陽気な爺さんと、今日の陽気。
「その理由が、あんたにとっては馬鹿げたことに感じても、命を投げ出してしまうほどの絶望を相手は感じるかもしれない」
と、路上でウクレレを弾いていた爺さんが言った。
「何ですかあんたは」
「俺は、陽気なウクレレ爺さんさ。路上でウクレレを弾いて、日光浴びて、ダイエットペプシを飲むのが好きなのさ」
「で、なんか用なんですか?」
「立ち聞きして、悪いが、聴こえちまったもんだから、口を挟ませてもらったよ。取り返しがつかなくなる前に言っとくが、あんたが考えを改めない限り、さっきの子は、報われないよ」
僕は、さっきまで彼女と喧嘩をしていた。
逃げる彼女を追いかけて、腕を掴み、僕の方を向かせて言った。
「分からないんだ! 僕の何がいけないんだ!」
「それよ。あなたは、分かろうとするから、息苦しくなるの! 説明できることだけが正しいなんて思わないで!」
と、ビンタをされ、カバンで殴られ、前のめりになった状態のとき、顔面に膝蹴りを食らわされた。
倒れ、意識を失い、ふと目を覚ますと、ウクレレの音が聞こえた。
そして、さっきのセリフ。
「命を投げ出すほどの絶望って、どういう意味ですか?」
と、僕はウクレレ爺さんに訊いた。
「だから、意味を求めるんじゃないよ。唐突に、人は絶望するのさ。絶望の回路ってのは、理屈じゃない。きっかけが、落とし物だったり、一瞬目にした猫だったり、泣いている子供だったり、破かれたノートだったり、他人の目つきだったり、どこがスイッチになるのかは分からない」
「……」
「ただ、あんたみたいに、感じることに疎いと、唐突に絶望が隣り合わせにいることがある」
「あんたに何が分かるんだ」
「だから言ってるだろ。分からないのさ。ただ、感じてるだけさ」
「……」
「では、一曲」
と、ウクレレ爺さんは、陽気な曲を奏でだした。
しかし、心に響かない。
「……」
これは、僕の心が理屈っぽいからなのかと動揺した。
感じろ。と思ったが、響かない。
爺さんは演奏を止めた。そして、
「安心しろ。俺は下手だからな」
と、言って笑った。
今日は少しだけ暖かい。