半導体大手ルネサスが英半導体企業を大型買収 :「日の丸半導体」の現在と世界のトレンド(思惟かねのWeekly News 22 Vol.5)
この記事は、Youtubeで水曜日に放送している「思惟かねのWeekly News 22」第3回で放送した内容の記事です。
◆ニュースの概要
2月8日、日本の半導体大手であるルネサスエレクトロニクス株式会社が、イギリスの半導体設計会社であるDialog Semiconductorを6100億円あまりで買収することで合意したとのことです。
ルネサスエレクトロニクスは自動車用の半導体を中心に手掛け、売上高7500億円を誇る日本でも3本の指に入る半導体企業です。
ルネサスは2017年にアメリカのintersil社を、2019年には同じくアメリカのIntegrated Device Technology社を、合わせて1兆円もの額を投じて買収し事業を拡大しており、その先行きが注目されています。
もっとも半導体といいうと、IntelやNvidia、サムスンなどの消費者向け製品を作っているメーカーが注目されがちで、日本企業の存在は今ひとつかすみがちなのが現実だと思います。
また実際に、1990年頃には世界の半導体シェアの実に50%を握っていた日本ですが、2020年現在ではそのシェアはわずか6%にまで縮小してしまっています。
しかし、依然日本には30社もの半導体メーカーが集中しており、再び世界の舞台へ躍り出る機会を伺っています。
今日は日本の半導体産業の現在の姿にスポットを当てつつ、ルネサスが半導体企業の大型買収を重ねるその裏にある、世界の半導体ビジネスのトレンドについてお話します。
◆あなたはどれだけ知っている?日本の半導体企業
さて、ここで皆さんに一つのリストを見ていただきましょう。
キオクシア/ソニーセミコンダクタソリューションズ/ルネサスエレクトロニクス/ローム/東芝/日亜化学工業/三菱電機/サンケン電気/ソシオネクスト/富士電機
このリストは、日本の半導体産業の大手10社(2020年売上高の上位10社)の名前です。
さて、皆さんはこのうちどれだけの企業を知っていますか?
ソニー、東芝、三菱といった有名な電機企業の名前もある中、日本企業なのかどうかも定かでない名前も多いのではないでしょうか。
しかし、実はこうした日本の半導体産業は、シェアの縮退が続く中で統合が続いている業界でもあり、歴史をたどってみると実は誰もが知っているあの企業にルーツがあったりします。
例えば、第1位につけているキオクシアは、実はあの東芝のNANDメモリ(フラッシュメモリ)部門が売却され独立して2019年に生まれた企業です。
また第3位であり、今回のM&A(買収・合併)が報じられたルネサスは、なんとNECと日立と三菱電機の半導体部門が2002-2010年にかけて統合されて生まれた企業なのです。ご存知でしたか?
他の10社についても、そのルーツを一覧にしてみてみましょう。
こうして見ると、半数以上の企業が皆さんも知っているであろう総合電機メーカーをルーツに持っていることが分かります。
あまり知られてはいませんが、このように総合電機メーカーはかつて大半が半導体部門を自社の中に持っていました。
しかしここ20年ほど、殆どの企業はこうした社内の半導体部門を分社化し、独立、そして統合させてしまうことが多くなりました。
なぜこうした変化が起こったのでしょうか?
