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自己紹介

はじめまして、40手前で、何の縁もゆかりもない三重県は菰野町というところに移住したmitaniです。

自己紹介の記事は書いたほうがよいって話を聞きつけて、やや順番逆ですが、自己紹介をさせてください。


自己紹介

2024年2月に、名古屋から三重県菰野町に引っ越してきました。
仕事の都合?とか聞かれるのですが、普段は東京のIT企業で人事の仕事をフルリモートでしており、月に1、2回程度「出社」のために東京に通っております。
↓菰野に移住したいきさつはコチラ

今はフルリモートで働いてますが、どうせなら住んでいる菰野や三重に関われる仕事をやっていきたいなあと考えております。

社会人になるまで

三重県津市(旧久居市)で生まれ育ち、大学生の時に神戸で一人暮らし。
高校生までは、とにかく三重県から早く飛び出したかったのですが、当時は相当ひねくれものていたので、身近な都会である名古屋に憧れる同級生がイヤだったり、東京もなんだかダサいとかそんな感じで考えていました。

ある時、夜中にテレビで見た「探偵ナイトスクープ」に感動し、「普通の人が、こんなに面白くて、ハートフルな街に住みたい!」と本気で思って、関西の大学を目指すことにしました(本当の話です)

詳細は割愛しますが、神戸での大学生活は色々と刺激が多く、DJやクラブイベントやったり、当時珍しかったVJなんかにも手を出してデザインやら映像制作を超素人の独学でやってたりしました。(ちなみに、大学の専攻は化学)

そんなこんなで、漠然と「クリエティブなことを仕事にしたい」なんて事を考えているうちに、一緒に遊んでた一つ上の先輩が「広告代理店行けばいいんじゃない?」って言われたことをキッカケに、広告業界に絞って就活をしました。

社会人になってから

当時も中々捻くれてたので、周りが就活イベントとかエントリーシートや面接対策みたいなのに勤しんでるのが、とてもみっともなく感じ、「俺は俺だ!」ってなスタイルで就活してたもんだから当然選考もなかなか通過できず、なんとか内定が出た中堅のハウスエージェンシーに入社。

入社後の研修で東京にいた時に、あまりにも東京の空気感に馴染めず、「こんなところにいたくない!」との思いから、「ハズレクジ」とまで言われた名古屋支社への配属を希望し、見事名古屋に配属。

そして、花形のマス広告とは程遠い、イベント企画/ディレクションの部署へ。

ただ、何気に会社の中では「地味だけど、クライアントからの評価は高い」という変なステータスの仕事でもあり、比較的予算がつく仕事を沢山経験させてもらいました。

とはいえ、20代前半は思い描いてたクリエティブとはかなり異なる仕事(実際はかなりクリエティビティが求められる仕事だと今では理解してますが)だったり、会社員としての社内の付き合いとかにも反発してたところもあり、それなりに自由に使えるお金もあったので学生の時以上にDJ活動やクラブイベントに力を入れて、東京や大阪にも遊びに行ったり、名古屋のイベントに招待したりとか、採算度外視で結構あれこれやってました。


30代前半の頃、会社にご褒美として海外イベントの視察をさせてくれと、SXSW(サウス・バイ・サウスウエスト)に行ったところ、本物のスタートアップがピッチを通じてフックアップされている現場の熱量などに衝撃を受け、世の中のビジネスの変化に対して如何に自分が無関心だったのかを痛感。

また、広告代理店のビジネスモデル自体も懐疑的になったり、SaaSバブル前夜みたいな状況もあり、個人的にも「人材開発」や「エンゲージメント」など戦略人事的なものに興味があったことからHR系SaaSへの転職を決意。

コロナ禍になる直前で、今の会社にフルリモート入社し、カスタマーサクセス2年、新サービスリリースに伴う事業オペレーションの部門横断支援を事業責任者の右腕みたいな形で2年担当。

SaaSでありながら、結構ITリテラシーが求められる複雑なシステムなため、その辺の知識も無駄に覚えて、簡単なローコード開発なら自分でもできるようになったり。

セールスイネーブルメント的なことや、マスマーケティング施策の実行、マーケット調査や市場分析なども、ハンズオンでいろいろやらせていただき、悪い言い方をすると「なんでも屋」みたいな感じで、落ちているボールをひたすら拾ってドライブさせる感じ。
他にも副業で音楽系スタートアップで同じように落ちてるボール拾って整えるみたいな感じで、副業でも「なんでも屋」に。


一定、部門側での自走体制が整ってきて、やる事がなくなってきたタイミングで、人事が手薄ということで「なんでも屋」的に人事の手伝いしてから、そのまま人事やり始めて今に至るって感じです。


ジョブ型雇用がもてはやされつつある中、割となんでもやってみたら一定できてしまう「器用貧乏」な能力のおかげで、「なんでも屋」の延長で人事のような高い専門性が求められる仕事をやっているというのも、なかなかにして不思議なものですが、流石に人事の仕事には日々苦労しております笑

なぜnoteを始めたのか

菰野や三重に関わる仕事がしていきたいという思いはあるのですが、結構漠然としているのと、「なんでも屋」的なタイプなためにコレといった振り切ったものがないこと、更に言えば正直めちゃくちゃ「飽きっぽい」性格のため一つのことに絞って何かをするというのが性分に合わないというところに大きく悩みがあります。

ただ、それなりに雑多に色んな経験や貴重な経験もさせていただいてはいると思うので、自分のフィルターを通して、現在住んでいる三重や菰野で感じたことや、考えている事を言語化して発信することで、発見や出会いを通じて、自分がありたい姿に近づくための行動に繋がるのではないか?と思い、始めてみました。

どうしてもマーケティング的な考え方で、戦略的に考えすぎて、大胆に行動できないこともこれまで多かったと思ってますし、あえてゆるく石を投げて、どこに転ぶかわからない予測不可能な結果を求めてアクションしてみてもよいかなと(いわゆるエフェクチュエーションの考え方のような)

どういう結果でも、行動すれば、何かは得られると信じて…

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