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戯曲『菜ノ獣 –sainokemono–』 終「ミヤタさん」


終幕


 
雨の音。

照明徐々につく。

ビルの屋上。

傘をさし立っているミヤタ。

下手奥よりカッパ姿の男(ムラカミ)。


 
ミヤタ ……。(男の気配に気付く)

ムラカミ よく、来てくれたな。

ミヤタ ……。

ムラカミ 久しぶりだな。ミヤタ君。

ミヤタ ……本当にあなただったんですね。メールがきた時は特対の連中の罠かと思いましたよ。

ムラカミ 局をやめたらしいな。

ミヤタ あんなことをしでかした男と行動を共にしていたんだ。もうファームへ戻る道は絶たれてしまいましたからね。

ムラカミ ……君には、直接会って謝りたかった。

ミヤタ 謝る。

ムラカミ 許されることじゃないかもしれないが、君には本当にすまないことをした。

ミヤタ ……すまないことをした?


 
ミヤタ、傘を放りムラカミの胸ぐらをつかみ、


 
ミヤタ あんた自分が何したかわかってんのか!!あんたが実験施設を爆破したせいでどれだけのベジタブルマンたちが殺される羽目になったか!

ムラカミ ちょ、ちょっと待て!あれは俺じゃない。俺は爆破なんてやってない!

ミヤタ ふざけるなっ!今さらそんなの通用すると思ってんのか!!

ムラカミ 落ち着け!あれは本当にテロリストの仕業なんだ!

ミヤタ だからあんたがテロを起こしたんだろう!

ムラカミ 違う!落ち着け、ちょっと、話を聞けよ!


 
ムラカミ、ミヤタの手を振りほどく。


 
ミヤタ はぁ……はぁ……。

ムラカミ まず……はっきりさせておこう。あのテロと俺は無関係だ。

ミヤタ あんたが無関係だったらあれは誰がやったって言うんだよ。

ムラカミ ファームで、あの第三研究所で製造された兵器が、世界中で人を殺している。あそこはどの国のどんな人間に狙われてもおかしくない。

ミヤタ じゃああんたは何してたんだよ?ムラカミって男に成りすまして、あのファームに入って何してたんだよ?

ムラカミ 俺はあの研究所の内部文書を入手する為にファームへ入っていたんだ。

ミヤタ ……あの研究所の内部文書を?

ムラカミ 君を巻き込んだ今回の騒動は、俺たちが仕組んだことなんだ。

ミヤタ ……どういうことだ?俺たちが仕組んだ?

ムラカミ そうだ。俺の仲間たち……ファームをぶっつぶし、ベジタブルマンたちを解放する為の組織と……カドタさんだ。


言いながらムラカミ、傘を拾ってミヤタにさしだす。


ミヤタ カドタが?カドタが何を仕組んだって?……だってカドタは拉致されて……。

ムラカミ ……。

ミヤタ まさか、カドタの拉致事件は……。

ムラカミ 俺たちの狂言だ。

ミヤタ 何の為にそんなことを……。

ムラカミ カドタさんはあの施設で行われていることを内部告発したいと、俺たちに接触してきた。

ミヤタ カドタが内部告発を?

ムラカミ しかし表だってそんなことをすれば彼女に命の保証はない。俺たちは彼女の身の安全を守る為に、ファームから彼女を拉致し、彼女にアリバイがある状態で、あの研究所から内部資料を盗むという計画を立てたんだ。

ミヤタ そんな……信じられない……。


ミヤタ、頭の中を整理しようとムラカミから離れる。

ムラカミ、ミヤタを追い傘をさしつつ、


ムラカミ 自分で持ってくれないか?傘。

ミヤタ ……。


 
ミヤタ、傘を受け取る。


 
ムラカミ カドタさんが俺たちに接触してくる少し前に俺たちはムラカミを捕捉していた。奴にこれまでのオオハラからの仕事の件をすべて吐かせてそれを告発しようとしていたんだ。しかしそれだけではオオハラ個人のスキャンダルで終わってしまいかねない。ファームそのものの屋台骨を揺るがす決定的な証拠が欲しかった。

ミヤタ そこへカドタが現れたんですね。

ムラカミ そうだ。重大なファームの情報を知るカドタさんが失踪したとなれば、オオハラが必ずムラカミに調査を依頼することはわかっていた。

ミヤタ それであなたがムラカミになりすましてオオハラとメールでやりとりをしていたってことですか?