◆半導体産業のトレンドの変化
その背景にあるのが、1990年代に起こった半導体産業の変化です。
かつて半導体は、部品として買ってくるのではなく、製品に合わせて製造するものでした。
例えば自動車用であればその自動車に合わせて、冷蔵庫であれば冷蔵庫に合わせて制御用の半導体を設計するのです。そのため三菱、NEC、東芝、富士通、日立などといった総合電機メーカーはいずれも社内に半導体部門を抱えていました。
しかし1990年代に入り、パーソナル・コンピュータの普及などにより半導体の市場は一気に拡大。
結果、現在世界最大手のIntelのように半導体を専門に設計・製造する会社が急成長し、PCは自社で作るものから部品を買ってきて作る形態(いわゆる水平分業)が主流になっていきます。
事実、1982年にNECが発売したPC-9800シリーズはCPUをNECが自社設計していましたが、同じNECが1995年に発売したノートPC「Lavie」ではIntel製のCPUが採用されています。
原因の一つは、半導体の高性能化により、専門メーカー並の設計・製造能力を持ち続けることが難しくなったことにあります。
こうした傾向は現在に至るまで続いており、今では半導体の設計メーカーと製造メーカーが別という、いわゆるファブレス企業とファウンドリ企業という水平分業が主流となっています。
(ファブレスとファウンドリについてはこちらの記事もぜひどうぞ)
こうしたため、総合電機メーカー各社でも、部品を他社から買ってくる形が主流になります。
結果、社内に半導体部門を持つメリットが薄れ、2000年頃には各社が半導体部門を続々と分社化していくことになります。
事実、ルネサスエレクトロニクスは2002年にNECから分社化されたたNECエレクトロニクスと、2003年に三菱・日立の半導体部門が独立・統合して生まれたルネサステクノロジを先祖としています。
こうした分社化と、その後の競争力強化のための統合の結果、やや見慣れない名前が日本の半導体企業一覧に並ぶようになったのです。
もっとも、こうして生まれた半導体企業は、元々親会社向けの製品製造が中心だったため、独立した企業となっても「誰に何を売るか」という明確なビジネスモデルがありませんでした。
そのため各社ともまずはビジネスモデルの再構築を迫られることとなります。この20年あまりの日の丸半導体の低迷は、こうした半導体ビジネスの変化によるものだったといえるでしょう。
◆日本の半導体企業は何を作っているのか?
さて、半導体ビジネスのトレンドが水平分業(≒部品を買ってくる形)に変わったことで、Intelなどの半導体専門企業が爆発的に成長する反面、日本の半導体産業はあまりスポットを浴びる機会が減りました。
しかし、だからといって日本の半導体産業が衰退したかというと、そういうわけでもないのです。
例えば売上高1位にいるキオクシアは、NANDメモリ…スマートフォンやUSBメモリなどのフラッシュメモリの世界シェアの20%を持ち、世界の半導体メーカーでトップ10に入る企業です。
スマートフォンのカメラやデジカメなどに使われるイメージセンサで世界シェアの半分以上を握るのが、2位のソニーセミコンダクタソリューションズ。
また5位の日亜化学工業は、青色LEDを発明した企業として世界的に有名で、LEDやレーザダイオードで世界トップシェアを誇っています。
こうした特定の機能を持つ半導体、半導体素子は、依然日本が強い分野です。つまり皆さんも必ず持っているスマートフォンの部品には、かなりの割合で日本製の半導体が使われているわけです。
また比較的日本が強い分野として、パワー半導体が挙げられます。
パワー半導体とは、例えば電車やEV、発電所などの大きな電力を扱う設備に使う半導体です。
この分野は、先ほどの半導体部門分社化の際も三菱、東芝、富士電機といった総合電機メーカーが手放さなかった領域です。
サンケン電気もこのパワー半導体に強みを持つ企業で、この4社で世界シェアの20%以上を持っています。
では、残る各社…ルネサス、ローム、ソシオネクストといった会社はどんな半導体を作っているのか?
その答えが、マイコンやSoCなどと呼ばれる「システムLSI(半導体)」です。
典型的なのが、ECUをはじめとする自動車の制御用コンピュータです。
コンピュータというと、どうしてもIntelやAMDのようなPCのイメージが浮かんでしまうと思いますが、実際は電子機器の塊である現代の自動車をはじめ、大半の電子機器を動かしているのはこうしたシステムLSIです。
これが先ほどの3社の主力事業となっていて、実際、ルネサスエレクトロニクスの事業構成を見てみると、その半分以上を車載半導体が占めていますね。
日本のお家芸といえる自動車づくりを陰で支えているのがこうした半導体企業なのです。
https://www.renesas.com/jp/ja/document/business-breakdown?language=ja
キオクシア、ソニー、日亜、ロームが強みを持つ半導体素子。
三菱、東芝、富士電機、サンケン電気の虎の子であるパワー半導体。
そしてルネサス、ローム、ソシオネクストが支えているシステムLSI。
この3種類の半導体が日本の世界シェア6%を下支えしているのですね。
逆に日本が弱いのが、IntelやNvidia、Xilinxなどアメリカの企業が強みを持つ、CPUやFPGAといった高度なロジック半導体の分野で、こうした製品にまったく食い込めていない所が最大の弱点といえます。
◆迫る半導体ビジネスの一大転機「5G」と「CASE」
ではこうして日本の半導体産業について理解が深まった所で、いよいよ今日のニュースの核心に迫ります。
なぜルネサスエレクトロニクスは一年の売上高に匹敵する6000億円もの資金を投じて、Dialog Semiconductor社を買収したのか?その背景に何があるのか?
