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龍馬が月夜に翔んだ

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#純文学

新選組生き残り隊士の告白『坂本龍馬暗殺の真相』

新選組生き残り隊士の告白『坂本龍馬暗殺の真相』

新選組の屯所から戻ってくると、菊屋の二階には、藤堂平助、服部武雄の他に、高台寺の屯所から毛内有之助が駆けつけていました。

「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」

「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」

私ら御陵衛士は、近江屋に潜んでいる坂本龍馬を護衛するために同じ河原町通り面し

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短編小説『龍馬、斬られる』

短編小説『龍馬、斬られる』

望月弥太郎が、こいつらによって無残に切り刻まれたのだ。

望月はもう帰ってこないのだ。

あの望月はいない。

もう夜明けが近いというのに、彼は永遠の夜に閉ざされたままだ。

藤堂平助の眉間の醜い傷は、望月の恨みの証だ。

あろうことか、いま望月が私に恨みを晴らして下さいと哀願している。

龍馬の目には、知らず知らずに涙が溢れてきた。

零れ落ちた涙が、心の傷からにじみ出た血液のように畳を濡らして

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短編小説『藤堂平助、御用改めでござる』

短編小説『藤堂平助、御用改めでござる』

坂本龍馬の用心棒、藤吉は藤堂平助と服部武雄の脇差の下げ緒を確認する。

座敷に案内する際、容易に刀を抜かれて斬りかかられると困る。しっかりと巻かれていて抜けない状態なのか確認するのである。

「失礼いたしました」

そのあたり場数を踏んでいる元新選組の隊士だけあって抜け目がない。

しっかりと巻いている。

が、しかし、それは見た目だけなのだ。

「永倉巻き」

新選組の隊士が呼ぶ「永倉巻き」これ

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時代小説『近江屋に潜入せよ』

時代小説『近江屋に潜入せよ』

齊藤一は、菊屋峯吉から十津川郷士と名乗っている三人組みは近江屋の二階にいるとの報告を受ける。

坂本龍馬も同じ近江屋にいるが、離れの隠し部屋にいるので、三人組との接触はないという。

「よし、藤堂平助さんと服部武雄さんが中に入って、中岡慎太郎ら三人を外に出して下さい。あくまで、不法侵入した不逞浪士を排除するという形です」

藤堂が、

「もし、刃向かってきたら?」

「当然、応戦して下さい」

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第31話(最終回) 「月に帰る」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第31話(最終回) 「月に帰る」

「お龍」

布団の中にいて寝つかれなかったお龍は、今確かに龍馬の声を聴いた。

はっきりと、龍馬から名前を呼ばれた。

夜明けのように障子から薄明かりが差し込んでいる。

お龍は、障子を開けた。

見事な満月。

何処から聞こえるのか、清らかな鐘の音か長く尾を引いて流れている。

向こうの山影から青白い光の玉がすっと上がった。一直線に満月に向かって昇って行く。

そしてその青白い光は、満月の光に照

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第22話「月夜の訪問者 」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第22話「月夜の訪問者 」

「ほんにいい月じゃのう。こがいに大きくて立派な月も久しぶりじゃ。中岡さんには、申し訳ないが今日は一杯いかしてもらうぜよ」

「今日は、この満月のお陰で苦労した。これさえ出てくれなければ、あんなに怖い目には会わんで済んだのに、今でも寒気はぬけんわ」

「誰が、おはんを狙っている」

「新選組だと思う。それ以外に考えられない」

「おはんが、日頃から倒幕、倒幕と叫んでおるから、こげんなことになるのじゃ

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第21話「万国公法をエサにして」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第21話「万国公法をエサにして」

齊藤一が菊屋の二階に上がると、やはり毛内有之助がいた。

「齊藤さん、見ていましたよ。中岡慎太郎が近江屋に逃げ込んだのですね。よりによって、近江屋を選ばなくても良いのに」

「毛内さん、ご苦労様。見ての通りだ。厄介なことになった。ところで何かありました」

「伊東甲子太郎さんからの伝言ですが、情勢が変わってきているそうです。土佐薩摩とは深入りせず、距離を置くそうです。そして早々に、御陵衛士を解散し

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第20話「刀を納めろ、作戦変更だ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第20話「刀を納めろ、作戦変更だ」

