戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』⑬ テロ
テロ
農務局特別対策室、オオハラの部屋。
ミヤタ・オオハラ向かい合って立っている。
オオハラ いや、お疲れだったね、ミヤタ君。
ミヤタ いえ、帰りが少し遅くなりまして。申し訳ありませんでした。
オオハラ 何を言っている。あんな事件があったんだ。それは仕方がないよ。
ミヤタ はぁ。
オオハラ いやでも本当にお疲れ様。カドタ君も無事に戻って良かった。今度のあの研究所での一件も、実験中の不幸な事故ということで片がつきそうだ。
ミヤタ ……あの、事故ということになりますと、クボさんはどうなるんでしょうか?
オオハラ ん?ああ、クボは今自宅謹慎中だ。本人は自首すると言っているそうだが、そうはさせない。
ミヤタ あの研究対象のベジタブルマンは……。
オオハラ うん、あれはあれで貴重な研究材料だからね。引き続き施設に置いておくことになりそうだよ。
ミヤタ そうですか。……あの、室長、カドタは……?
オオハラ まだ体力が回復していなくてね。病院にいるよ。
ミヤタ 警察の捜査の方は進んでいるんでしょうか?
オオハラ いや、カドタ君、事件の記憶がほとんどないらしいんだ。
ミヤタ 記憶が?
オオハラ 何か薬を飲まされていたみたいでね。
ミヤタ 薬ですか。あの、僕との電話は?
オオハラ (首を振り)覚えてないらしい。
ミヤタ ……何か、怪しい実験にかけられた、というようなことはないんですか?
オオハラ 怪しい実験?何のことだ?
ミヤタ あ、いえ。……あの、室長。
オオハラ ん?
ミヤタ 今回ファームに入って、僕は何も知らなかったんだと、痛感しました。
オオハラ ほお。
ミヤタ 室長はじめ、特別対策室の方々を中心に、どれだけの人たちの尽力のもとにこの社会を支えるファームが成り立っているのかと。
オオハラ うん。
ミヤタ できれば僕も室長のもと、ファームでの仕事に、直に携わりたいと思うようになりました。
オオハラ 考えておくよ。
ミヤタ はぁ。
ミヤタ、深々と頭を下げる。
オオハラ ところで、ムラカミから調査報告のメールがまだ届かないんだが。
ミヤタ あ、そのことですが、ムラカミさんがこれを。
ミヤタ、上着から封筒を出し、オオハラにわたす。
オオハラ 何だこれは?
ミヤタ ムラカミさんがファームで撮りためていた写真です。
オオハラ 写真?
ミヤタ はい。報告が少し遅れそうなので、代わりにこれを現像して室長にわたしてほしいと。
オオハラ なに?(写真を見る)どういうことだ?
ミヤタ 面白いものが写っていると言っていましたが。
オオハラ 面白いもの?何が写っているんだ?
ミヤタ 室長におわたしすればわかると言っていましたが。
オオハラ これ研究所の職員たちだろ?
ミヤタ はぁ。
オオハラ 困るんだよなぁ。ファームの中でパシャパシャ写真なんか撮られちゃ。
ミヤタ ムラカミさんいろんなところにカメラを仕込んでまして……。
オオハラ ピントのボケた写真ばかりじゃないか。この写真の何が面白いんだ?
ミヤタ いや、僕にはちょっと。
オオハラ、写真を繰る手を止める。
オオハラ ……ミヤタ君。
ミヤタ はい。
オオハラ ……これは誰だ?
ミヤタ はい?
オオハラ この男。
ミヤタ 助手のクボさんですが。
オオハラ いや、クボはわかってるよ。その隣の男だよ。ここにも、ここにも写ってる。
ミヤタ ムラカミさんですが?
オオハラ 何を言ってる。これは誰だ?
ミヤタ ですので、ムラカミさん……。
オオハラ ……。
ミヤタ あの、室長長いこと会ってないんでムラカミさんの顔――
オオハラ 私がムラカミの顔を忘れるわけないだろう!これは誰だ?
ミヤタ 室長?
オオハラ どこかで見たことがある……。
間。
オオハラ キタジマ……キタジマか!なぜ奴がファームにいる!
ミヤタ え。
オオハラ、取り乱し、ミヤタの両肩をつかみ、
オオハラ お前奴と何をしていた!?ファームで何をしていたんだ!!
ミヤタ ですので、調査を……。
オオハラ ふざけるなっ!こいつは二十年前にファームから情報を持ち出そうとした元農務局員だ!
ミヤタ ……。
オオハラ 奴は今どこにいるっ!
ミヤタ いや……。
オオハラ 奴に電話しろ!(自身も電話をかける)
ミヤタ はい。
ミヤタ、電話をかける。
オオハラ 私だ。四日前にファームに入ったムラカミという男の記録を調べろ!
ミヤタ ……つながりません。
オオハラ (電話の相手に)何?探せ!その男を探せ!(ミヤタに)お前こいつと一緒にファームを出なかったのか!