そのキーワードが「5G」と「CASE」です。
5Gについてはご存知の方も多いでしょう。日本でもついにサービスが開始された、次世代の高速通信ネットワークの事です。
従来の4Gと比べて100倍の速度、1/10の遅延で、100倍のデバイスが接続可能といわれています。
こうした高速通信は、私たちの生活をこれから大きく変えていくものとして期待が集まっています。
しかし一方で、5Gは4Gよりもさらに高い周波数を使うために、従来よりも基地局を大量に設置する必要があります。また通信量の増大と、低遅延という特性を生かすために、基地局以外への投資も必要になります。
そのため5G関連設備への投資は、日本の携帯電話キャリア各社だけで数兆円という莫大な額となる見込みで、世界のキャリアを合わせると直接投資だけで10年で100兆円に迫るという試算も。
これによる経済効果は2024年までに全世界で500兆円が見込まれています。
日本の国家予算が年間300兆円程度なので、どれだけ膨大な金額が動くかが分かるでしょう。
今まさに、半導体ビジネスに一世一代の巨大な波が来ているのです。
そして5Gと並ぶもう一つの大波が「CASE」です。
CASEとは2016年ごろに提唱された言葉で、自動車の次世代のトレンドを表した言葉です。
つまり、この4つです。
C:Connected(ネットワーク接続)
A:Autonomous(自動運転)
S:Shared&Service(カーシェア)
E:Electric(電動化)
つまり、これからの自動車は5Gネットワークに接続され、高度な自動運転が可能になるとともに、より一層シェアリングサービスが発展し、そしてその多くがEVになる…とまとめられます。「未来の自動車」の時代がやってくるのです。
当然、こうした自動車の高度化の主役は半導体に他なりません。400兆円といわれる巨大な市場規模を持つ自動車産業に、半導体が大きな役割を持とうとしているのです。
自動運転にはシステムLSIや、センサ用の半導体素子が必要になります。電動化ではパワー半導体が鍵になります。
そしてこの分野は、日本の半導体企業が強みを持つ分野でもあるのです。
度重なるルネサスの大型買収の背景にあるのは、こうした5GとCASEが生み出す巨大な需要なのです。
またルネサスは自動車と同程度、年間3000億円以上を通信インフラやIoTの領域で稼いでいます。そして買収したIntersil、IDT、そして今回のDialog Semiconductorは、いずれも通信用半導体に強みを持つ企業。
つまりルネサスは、こうした通信用半導体の技術を社内に持つことによって、5GとCSASEというビッグウェーブに挑戦しようとしているのです。
こうした5GとCASEを見据えて、世界でも大型買収が活発化しています。
例えばソフトバンクグループは、半導体設計企業であるARM社を2016年に3.3兆円の大金で買収。2020年にはさらにこれをNVidia社が4.2兆円で買収しています。
2020年にはAMD社が3.7兆円を投じてFPGAの最大手であるXilinxを買収。
また韓国のSK Hynix社が、IntelのNANDメモリ事業を9500億円で買収しています。
これからの新しい20年を決めるであろう、5GとCASEという半導体ビジネスの一大転機。
この正念場で「日の丸半導体」各社は、再び世界に輝くことができるのでしょうか?
これからも各社の努力に注目していきたいところですね。
Virtual Broadcasting Center、VBCの思惟かねがお伝えしました。
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なお文中画像は全てWikipediaより引用・改変して利用しています。
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この他にも技術・政治・科学ニュースの解説や、VRやVTuberに関する考察記事を投稿していますので、お時間あればぜひごらんください。
また次の記事でお会いしましょう。
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今回も長文にお付き合いいただきありがとうございました。
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