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わからない友達(短編小説9)

「お前さ、また仕事変えたの?今度は何してんのー。」

「営業」

景色が波打って見えるくらい暑い日の昼下がり。
明は、最寄駅の渋谷駅で
25歳にして転職10回目の旧友、卓也と出会い
近場のカフェで涼んでいた。

「へー、お前、営業とかできんの?」

「まあまあ。」

美容師をずっと続けている明からしたら
会うたびに仕事が変わっている卓也の生き方は
想像の範囲をとっくに越え、もはやドラマの世界だった。

ストローを加えて冷たいお茶を飲んでいる卓也は
特に何も考えてなさそうなのに、実はめちゃくちゃ考えてそうにも見えた。

「今度会った時はまた、違う仕事なんだろうなあ」

伸びをしながらそうつぶやく明を、チラッと横目で見た卓也は
「どうなんだろうな」とつぶやき返す。

「どうなんだろうなってお前、自分のことだろ?」

んー。と声になるかならないかのような音で返事をした卓也は
天井のあたりをぼーっと眺めている。

明は時々、卓也のことがわからなくなる。
わからないというのは、理解できない、という意味ではなくて
その存在がどこか謎めいていて、つかみどころがない、という感覚だ。

こうなんだろうな、と思っても、その都度、卓也はその理解を超えてゆき、あ、本当はそうだったの?とわかったようなところで、やっぱりまた、その理解を超えてゆく。

それでも、ぼーっとしてるところとか、無口なところとかは相変わらずで
別にいっか、なんでも。という気になってくる。

「俺さ、生きてるけど、生きてるのは俺じゃなくて
宇宙だと思うんだよね。」

卓也がぽつり、とそんなことを言う。

んー。
今度は明が、声になるかならないような声をだす番だった。
思考がストップしてるうちに卓也は続ける。

「俺がどうこうしようとしなくても、世界が勝手に今の俺を作ってるんだよな」

卓也はそう言って、伝票をとり、会計に向かう。

その背中を目で追いながら、明は椅子に深く腰掛ける。

やっぱ、わっかんねー。別次元だわ。
もうこうなったら、とことんエンタメだ。

明は苦笑する。
でも、卓也はそれで、いい気がした。

ー今度、髪、切ってやんなきゃなー

明はそう思った。

おしまい


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