ミヤタ あ、あの、ゲートまで戻ったところでムラカミさんパスを忘れたって研究所に引き返して……それでその写真を。
オオハラ 何をしている?俺のファームで何をしているキタジマァっ!!
モニターフォンが鳴る。
オオハラ、ポケットからリモコンを出しボタンを押す。
モニターに『voice only』の文字。
オオハラ 何だ!
声 『室長、一時間ほど前、ファーム第三研究所で大規模な爆発があった模様です!』
オオハラ な……第三だと?第三だとっ!?
声 『はい。通報してきた職員の話では爆発したのは……F9(ナイン)の培養炉だと』
オオハラ F9!?
声 『あの、複数の職員が、不審者を目撃しています』
オオハラ テロか?キタジマの……奴の仕業か!!
ミヤタ 室長、何が起こってるんですか!?
オオハラ うるさいっ!ファームを完全に封鎖しろっ!
声 『し、しかし、職員たちを避難――』
オオハラ 構わん!汚染している可能性もある!俺が行くまで一人も出すなっ!
オオハラ、リモコンを押して画面を消し下手にはけようとする。
ミヤタ 待ってください室長!詳しく説明してください!
オオハラ 邪魔だっ!
オオハラ、ミヤタを突き飛ばしそのまま部屋を出て行く。
ミヤタ ……ムラカミさんがテロ?
うっすらと研対2の声が聞こえてくる。
研対2 『……ミヤタさん』
研対2 『ミヤタさん』
ミヤタ ……!
舞台暗くなり、ミヤタにスポット。
研対2 『ミヤタさん』
ミヤタ 君か?
研対2 『ミヤタさん』
ミヤタ 聞こえる!
研対2 ミヤタさん。
ミヤタ 聞こえるよ!
別の場所にスポット。研対2が現れる。
研対2 ミヤタさん?つながれた。つながれた!
ミヤタ みんな無事なの?
研対2 はい。
ミヤタ ファームで大変なことが起こっているみたいなんだ!
研対2 はい。何か爆発があって、人間には危険な物質が漏れてしまったみたいです。
ミヤタ 人間にだけ危険なわけないだろ!早くファームを出るんだ!
研対2 わたしたちには厩舎で待つように指示がありました。
ミヤタ 誰がそんな指示を出したんだよ!
研対2 待機の警報が鳴りました。
ミヤタ そんなのに従っちゃダメだ!早くみんなで逃げて!
研対2 それはできません。
ミヤタ できるよ!歌は禁止されててもうたってたじゃないか!それと同じだよ!そうだろ?
研対2 ……できません。
ミヤタ 何でだよ!?
研対2 先ほど管理局の方が来て、厩舎の周りは柵で囲われました。
ミヤタ 柵……?何で……何でそんなことできんだよ……!
研対2 ミヤタさん、ミヤタさん……
ミヤタ 柵なんて何でもない!!そんなもん無視して早く逃げろ!
研対2 ミヤタさん、ミヤタさん……
ミヤタ 何だよ!
研対2 わたしいつかミヤタさんに食べてもらえる日まで毎日毎日、何度もずっとミヤタさんミヤタさんって、ずっと呼びかけて過ごそうと思ってました。
ミヤタ 今そんな話してる場合じゃない!とにかく逃げて!
研対2 ミヤタさん、ミヤタさん……
ミヤタ 何!
研対2 そうやってミヤタさんの名前を呼びながら過ごせるだけで、わたしは幸せだと思ってました。
ミヤタ 何言ってるんだよ!早く逃げろよ!
研対2 ミヤタさん、ミヤタさん、ミヤタさん、ミヤタさん……だから最後のときまで名前を呼ばせてください。ミヤタさん、ミヤタさん……
ミヤタ 名前なんか後でいくらでも呼べばいいだろ!
研対2 そうすればわたしは幸せだから。ミヤタさん、ミヤタさん……
ミヤタ ウソつくなよ!……ウソつくなよ!!俺には全部わかるんだぞ!君の……心の奥のことまで伝わってるんだから!
研対2 ミヤタさん!ミヤタさん!ミヤタさん!ミヤタさん!……まだ呼び足りない……呼び足りないっ!!ミヤタさん!ミヤタさん!……
ミヤタ 名前が呼び足りないんじゃない!それは死にたくないってことなん
だよっ!
研対2 ミヤタさん!ミヤタさん!ミヤタさん!……
ミヤタ 頼むから!!頼むからそこから逃げてくれよ!!
研対2 ミヤタさん!ミヤタさん!……
ミヤタ また話しようっていったろ!?歌聴かせてくれるっていったろ!?
研対2 ミヤタさん……ミヤタさん……
研対2、徐々に消えてゆく。
ミヤタ 頼むから!!死にたくないって言ってくれよ……!
溶暗。
音楽。
戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』最終話につづく。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?