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大人になっても成長痛はある

今の仕事を選んだ理由は、直属の上司・佳那子さんと気が合いそうだったからだ。
話し方、仕事内容を表現する方法、私生活と仕事のバランスなどなど。面談が終わってすぐパートナーに、「上司がいい感じ」と報告したことを覚えている。
その印象は入社してからも変わらず、佳那子さんが家庭の事情で休暇に入るまでの1年半、ストレスなく働き続けることができた。

佳那子さんは、他の従業員が悩んでいる時によく言うことがあった。
「成長痛だね〜、これは。この辛いところは耐えて、考えてやっていこう」
佳那子さんのこの一言で随分と救われていた。

私が今の会社に入って半年ほど経ったころ、お客さんが暴れたり不可思議な行動をしたり、お客さん同士で喧嘩になってしまったりすることがあった。
様々なトラブルを割とうまく乗りこなしているつもりだったが、現場で対応していた私の行動を振り返ってみるとコロナ禍ではやってはいけないような対応をとっていたりしていて、クレームが入ってしまった。

元々はお客さんが暴れたり、お客さん同士で喧嘩をしているので、ある程度仕方ないことも多かった。社内的には「原因が環さんにあるわけではないから」となんとなく許された感じになった。
ただ、私は結構落ち込んだ。現場にいながら何もできなかった自分、そして解決しようとして空回りしている自分がとても嫌だった。

クレームが入ってすぐ、佳那子さんが気にかけてくれてオンラインでの面談の機会を設けてくれた。佳那子さんは私からの報告を聞いた後に諭すように言った。
「うーん、たしかにその行動は自分勝手だったよね。でも、どうだろう、環さんの気持ちもわかるし、一概に責められるわけでもないし」
「どうしたら良かったんですかね…。誤解を招いてしまったところもあるし、判断を誤ってしまったことも冷静さを欠いていました」
「そういうところも確かにあるけど、環さんなら大丈夫だよ。今回はこうなってしまったけどさ」
「落ち込みますね、かなり」
「その落ち込みは成長痛だから、今は仕方ない。前の仕事とは随分違うし、そんなにすぐに経験を積めるわけでもないよ。だから今はこれを糧に頑張りましょう」
そんな落とし所がスッと自分の中になじみ、徐々に上を向ける気がした。

その後も、佳那子さんは基本的に私を信頼して色々なことを任せてくれた。ベンチャーで人が足りないこともあると思うが、「うん、その感じでいいよ」「天才じゃーん、OKです」「それでいきましょう」と常に声をかけてくれた。
そして「成長痛」をキーワードに、難しいことが起きたときにも、私からの提案をじっと待ち、提案にはレスポンスよく返事をしてくれるのだった。

思い返すと、この成長痛というものは、社会人になって色々な場面であった。
特に社会人になってすぐの頃だ。仕事のやり方を一通り覚えても、なかなかそれを自分のものにするまでに時間がかかった。

先輩と同じ方法を真似しても全く違うものが出来上がってしまったり、やり方を暗記してスピード感を持ってやったら全く完成していなかったり。
はたまた慎重に慎重を重ねたのにミスがあったり、スピードが遅すぎて競合他社に負けたり。言葉尻を捉えられて取引先に怒られたりと色々だった。

だけどそこで、先輩のやり方を真似しながらも自分らしい方法にアレンジしていくこととか、スピード感と慎重さのバランスを保つ方法とか、色々な根回しとか。そうやって自分の中で失敗を通して知った”痛み”を振り返り、ぐんと伸びていった経験ばかりだった。



ただ最近、大人になって感じた成長痛から、逃げるという方法だけで解決しているときがあるのではないかな、と思った。
例えば、新しく知り合った人とそりが合わない気がして話し合いをやめてしまったり、親にうまく伝わっていないことがあっても流してしまったり。
あとは仕事で、後輩について自分がマネジメントできていないという痛みを「面倒なこと」と分類して、みないふりをしたり。
大きな痛みではなければなかったことにしてしまっているような気がする。

多分、こんな痛みとは、人との繋がりがある限りずっと対峙を続けていくのだと思う。
こうしたらよかった、あの時こんなこと言わなきゃよかった、これを伝えればよかったと。

佳那子さんが教えてくれた「大人の成長痛」から目を背けず、新年度を迎えてみようと思う。
辛くなりすぎたら逃げるけど、それまでは痛みをこえることに挑戦してみることにする。


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