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ばかね、また頑張ってる

 映画「おらおらでひとりいぐも」を見た。岩手出身の75歳の女性が、先立たれた夫を思いながら自分の人生を振り返る物語。芥川賞を受賞した若竹千佐子さんの同名小説を映画化したものだ。
 映画には、主人公の"寂しさ"が擬人化した3人が登場し、「おらだばおめだ(私はあなただ)」と主人公に語りかけるシーンがなんとも面白い。



 そういえば、私の頭の中にもご意見番「環子(たまこ)さん」がいるな、と思った。

 ピロリンピロリン。午後5時半。スマートフォンの目覚ましに起こされると、すでに外は真っ暗だった。
 私は仕事をやめ大阪から東京に戻ってきた。アドレナリンが切れたのか、強く疲れを感じるようになり、昼飯を食べ終わると夕方まで寝ることがルーティンとなった。今日目覚まし時計をかけたのは、夜に元職場の人と飲みに行くからだ。

 「ばかねぇ〜、また頑張ってるわよ」

 ベッドから起き、洗面所に向かうと環子さんの声が聞こえた。姿や形は見えない。声は私と同じだが、心なしか少し高めな気がする。環子さんは、気にしていることを脳内に直接届けてくる。ていうか、「頑張ってる」じゃなくて「頑張っている」だろ。国語の決まりを無視し、独特な言葉遣いで小言をいう人だ。

 ”また頑張ってる”と言われて、なんとなく心当たりがあった。
 私は予定を詰め込みすぎる癖がある。恋人や友達、家族の他にも、会社の同僚や先輩、同級生など色々な人に会うことが好きだからだ。仕事を辞めてからはさらに顕著で、大阪を去るときも東京に帰ってきてからもほとんど毎日誰かと会う約束をしていた。しかし、仕事を辞め生活環境も変わったため疲労感を覚え、好きであるはずの人に会うという行為の途中に「早く帰って寝たいな」と思うことが増えていた。環子さんの”また頑張ってる”は大阪から東京にきても、疲れを抱えていながら人に会い続けていることを言っているのだろう。私はなぜそんなに頑張って人と会っているのだろうか。

 取り繕っている、という言葉が一番近い。仕事を辞め、何者でも無くなった自分をよく見せようとしている気がする。人に会っては仕事を辞めた理由を話し、東京に戻ってきた理由がパートナーと住むためだと強調し、新しくやりたい仕事を探し出すんだと気を吐いた。「誰に対して言い訳しているんだか。あなたの人生は誰のもんなんよ」また、環子さんがひとりごちる。

 私は今、誰のために生きているんだろう。自分のためでないことは明白で、恋人や友達などの他人のためでもない気がする。誰に言い訳をして、誰と向き合っているのだろうか。

 土曜日。久しぶりに予定がない。昼寝を終えベッドからむくりと起きるとそのまま風呂へ直行。金髪にしている髪の毛を丁寧に洗い、湯船に浸かって、パックをした。それが終わってもまだ午後5時。久しぶりに、自分の人生を静かに考えてみようと思う。


「パックは重要だよね〜肌が綺麗なのはいいことだぞ!」


小言のネタにできることがなくなり、褒め始めた環子さん。気が向いたら少し話してみようかな。

<環プロフィール> Twitterアカウント:@slowheights_oli
▽東京生まれ東京育ち。都立高校、私大を経て新聞社勤務。
▽9月生まれの乙女座。しいたけ占いはチェック済。
▽身長170㌢、体重60㌔という標準オブ標準の体型。小学校で野球、中学高校大学でバレーボール。友人らに試合を見に来てもらうことが苦手だった。「獲物を捕らえるみたいな顔しているし、一人だけ動きが機敏すぎて本当に怖い」(友人談)という自覚があったから。
▽太は、私が死ぬほど尖って友達ができなかった大学時代に初めて心の底から仲良くなれた友達。一緒に人の気持ちを揺さぶる活動がしたいと思っている。
▽将来の夢はシェアハウスの管理人。好きな作家は辻村深月

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