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自由ないのち(短編小説17)

世界の粒が、少し前からさらに細かくなっていた。

佐江は手をグーパーグーパーしながら自分の手のひらを感じる。
でも、今までのように思考、感情、感覚といった物質を、手のひらで掴もうとしても、指の間からこぼれ落ちいていく粒の量が圧倒的に多くて、結果として残るのはいつも「空っぽ」という感覚だった。

そのうち佐江は、自分の手のひらさえ、この空間に消えて溶け込み、
自分が空間になっていくかのような感覚に陥る。一昔前なら、こんな感覚、
マニアックな哲学者か、修行者か、探究者くらいしか知らなかっただろうが、
今はもうその限りではなさそうだ。意識に戸は立てられないから、この感覚を、特別なんの修行もしていない、凡人の佐江が感じているということは、もう多くの人が、自分自身が空間になっていく感覚を味わっている、ということだろう。

普段は個人が欲望のままにバラバラに動かしているエネルギーが、今は繋がりをより一層深め、一つの生命体となって、こうして佐江がキャッチできるくらいに、ひと塊りで大きくわかりやすく動こうとしている。これは今までもきっとそうだったのだろうし、これからもそうなのだろうけれど、今の時期特有のものの気もする。

それが示すものは、

ー目に見える世界でも古きものが壊れ、新しいものが生まれる可能性ー

繊細ではある佐江は、そんな情報を空間からキャッチしてはリリースする。何かをわかった気になることほど、真の創造の邪魔になることはない、という気がしたからだ。

佐江に解放されたエネルギーの粒は、今、鳥のように自由に空を舞っている。まるで、佐江に新しいいのちを与えられたかのように、自由に。

ーその自由ないのちは一体どんな新しいものを創るのだろうー

それは佐江という個人が思いつくよりもずっとずっと素晴らしい創造なのだろう。なんせ、恐れも制限もなにもない状態で創造されるものなのだから。

そんなことを感じながら佐江は、はるか遠くのようで、1ミリも離れていないところから、自分の身体がヨッコラセと起き上がったのを見ていた。

その時、佐江の中にも、外にも、自由ないのちが溢れていた。

おしまい

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