小さな子が包丁を使っている。
この子の母の名は安武千恵さん。はなちゃんを産んだとき、千恵さんはガンに侵されていた。
今回紹介する本は『はなちゃんのみそ汁』(安武 信吾,千恵,はな/文藝春秋/2014年)である。
ある読者は、
と述べた。
食べることの意義。
家族の愛。
根源的なテーマを持つノンフィクションである。
1.食べることは生きること
読後、強く思ったのは「もっと食を大切にしよう」ということだ。
千恵さんは自分の命が尽きたときのことを考えていた。
残された夫と娘(はなちゃん)のことを案じていた。
父と子の二人だけになってしまったとき――
最も手が抜かれるのは「食」だろう。
「食」は、おろそかにされやすい。
外食、インスタント食品、お菓子。
腹を満たす”手っ取り早い”手段は世の中にあふれている。
私はそれらを否定するつもりは一切ない。
むしろ、夫婦共働きなので頼っている。
外食やインスタントの「おいしさ」も楽しみたい。
だが、手作りの料理も大切にしたい。
がん治療の過程で「食べることは生きること」だと考えるようになった千恵さんは、5歳になったはなちゃんに料理を教える。
5歳児にとって、みそ汁作りは簡単なことではないだろう。
また、自分の余命がわずかと知ったなら、子どもを思い切り可愛がったり甘やかしたりするのではないか。
だが、千恵さんは”覚悟”が違った。
千恵さんの教え方は実に巧みで敬服する。
人に育てる時、やってしまいがちなのは「答えを教えること」「代わりにやってあげること」。
しかし、それでは本当の力はつかない。
私は自分の子どもに「つい手を貸してしまう」のだが、千恵さんは耐えて耐えて成長を待つ。
その姿勢がすばらしい。
やがて、はなちゃんは自分一人でみそ汁を作れるようになる。
はなちゃんの父・信吾さんは、二人が調理する様子を次のように書いている。
しかし別れのときがやってくる。
千恵さんは33歳の若さで天国へと旅立つ。
途方もなく落ち込んだのは、はなちゃんではなく信吾さんの方だった。
2.料理の力
信吾さんは、当時の様子をこう振り返る。
もちろん、はなちゃんも辛かった。寂しかった。
そんな二人を救ったのが、みそ汁だった。
みそ汁を作る理由について、はなちゃんは『はなちゃんのみそ汁 青春篇 父と娘の「いのちのうた」』で次のように語っている。
作ってもらった方は、「おいしい」。
作ってあげた方は、「喜んでもらえて嬉しい」。
やがて、二人の生活は料理を中心に回っていく。
料理とは、お互いを幸せにする魔法だと思う。
料理とは、愛を形にする最善の方法だと思う。
作ってもらった方は「おいしいよ」と笑顔になる。
作ってあげた方は「そりゃよかった」と嬉しくなる。
私も、母に様々な手料理を作ってもらい(何でもない煮物や炊き込みご飯などだったが、今思い返すと愛情がこもっていた)心も身体も大きくなった。
そう思った。
最後に、はなちゃんが小学3年生の頃、天国のお母さんに書いた手紙を紹介して終わりにしたい。