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彼女は、夜のマンションを眺めた
「散歩に行きましょう。」
ある冬の夜、私は唐突に散歩に連れ出された。
地球温暖化の影響だろうか、今年は例年ほどの冷えがない。
とはいえ、やっぱり夜は寒い。
私は分厚いダウンに包まれ、身体を震わせながら彼女と夜の河原を歩いていた。
彼女はと言うと、同じようなダウンを着込んでいるものの、寒そうな表情はない。
すっきりとした表情で前を見て、ずいずいと歩を進めている。
気付けば、彼女の方が数歩先を歩いていた。
まぁなんというか、彼女はそういう人だ。
突然、彼女が歩を止めた。
彼女の視線の先には、川向の大型マンションがある。
100戸以上はあるだろうか。オレンジや白など、色とりどりの明かりが窓から溢れている。
あそこに住めるのはきっと金持ちなんだろなーとぼんやり思っていると、唐突に彼女が語りだした。
「マンションの明かりはね、私以外の誰かの人生の証なのよ」
予期せぬ回答に、私はたじろいだ。
「マンションにはね、当然数十以上の部屋があるわ。
で、その中には当たり前に人が住んでいて、その人だけの人生を送っている。
普段はそんなこと意識しないけど、夜、マンションの明かりがいくつも灯っているのを見ると、確かにそこには明かりの数だけの人生が存在することを思い知らされる。
容姿も、思考も、過去も未来も、どんな人かは分からない。
でも確かに、私じゃない誰かがそこには存在する。
しかも、あの明かりの数だけ。
これって結構怖いと思わない?
私は私の人生を歩んでいる訳だけど、それと同じようにその人の人生を歩んでいる人があれだけ存在するのよ。
私の人生って一体何なんだろうって、怖くなってしまうわ。
でも同時に、少し安心もするの。
あぁ、こうやって生きているのは私だけじゃないんだなって。
あの明かりの数だけ、悩んだり苦しんだりしながら、それでも小さな希望や喜びを抱きしめて生きている人がいるんだなって。
だから私は、夜のマンションを眺めるのが好きなのよ。」
彼女は、どこか優しい表情でマンションを眺め続けた。
その眼には、マンションから溢れる色とりどりの明かりが映り込んでいた。
そうか、その明かりが人生だと言うのなら、そこには苦悩も喜びも、色々なものが混ぜ込まれているんだろうな。
だったらそれは、まるでこの先の人生への希望の光みたいだなと思ってしまった。
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