簡単なことではないだろう。
また、自分の余命がわずかと知ったなら、子どもを思い切り可愛がったり甘やかしたりするのではないか

だが、千恵さんは”覚悟”が違った。

厳しいと揶揄やゆされようとも、彼と彼女が自分の足で生きていけるようになるまで、心を鬼にして、しつけをするまでです

『はなちゃんのみそ汁』p152


『はなちゃんのみそ汁』p155


千恵さんの教え方は実に巧みで敬服する。


「ママ、おみそはどのくらい入れればいいの?」
「自分で味見をしてごらん」
口を出さない。手を貸さない。

『はなちゃんのみそ汁』p155


人に育てる時、やってしまいがちなのは「答えを教えること」「代わりにやってあげること」。

しかし、それでは本当の力はつかない。

私は自分の子どもに「つい手を貸してしまう」のだが、千恵さんは耐えて耐えて成長を待つ。
その姿勢がすばらしい。

はなの段取りが悪くても、決して叱らなかった。叱らずに、何度も繰り返しやらせた。調理に失敗したときは、その理由を一緒に考えた。

『はなちゃんのみそ汁』p156


『はなちゃんのみそ汁』p157


やがて、はなちゃんは自分一人でみそ汁を作れるようになる。
はなちゃんの父・信吾しんごさんは、二人が調理する様子を次のように書いている。

食卓で新聞を読みながら朝食を待つぼくには、二人の会話が聞こえていた。
「パパをびっくりさせようね」
「おいしいって言ってくれるかな。ドキドキするね」

『はなちゃんのみそ汁』p156


しかし別れのときがやってくる。
千恵さんは33歳の若さで天国へと旅立つ。


途方もなく落ち込んだのは、はなちゃんではなく信吾さんの方だった。



2.料理の力


信吾さんは、当時の様子をこう振り返る。

前を向いて生きていかねばならない。 はなのためにも。(中略)分かっているが、だめだった。安定剤を飲み、泥酔するまで酒を飲み、千恵が発病してからずっとやめていたタバコまで吸うようになった。

『はなちゃんのみそ汁』p207


もちろん、はなちゃんも辛かった。寂しかった。

寝る前に祭壇の前で線香を立て、千恵の遺影に向き合うと声を出して泣き出した。
「ママがかわいそう。なんで、はなを残して死んじゃったの。ママ、ママ」

『はなちゃんのみそ汁』p214



そんな二人を救ったのが、みそ汁・・・だった。

はなは、つらそうに台所に立つぼくを見て、包丁を取り出した。
はなは豆腐を小さな手の平の上に乗せた。ゆっくり豆腐を切ると、ガスの火をつけ、カツオ出汁を張った雪平鍋の中に入れた。手慣れた作業だった。
(中略)
ぼくはびっくりした。忘れかけていたが、千恵が寝込み、動けなくなる前まで、はなはずっと、朝食のみそ汁を作っていたのだ。

『はなちゃんのみそ汁』p212-213



『はなちゃんのみそ汁』p213



みそ汁を作る理由について、はなちゃんは『はなちゃんのみそ汁 青春篇 父と娘の「いのちのうた」』で次のように語っている。

台所には、家の中を明るくしてくれるヒントがいっぱい詰まっていました。
私が料理を作ると、パパが笑顔になるのです。パパには、ずっと笑っていてほしかったので、私は毎日台所に立ちました。

『はなちゃんのみそ汁 青春篇 父と娘の「いのちのうた」』p39


作ってもらった方は、「おいしい」。
作ってあげた方は、「喜んでもらえて嬉しい」。


やがて、二人の生活は料理を中心に回っていく。

保育園の遠足の日のことだ。ぼくは初めて、はなの弁当を作った。
(中略)
遠足から帰ってくると、弁当箱の中は空っぽだった。
はなが「パパ、あのね」と耳元でささやいた。
「世界で一番おいしかったよ」
「そうかあ、また作ってあげようね」
(中略)
五歳児との会話はゆっくりだが、成り立っていた。笑顔が確実に増えていた。

『はなちゃんのみそ汁』p219


料理とは、お互いを幸せにする魔法だと思う。
料理とは、愛を形にする最善の方法だと思う。


作ってもらった方は「おいしいよ」と笑顔になる。
作ってあげた方は「そりゃよかった」と嬉しくなる。



『はなちゃんのみそ汁』p204


私も、母に様々な手料理を作ってもらい(何でもない煮物や炊き込みご飯などだったが、今思い返すと愛情がこもっていた)心も身体も大きくなった。


「家族のために料理がしたい。ハンバーグでも作ろうか」

そう思った。



最後に、はなちゃんが小学3年生の頃、天国のお母さんに書いた手紙を紹介して終わりにしたい。


『はなちゃんのみそ汁』p3


『はなちゃんのみそ汁』p4-5
(タップすると、大きく表示することができます)



『はなちゃんのみそ汁』p6-7


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数学専門の国語教師オニギリ
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