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龍馬が月夜に翔んだ

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#新選組

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第9話「人斬りの横顔」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第9話「人斬りの横顔」

「誰を追っておる?」

「土佐浪士の中岡慎太郎」

大石鍬次郎は、前を向いたまま一瞥もくれずに答える。

「確か中岡は、最近土佐藩士の身分に戻っておるぞ、それでもやるのか」

「近藤局長の命令だ」

大石は、鋭い視線を前に向けたまま、吐き出すように言葉を出すと、頬が歪に緩んで口元が少し開いて、音にならない言葉を何ごとかつぶやいた。

大石は、「人斬り」の顔になっている。

「北白川から、折角向こう

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第8話「生きるために前に出よ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第8話「生きるために前に出よ」

「齊藤じゃ」

手で制して、二人の刀を押しとどめた。後詰めの二人は、慌てて頭を下げた。

そのあたりは、場数を踏んでいる齊藤は、格が違う。すっと狭い小路の脇をすり抜けた。

依然、前の三人は前を向いたままである。鯉口は切っていないものの、右手は柄を握り何時でも抜ける状態にしてある。

真ん中の大石鍬次郎は、峻嶮な山の頂にあって、どんなものでも見逃さないという大鷲のような鋭い目つき。右手には手槍を捧

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第6話「京は新選組に任せる」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第6話「京は新選組に任せる」

伊東甲子太郎が高台寺の屯所に帰った後、河原町通りに面している本屋「菊屋」の二階の一部屋に陣取ったのは、斎藤一、藤堂平助、服部武雄の三人。

いずれも、新選組から分かれた高台寺の御陵衛士の面々。ここは峯吉の実家であり、ここからは土佐藩邸の正門、福岡邸、近江屋など土佐藩に出入りしている者の動きが手に取るようにわかる。それに加えて 、峯吉が近江屋の様子を逐一報告してくれる。

三日ほど前に、坂本龍馬がや

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武士の掟(小説『龍馬が月夜に跳んだ』より)

武士の掟(小説『龍馬が月夜に跳んだ』より)

齊藤一は、菊屋峯吉から十津川郷士と名乗っている三人組みは近江屋の二階にいるとの報告を受ける。

坂本龍馬も同じ近江屋にいるが、離れの隠し部屋にいるので、三人組との接触はないという。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

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抜けば、斬る!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

抜けば、斬る!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

望月弥太郎が、こいつらによって無残に切り刻まれたのだ。

望月はもう帰ってこないのだ。

あの望月はいない。

もう夜明けが近いというのに、彼は永遠の夜に閉ざされたままだ。

藤堂平助の眉間の醜い傷は、望月の恨みだ。

あろうことか、いま望月が私に恨みを晴らして下さいと哀願している。

龍馬の目には、知らず知らずに涙が溢れてきた。

零れ落ちた涙が、心の傷からにじみ出た血液のように畳を濡らしてゆく

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御陵衛士、参上!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

御陵衛士、参上!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

龍馬の用心棒の藤吉は、二人の脇差の下げ緒がしっかり巻かれていて、すぐに抜けない状態にあるかを確認した。

「失礼しました」

しかし、二人の脇差は下げ緒がぐるぐる巻きにしているにも関わらず、すぐにでも抜けるようになっていた。

これも、永倉新八が考えた「永倉巻き」である。永倉は昔から、思想とか思考には全く関心を示さず、寝ても覚めても剣術、戦術の事ばかりを考えている。

実際に、新選組の戦闘の方法は

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近江屋、突入!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

近江屋、突入!(『龍馬が月夜に翔んだ』より)

齊藤一は、菊屋の峯吉から、坂本龍馬が今は隠し部屋寝ている。今入った三人組は、十津川郷士と名乗っていて、近江屋の二階にいるとの報告を受ける。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

日頃無口な服部が口を開く、

「相手が三人、

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月夜に吠える狼(『 龍馬が月夜に跳んだ』より )

月夜に吠える狼(『 龍馬が月夜に跳んだ』より )

あたりが薄墨を塗り重ねるように暗くなってくる。色の境がくっきりとしてきた。黒はより深みを増し、灰色には微かに金色が混ざるようになってきた。

月の光だ。月が出ているのだ。

漆黒は悪事を包み隠してくれる。しかし、冷たい月の光はそれを許してくれない。

「遅くなってすまん。山崎烝さんからの差し入れだ」

齊藤一は、柄と鞘を握った手を離さないで、緊張感を途切れさせないように、大石隊5人の各々の懐におに

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