ムラカミ そういうことだ。

ミヤタ そんな無茶してばれると思わなかったんですか。

ムラカミ 一つ問題だったのが、オオハラがムラカミとの連絡係に、ムラカミの顔を知っている人間をよこす可能性があることだった。

ミヤタ そうですよ。たまたま僕が連絡係に……あ……たまたまじゃなかったですね。

ムラカミ その辺りのことを君に謝らなきゃならないんだが……。

ミヤタ カドタから僕への電話……。

ムラカミ 失踪した人間が、三日も続けて電話をすれば、誰だってそこに何か意味があると思うだろう?

ミヤタ じゃああの電話は、オオハラに僕を疑わせる為に?

ムラカミ 小狡いオオハラのことだ。ファームの中でムラカミに君を監視させる為に、君を連絡係に選ぶだろうと考えたんだ。

ミヤタ そんなことまで……でも、何で僕だったんですか?

ムラカミ その……カドタさんの言葉を借りると……ちょうど適当なのがいると……。

ミヤタ 適当なの……?

ムラカミ 彼女、口が悪い所があるだろ?

ミヤタ 口だけじゃありませんよ!あいつ、いつも人のことバカにして。

ムラカミ だが……ま、これは俺の勝手な推測だが。彼女、君にファームのこと知ってほしかったんじゃないかな?

ミヤタ え?何でですか?

ムラカミ 君と彼女の電話での会話を聞いていて、何となくそんな気がしたよ。現に君ファームでベジタブルマンたちのことほっておけないって言ってたじゃないか。

ミヤタ ……。

ムラカミ ムラカミに銃を突きつけられても揺るがないほど、その決意は固かった。

ミヤタ なぜあの時、すべてを話してくれなかったんですか?そしたら僕にももっと何かできたかもしれないのに。

ムラカミ 君には絶対に危害が及ばないようにするというのが計画の大前提だったんだ。

ミヤタ カドタがみつかったらオオハラがすぐに僕を東京に呼び戻すのも計算づくだったってわけですか。

ムラカミ あとはパスを忘れたと言って君とはゲートで別れて、君が東京に戻ったころを見計らって、あの施設の文書を盗み出す手はずだった。

ミヤタ 僕のアリバイまで心配してくれてたんですか。

ムラカミ ところが君はたった一日で、あのファームのタブー中のタブーに触れてしまった。

ミヤタ ベジタブルマンを兵士に変える施設の存在と、人間をベジタブルマンに変える施設の存在。

ムラカミ 君がその話をし始めた時は正直焦ったよ。まさかあの施設のベジタブルマンの中に人間が混ざっているなんて。

ミヤタ それは、カドタも知らなかったんですね。

ムラカミ ああ。

ミヤタ モトミヤさん、彼女は逃げられたんしょうか?政府に殺処分される前に……。

ムラカミ 彼女も、あの施設のベジタブルマンたちも無事だよ。

ミヤタ え、ベジタブルマンたちも?

ムラカミ ああ。みんなで杭を片っ端から引っこ抜いたんだ。彼女と俺と、あの研究所の連中で。

ミヤタ え……え……じゃあ……。

ムラカミ 歌をうたっていたベジタブルマンも無事だよ。

ミヤタ ……。

ムラカミ 今俺たちの組織で匿っている。人間としてこの社会で生きていく為の訓練中だ。

ミヤタ ……。

ムラカミ まぁ、今はまだ精神的に不安定だが、じきに馴れてくるはずだ。そしたら君の所にも声が届くんじゃないか?ミヤタさんミヤタさん……ってな。


 
しばし間。


 
ミヤタ ……よかった。

ムラカミ ああ。そうだな。ファームの中には思っていた以上にベジタブルマンたちに愛情を持っていた人間がいてな。そこら中に引っこ抜かれた杭が転がっていたよ。

ミヤタ そうですか。

ムラカミ ……だが……すべては救えなかった。

ミヤタ そうですね。


 
雨の音。


 
ムラカミ (空を見上げ)あがらないな。雨。

ミヤタ ええ。

ムラカミ 今、俺たちの手元にはファームとオオハラをぶっ潰すだけの情報がある。あとはこの社会にこの事実を受け止めて大きなうねりを起こすだけの感受性があるかどうかなんだが……。

ミヤタ どうなんでしょうねぇ。


 
街を見下ろす二人。


 
ミヤタ あの……。

ムラカミ ん?

ミヤタ ベジタブルマンって一体何なんですか?

ムラカミ 彼らはな……。


 
強くなる雨音。

ムラカミの言葉は聞こえない。

溶暗。

                                [了]




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