再び、大石鍬次郎が足を出した。今度は、一足分だけの送り足。ゆっくりと前足を出して、さっと後ろ足を引きつける。

じりじりと、真綿で首を絞めるように中岡慎太郎ら三人を追い詰めてゆく。

大石にとって、この瞬間が喜びなのだ。それは料理人が、滅多に手に入らない魚をまな板に載せて、自分の好きなように捌こうとしているのと似ている。

前方では、斎藤一が立ちはだかって、しっかりと三人組を足止めしてくれている。

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第19話「月の光に照らし出される刃」

廣瀬は、大石鍬次郎の「抜刀」の号令がかかると、無意識に鯉口を切っていた。

今までの震えが嘘のように止まった。

いつもの稽古のようにゆっくりと刀を抜く。刀身が、妥協を許さない現実の光を放ちながら、弧を描いて目の前で直線に変わる。

剣先だけが、月の光を受けて、名もない星のように弱々しく光る。

廣瀬はそれをゆっくりと頭上に高々と持ち上げる。

刀を上段にとるのと同時に、頭の中を怖さより冷たいもの

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第18話「大石隊の強さの秘密」

「抜刀」

大石鍬次郎が、号令をかけた。

この号令が、かかるまでは絶対に刀を抜いてはいけない。

また、この号令がかかっているのに刀を抜かないのもいけない。

両方とも、隊規違反になる。

場合によっては、切腹を申し付けられることもある。

戦闘にとって、刀を抜く、抜かないが、それほど重要視されるのである。

その「抜刀」の号令がかかった。

小さい鈴のような軽やかな音を立てて、それぞれの刀が抜

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第14話「不吉な予感」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第14話「不吉な予感」

御陵衛士の屯所がある高台寺月真院に戻った伊藤甲子太郎は、すぐさま残っている隊士に状況を伝えた。

土佐藩の置かれている立場、薩摩藩の考えていることなど、包み隠さず話をした。

そして、一段落したら高台寺隊を解散し、新選組本隊に戻れるように近藤勇に話をつけると約束した。

早速、毛内有之介が河原町の菊屋で監視をしている隊士に、それらを伝える役に選ばれた。毛内は伊東が江戸から新選組に加わる時に、一緒に

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第13話「踊る!土方歳三」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第13話「踊る!土方歳三」

齊藤一は、不動堂村の新選組の屯所に着いた。

未だに木の香りが漂う大名御殿と見間違えるほどの立派な造り。齊藤はこの屯所に駐在したことはなかった。

この屯所に移る前の西本願寺に間借りしている時に、高台寺に移った。だから、馴染みはなかった。

何か余所余所しい感じがする。

隊士の中にも、新しく募集された顔を知らない者も、混じっている。

「局長は、おられるか。急用だ。すぐに会いたい」

「不在です

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第12話「無用なものは切り捨てよ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第12話「無用なものは切り捨てよ」

「坂本さんが、帰ってきているのは知っていました。あの人は薩摩に来た時に、わしの屋敷に泊まってもらった。お龍さんも、一緒だった。あの人は面白い人だ。一晩中、話をしてくれた。これからの世は、刀や大砲ではなしにそろばんと船の時代になるとしきりに言っていた」

「その坂本先生に、今日近江屋で会いました」

「そうかですか、坂本さんにはそこらにいるよりも、むしろ薩摩藩邸に入るように勧めたのだが、まだそこらへ

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時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第11話「龍馬に尋ねよ」

時代小説『龍馬が月夜に翔んだ』第11話「龍馬に尋ねよ」

「今日は、何用で?」

中村半次郎は尋ねた。

「土佐の坂本龍馬が、京に戻ってきておる。藩邸に入れてもらえなくて、近江屋という醤油屋の土蔵に潜んでおる」

「坂本先生が戻って来ておられるのか。しかし、時期が悪いのう。西郷さんが、おられれば直接尋ねられたと思うが、わしらは聞けん」

「何を尋ねるのだ?」

半次郎は少し考える様子。辺りを気にして声を低くしたが、投げ捨てるような口調で、

「幕府を倒す

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