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12月13日 美容室の日 【SS】独立

日々設定してある記念日の中から一つを選び出して、その記念日から連想した内容でショートショートを綴ってお届けしています。今日の選ばれし記念日はこちら。


【今日は何の日】- 美容室の日

美容師の正宗卓さんが2003年(平成15年)に制定。

日付は、12月は美容室に多くの客が訪れる月で、13日は「13」をくっつけると「Beauty」の頭文字「B」になることから。美容界全体で社会貢献をしようと、盲導犬育成のための募金を呼び掛けている。


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【SS】独立

 竜也が美容師専門学校を卒業して既に十五年が経った。最初は、美容師を真剣に目指した訳でもなかった。先輩が美容師を目指すことになり、なんとなく心のどこかで負けたくないなという気持ちが湧き上がり、ついつい追いかけるように専門学校へ願書を出してしまったのだ。そして、卒業後、東京の美容室への就職が決まり、下積みが始まった。

 美容室での仕事は、アシスタントとスタイリストという仕事に分けられる。とはいっても小さい美容室の場合は、全ての仕事を一人でこなすことにはなる。だが、お客様が多い美容室では、新人を定期的に採用することになるので分業体制になっている。スタイリストはお客様と話をして髪型を決めカットをしたり、仕上げをしたりする仕事でお客様の髪型について責任を持つ。アシスタントはスタイリストを助ける仕事、つまり、お客様の髪を洗ったり、パーマの準備をしたり、時にはパーマのロットを巻いたり、ヘアマッサージなども実施することになる。最も手荒れがひどい修行時代とも言える。

 竜也も漏れなくアシスタントとして仕事をするための研修期間が始まった。練習によりシャンプーの技術を認められた後は、アシスタントとして来る日も来る日もお客様のシャンプーを担当し、次第に手荒れもひどくなってしまった。収入も低く最も辛い時期なのかもしれない。脱落していく同僚もいたようだ。

 数年間アシスタントとして仕事をしながら、業務時間が終わったら、ひたすらカットの練習。スタイリストとして認められるには店内での試験もある。カットモデルになってくれる一般の人も探さなければならない。自分の時間もほとんどない日々を過ごすことになるが、全てはスタイリストとしてお客様の髪にハサミを入れることができるようになるための時間なのである。

 頑張った甲斐もあり、なんとかスタイリストとして認められ、最初のお客様の髪を切り、お客様から「ありがとう」と言われた瞬間には、なんとも言えない高揚感と満足感を竜也は感じていた。

「わぁ、可愛くなれたわ。ありがとう。来て良かった」

「どうもありがとうございます。気に入っていただけて嬉しく思います。よろしければ、次回のご予約も入れていただければと思います。もし、自宅に戻られて気になる箇所などがございましたら、一週間以内であれば無料で対応させていただきますので、遠慮なく連絡をください」

「わかりました。帰りに次回の予約して帰りますね。竜也さん指名で」

「ありがとうございました」

 終わった後のこのやりとりのために、スタイリストを目指していたと思ったくらいに充実した瞬間を龍也は味わっていた。最も、これから始まるスタイリスト人生の中では、お客様から何度もクレームを受けたり、後輩のために頭を下げたり、口コミでの悪い評判を書かれたりする経験も積むことになった。その度に、一番初めのお客様の言葉を思い出し、竜也は挫けることなくスタイリストを続けていった。次第に売り上げも多くなり実績を認められ、新しい店舗の店長も任されるまでに成長した。店長になると、それまで見えていなかった景色も見えてくるようになり、竜也は新たなスキルを身につけようと経理の知識やお金の知識も勉強した。

 次第に、税や給与のことも理解し、最近騒がれ始めている年金についても知識を増やしていった。そして美容室で働く人たちの境遇が決していいとは言えない環境ではないということに気づき始めた。竜也が勤務している美容室は何十店舗も展開し、社員数も二百人近く在籍する会社ではあるが、あくまでも原点は個人がオーナーの会社であり、上場もしていない。したがって、社員に対する福利や処遇がいいとは言えなかったのだ。竜也は次第に「独立することに挑戦しないと自分の下で働く後輩たちの処遇も変えてあげられない」と考え始めるようになった。

 美容室で独立の動きをすると、会社側はとてもナーバスになるようだ。お客様はスタイリストに付いているので、人気のあるスタイリストが退職するとお客様も離れてしまうことが多いからだ。竜也の場合もそうだった。退職して独立したいと話を切り出した時に、会社側からは執拗な嫌がらせも受けるようになってしまった。

「強引に独立するのなら、この業界で仕事ができないようにしてやるぞ」

「それはおかしな話じゃないですか。これまでお世話になって恩は感じていますが、そんな脅しのような言葉はおかしいじゃないですか。事を荒立てる気はありませんので、このまま静かにやめさせてください」

「そうか、わかった。じゃあ今週いっぱいで退職してくれ。以上だ」

「・・・」

 なんとも理不尽な態度を会社側というより一人の部長から言い渡されてしまったが、竜也はグッと我慢して独立の準備に没頭することで怒りを忘れることにした。そこからは、店舗に適している物件探しや融資の交渉など目まぐるしいほどに対応することが多くなり、退職時の揉め事のことは記憶の彼方へ消し去ることができた。どうやら天は竜也に味方をしたようだ。建築中の駅近の雑居ビルが見つかったのだ。運よく一階の店舗を借りられることになった。しかし、新築なので設備はオフィス仕様。内装全般の工事と機材の購入設置などの手配が襲いかかった。同時に銀行にも足を運び、融資の申し込みや面接対応をこなした。

 ほっと一息つけるようになったのは、店舗を見つけ契約してから一ヶ月後だった。内装工事も終わり、サロンとして見た目も清潔な内装が完成していた。看板の取り付けも終わり、竜也は真新しいサロンを見つめ、これからの第一歩を踏み出し始めた。玄関に飾られている花たちが、冬の日差しを浴びて応援してくれているようだ。


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