高校入試研究⑥ 2017年度 開成高校 国語 大問2
はじめに
かなり久しぶりの投稿になってしまいました。投稿頻度を決めていないと、どんどん投稿から足が遠のいてしまうのでしょうか。とはいえ、本業がメインなので、のんびりと書いていこうと思います。
出典情報
今回扱う問題は、2017年度の開成高校国語第二問、小説の問題です。
出典は村田沙耶香さんの『コンビニ人間』です。2016年の芥川賞受賞作品です。かなり話題になった作品ですから、すでに読まれた方も多いかもしれません。主人公の古倉(36歳・女性・未婚)は大学卒業後就職せず、コンビニのバイトをしながら生活してきました。コンビニの仕事にはマニュアルがあり、マニュアル通りに仕事をすれば、自分は世界の「正常」な部品として受け入れられる。古倉の考える「普通」と世間が考える「普通」。そのギャップを読み取り、理解することが求められる作品です。「普通」とはなにか。現代社会で生活していく上で考えなければならないテーマですね。
ちなみに、村田沙耶香さんがこういったテーマの作品を書くようになった背景を体験を交えて語った文章が、最新作『信仰』に収録されています。(私は表題の『信仰』が好きです。)元は新聞記事に掲載されていたようで、こちらは2021年度の筑波大学付属駒場高校、さらに2022年度の千葉大学でも出題されています。そちらもぜひ読んでみてください。
解説
問一
傍線部1「『……なんか、宗教みたいっすね』/そうですよ、と反射的に心の中で答える」とあるが、この場面で、白羽さんと「私」は、それぞれどのように「宗教」という言葉をとらえているか、説明せよ。
設問分析
「宗教」という言葉をどういう意味で白羽さんと「私」が使っているかを、対比して説明する問題。さらにここで使われている「宗教」は比喩表現です。したがって、換言して説明する必要があります。
傍線部/文脈分析
傍線部の言葉は、コンビニの朝礼で「接客6大用語」と「誓いの言葉」を店長が大きな声で発し、それを残りの全員が唱和するのを見た白羽さんの反応と、それに対する「私」の心中描写です。
方針
①白羽さんは否定的にとらえている←その後の行動描写から読み取る
②「私」は?→冒頭の設定と傍線部直後の心中描写から読み取る
③「宗教」という比喩表現の換言
解答要素
①白羽さんのとらえ方についての説明です。「私」が声をかけても鼻で笑って、どこかコンビニバイトを馬鹿にしているような描写や、だるそうな勤務態度などから、「私」や他の店員を下に見ているような印象です。接客6大用語と誓いの言葉の唱和の際にも、いわゆる口パクでやり過ごすなど、否定的にとらえているということがわかります。
②一方「私」はというと、まず冒頭のあらすじ説明にこう書いてあります。
小さい頃から「普通ではない」と見られてきた「私」にとってコンビニのバイトは「世の中に溶け込んで『普通』でいられる場所」なのです。このことから、「私」にとってコンビニで行われることは「普通ではない」自分を「普通」にしてくれるものであり、それは「私」にとっては肯定的なものなのです。
③それでは「宗教」という言葉は何を喩えているのでしょうか。比喩表現を解釈する際には⑴使われている言葉の意味⑵使われている文脈を確認します。
⑴簡単にいうと宗教とは「信仰の対象」です。幸福や救いを求めて信じ、すがるものです。これを白羽さん(否定的)と「私」(肯定的)という二つの軸で解釈します。
⑵白羽さんは店長が言う接客6大用語と誓いの言葉をただ同じように繰り返す、その様子を見て「宗教みたい」と言っています。つまり思考停止して妄信的に店長(=信仰の対象)の真似をすることを「宗教」ととらえているのです。
一方、「私」にとってコンビニのバイトは「普通ではない」自分が「普通」でいられる唯一の場所なのです。自分の在り方を定めてくれる、救いをもたらしてくれる「信仰の対象」として「宗教」という言葉をとらえているのです。
問二
傍線部2「ああいう人」とはどういう人か、説明せよ。
設問分析
指示語の指示内容を説明する問題。今回は白羽さんの人物像。
傍線部分析
傍線部を含む一文は、
指示語の指示内容を説明する問題の基本は、
⑴指示語を含む一文から情報を絞り込む
⑵該当する箇所を探す
です。
今回は白羽さんのネガティブな側面を説明します。また、この傍線部は菅原さん(「私」の同僚)のセリフなので、菅原さんのセリフの中で白羽さんについて話しているものをチェックしましょう。
方針
白羽さんについての人物描写(ネガティブな側面)を菅原さんのセリフを一般化して説明する。
解答要素
数行前に、菅原さんが白羽さんについて「私」に話したこんなセリフがあります。
白羽さんは新人で、以前にコンビニバイトの経験があるわけではありません。レジ打ちは業務の中でも基本的なものですが、そんな基本的な業務すらできないのに、発注というより高度な仕事を要求するところが、菅原さんにとっては「だめ」で「イライラ」させるのです。
加えて、傍線部までに「私」の指示通りに仕事ができない、「終わった」と言いつつ実際は雑に並べただけなど、仕事を舐めているような描写があります。
そして、「私」にマニュアルについて知ったふりをしてさも自分は有能であるかのような上から目線の指摘をしたり、商品を並べる作業(フェイスアップ)を「脳の仕組み的に、女が向いている仕事ですよね」などとネットのよくわからないサイトで拾ってきたような薄っぺらい能書きを垂れたり、かなり「めんどくさい」人物として描かれています。
問三
傍線部3「それが『変わらない』ということ」とあるが、「私」はコンビニエンスストアのどういうところを「変わらない」と考えたのか、説明せよ。
設問分析
主題の説明です。傍線部に指示語があるので、その指示内容を抽象化する問題です。
傍線部分析
傍線部「それ」の指示内容は、
「変わってしまったもの」と「変わらないもの」を整理してみましょう。
変わったもの→人・商品・備品
変わらないもの→?
方針
①「それ」の指示内容の抽象化
②「変わった」ものと比較して「変わらない」ことの説明
解答要素
①オープン当初の人や商品、備品は少しずつ入れ替わった→店には残っていない=変わったということなのですが、それでも「変わらない」ものとは何なのでしょう。「ずっとあるけれど、少しずつ入れ替わっている」の「ずっとある」に注目してみると、「コンビニという存在自体」は「変わらずに」そこにあり続けるということでしょうか。
②「変わったもの」と比較して考えてみましょう。まず「変わったもの」の特徴は人・物、つまり物理的な存在です。
ここで、「私」が傍線部のような考えに至ったきっかけを見てみると、それは常連の女性とのレジでの会話でした。レジで商品のバーコードをスキャンしていると、女性は、「ここは変わらないわねえ」と「私」に言います。女性は何に対してそう感じているのでしょうか。客の視点から見ても、店員や商品が入れ替わっている、つまり「変わっている」のはわかるはずです。それでも「変わらない」と言うのは、「コンビニがそこに存在し続け、サービスを提供し続けている」からではないでしょうか。
終わりに
発言の意図、人物描写、主題、表現意図…。小説の読解を考える上で重要な要素のほとんどがこの問題には詰まっています。ただ字面を追い、単純な心情を何となく考える、そんな向き合い方では通用しないことを痛感します。
「普通」とは何か。「多様性」とは?現代社会を見直す一つの切り口になるテーマです。
開成高校受験生以外の高校受験生、または難関大学を志望する大学受験生にもぜひ解いていただきたい良問です。
お読みいただきありがとうございました。
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