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できるだけわかりやすく返すね 胸の奥の燃える想いを

久しぶりとカチンときた。
滌(でき)と深夜に電話をしていたときのことだ。
「環くんは人に依存しちゃうタイプなんだね。その人に傷つけられるかもしれないと思っても、依存しているから離れることができないんじゃない?」
私の複数愛的な考え方に話が及んだときに、滌はストレートに考えをぶつけてきたのだった。
滌の声音には批判が含まれていて、「俺は自分が大切だから傷つけられるかもって思ったらその人から離れる」、「寄り添って欲しかっただろうに今回は突き離すようなことをいってごめん」と話しを終わらせた。

人に依存をすること。
そのことについて、私は滌とは全く正反対の考え方を持っている。
「その人に正しく依存をすること」が人間関係の醍醐味ではないのか。


今年の5月末、転勤で札幌へ引っ越した。
初めて住む土地なので当然、友達はいない。
ただ、高校の同級生が札幌に住んでいたので、連絡を取って会おうと誘った。

「久しぶり〜!」
「もしかして高校卒業ぶり?」

札幌で再会した清華は子供を連れていた。
高校2年で同じクラスになり、そこからちょくちょく遊んでいた。
家がまあまあ近かったこともあり、深夜にコンビニでアイスを食べたり、他の友達も含めてうちに遊びにきたりしていた。
文化祭で後輩たちが他校を招いて試合をする機会があり、先生に直談判してその試合のモップ係を2人でやりながらダラダラ喋り続けるということをやっていた仲でもある。

12,3年ぶりに会っても当時のテンションは変わらず、高校時代の話しから結婚して今に至るまで、あれやこれやと話した。
次の予定があったので2時間くらいしか話すことができなかったが、「じゃあまた来月に」と言って別れた。
札幌の生活が一層楽しくなるな〜と考え改札をくぐった。

清華と再会した話を、高校の同級生でもある美香と桃香に電話をして話した。
パートナーにもLINEで報告した。
そうやって私は色々な人とコミュニケーションをとりながら、毎日を楽しく過ごしているのだ。


「環ってさ、本当友達多いよね」
「学生時代の友達とまだ一緒に遊んだり頻繁に連絡を取っているのはすごいよ」
「十数年ぶりに会おうってなるの?なんで」

清華と会ったことなどを話すと、あまりまだ関係が深くない知人からはかなりの確率で言われる。
答えは明確だ。
その人との関係を維持するために努力をしたいと思っているからだ。

例えば清華との関係。
高校を卒業して、私は部活が、清華は勉強が忙しく会わなくなった。
ただ共通の知人から今どこでなにをやっているかということはなんとなく聞いていた。
そしていざ札幌に私が行くとなった時に自分から連絡をとった。
なぜなら、高校時代に大好きだった友達を待っていても、これからの人間関係が発展することなんてないと思ったからだ。
連絡を最初に取る時は結構な勇気がいる。
そこを私は意識的に勇気を出していこう、アクションしようと心に決めている。
これが私の努力だ。

パートナーとの関係もそうだ。
自分が伝えたい、知りたいから連絡を取るし会いにいく。
美香、桃香、行天との関係も自分が育んだと自負している。
みんなで会いたいと呼びかけて、時間を作って、集まって。
そうやって自分から動いた人間関係が全てうまくいっているわけではないが、頼もしい仲間や友達をもたらしてくれた。

相手に「会いたい」と伝える行為というのは、確かに依存をしているように思うだろう。
自分ではない他人を軸に人生を形成していていいのかと疑問を呈したくなることもあると思う。

ただ、私は依存していて何が悪いのだと思う。
相手を真正面から愛し、ぶつかり、喧嘩をし、くだらない話をして関係を育んでいく。そうやって嘘のないコミュニケーションをとり続けることが、その人と唯一無二の時間を過ごすことなのではないだろうか?
それを追い求めて何が悪いのだろうか。

旅行にいく、遊園地にいく、したことのない体験をする。それらも私は大好きだ。
だけど自分と相手とでしか成り立たないこと、体験できないこと、話せないことがあると思う。
それは自分からアクションを起こして、関係を深めないことには起こり得ないことなのだ。
それを探求していくことが依存と言われるなら、私はどんどんと人に依存をしていきたい。

ただ、「正しく」と書いているのは、それが自分にも相手にも負担になってしまったらダメだということだ。
そこは話し合いしかないので、逃げずに話し合い、互いの温度感やリズムを調整するのが大事だ。
ただその話し合いからも逃げている人、逃げようとしている人にも、私は門戸を広げ続けていきたいと思っている。
気持ちは変わるもので、いつかまた話したいという時が来るかもしれないからだ。

滌はきっと、その逃げている人やもはや私を傷つけようとしている人に気づき、私を心配して「依存してはダメだ」と伝えてくれたのだと思う。
心配してくれるのは嬉しいし、そういう滌の優しさが好きだ。
でも私は大丈夫。いつも真正面から人に依存をしていこうと思う。
傷つけられたって、落ち込んでしまったって、きっと私は大丈夫。
色々な人が話を聞いてくれるから。あってくれるから。一緒に楽しい時間を過ごしてくれるから。
友達の雅(まさ)がいった。「たくさんの依存先を作るってことはいいと思うよ。あんたらしいじゃん」


こんなことを考えていると、カネコアヤノちゃんの「愛のままを」が頭の中を流れる。

みんなには恥ずかしくて
言えはしないけど
お守りみたいな言葉があって
できるだけ わかりやすく返すね
胸の奥の燃える想いを

きょうも私は人を想う。
できる限りわかりやすい言葉で思いを伝えていこうと心に決める。



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