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AZ

AZ。
それは私の中で一番失いたくない場所だった。

18歳。

私は高校を卒業し、暇を持て余していた。

趣味もなく、熱中するものもなく、
時間の使い方がわからずにいた。
あり余る時間をどうにか消費したかった私は
新しい趣味を見つけようと思った結果、カフェを巡ろうと思った。

なんでだろう。モテたかったのだろか。
今となってはよく分からない。

そんな趣味を始めて出会ったのが

AZ。

それは木々の生い茂る公園を越えた先。
住宅街にある一軒家。の1階でオープンしているカフェ。

入り口には車が1台ギリギリ入る砂利の敷き詰められた駐車場。
そこに立つ赤い縁のウェルカムボード。
チョークで書いてあるメニュー。

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AZスペシャルブレンド ¥350
グアテマラ ¥450
コロンビア ¥450


・etc...
ーーーーーーーーーーー

安かった。
コーヒーは正直好きではなかったが
それよりも店内に入ってみたかった。
ただそれだけ。なんでもよかった。どこでもよかった。

字は手書き。かっこいいフォントも
かわいいチョークデザインもない。

店の前に立つと目の前に青い扉。
右にテラス席。その横にはガラス張りの扉。ガラスの向こう。黒のソファにおじさんが座っていた。
どっしりとソファーに座っている「あきらさん(仮)」と目があった。

ドアノブは握り手部分が卵型の握りにくい形。
扉をあければ左側にキッチンとカウンター。
右は6畳ほどでソファが窓側にあり、目の前にテレビ。
4人掛けのテーブルが二つ。角には本棚なから溢れる大量の本。

ソファーに座っていたあきらさんが「いらっしゃい」と声をかけてくる。
店主だ。
他に客はいない。今までも両手で数えられる程度しか見たことない。

ソファーで店主が休んでる店。
たまに囲碁もしている。

壁沿いの本棚の前。すみっこの席に座り、
一番安いAZブレンドを頼んだ。350円。
初めて聞くミルの音。うるさかった。

出てきたコーヒーは薄茶色で缶コーヒーではなかったし、
苦くもなく、酸味もない。

コーヒーとして美味しい部類なのか、まずい部類なのか。
当時の私にはわからなかった。

ただ

コーヒーは飲みやすかった。
居心地が良かった。
落ち着いた。


私だけのカフェ。
そんな気がした。

あきらさんに「お会計」といって会話が終わった。
それだけ。そのあとに
「また来てください。」と。

通い始めた。
私の特等席ができた。


**********


大学に入学した。

友達の作り方も女子との共通の話しも
よくわからなかった。(今も)

サークルに入った。
課外授業に参加した。
新しいバイトを始めた。
休みにカフェ巡り始めた。

予定がなければAZにいた。
講義をサボったらAZにいた。

いつからか言葉を交わすようになっていた。
「あきらさんは・・」と話しかける私。
お孫さんを見た。小学生だった。
奥さんを紹介された。


**********


20歳になった。
就職活動が不安になって自分なりに行動した。
でも、どうなったらいいのかよくわからなかった。

あきらさんは自身のことを話してくれることもあった。
でも最後は「なんでもできるよ。やってごらん。」と言っていた。
自分に何ができるのかわからなかった。

本格的に就職活動が始まる前、
初めて海外に行こうと思った。

理由は先輩に
「就活前に海外に入ったほうがいい。
社会人になったら休みが取れないから。」
と言われたから。

正直(うっさいなぁ。)と思っていた。

あきらさんにも話した。
自分の話をしてくれた。海外で仕事をしていたらしい。
「不安も多いと思うが行ってみたほうがいい」と言ってくれた。

なんだか、行ってもいい気がした。
英語は赤点しか取ったことないけど、
どうにかなる気がした。

結果、
感動した。日本以外を初めて見た。そんなハタチ。
海外にハマった。憧れた。


**********


21歳になった。
就職活動が始まり、忙しくなった。
でも自分は何をしたいかわからなくなった。

あきらさんに相談した。
「僕はみんなとは違う道で来ちゃったからわからないけど・・・」
と話したをしたまま、特に何もなく帰った。でも
ちょっと気が軽くなった。


**********


22歳になった。
社会人になって、自分なりに頑張った。
積極的に勉強もした。

でも仕事が合わず、好きにもなれず、
体を壊した。

体重が女性モデル並みなった。
シンデレラ体重である。

**********

ある日、
山手線の吸引力に気づいてしまった。
線路に吸い込まれる感覚に。吸い寄せられる。

プラットホームが誘っている。飛び込んでこいと笑っている。
なんて歌詞のようではないけど。

意思ではなく、ただ磁石のように。りんごが落ちるように。
ニュートンに見つめられたりんごな気分。

週末は仕事。
友達と遊べなくなり、
家にしかいなくなった。

歩くと激痛がした。
咳をすると激痛がした。
寝ると激痛がした。

ベットで横になると枕が濡れる。
別に悲しいわけではない。何も思ってない。
体が動かない。動かす気もない。
誰にも気づかれない。

でも休みはAZに行った。
足をちょっと引きずって。

いつものようにコーヒーを飲んだ。
それだけがなぜか落ち着いた。

あきらさんにだけ話した。

仕事が合わないこと。
彼女に振られたこと。
嫌いな人がまた問題を起こすこと。
祖父の認知症がひどくなったこと。

ただ聞いてくれた。
ただ話した。あきらさんだけに。
「・・・だったんですよねぇ〜(笑)」
と少し茶化して。

アキラさんは「そうだったんだ。」
とだけ言った。導かれるような言葉はなかったけど
ちょっと楽になった気がした。
奥さんが来てケーキをくれた。


**********


25歳になって仕事を辞めようと思った。
相談した。あきらさんは肯定してくれた。

「どこに行くの?どんな国なの?面白いね。楽しむんだよ」

勇気が少し出た。


**********


会社を辞めた。
そのことを話した。おもむろに立ち上がって
「これを。」と封筒をくれた。
手紙と壱万円が入っていた。

「え?いいんですか・・・?」
としか言えなかった。断る理由がなかった。
手紙はなんとなく読まなかった。本人の前だし。

どんな気持ちでくれたのだろう。
私は、ただの客なのに。
客なのに・・・


**********


オーストラリアに行った。が、
2週間目で全財産を取られた。

スキミング。対処なんてわからなかった。

絶望した
絶望した
絶望した

どうしよう!!
どうしよう。
どうしよう・・・

どうしたらいいのかわからなかった。
何も情報を知らなかった。
英語も話せなかった。

その日の宿代が払えなかった。
仕事もまだなかった。
財布には30ドル。
口座に64円。

友達は「あの時すごいイライラしてたよな」と。
当たり前である。

季節は冬。

目の血走ったヤク中や
ナイフを向けられたホテルでも
雨風のしのげる場所がないよりマシだった。

結局、
どうしようもなかった。

宿を出るため、荷物をまとめていた時に
封筒を見つけた。
あきらさんからもらった壱万円札と手紙。

「お元気で頑張ってください。
きっと良い人生の勉強になると信じています。
お身体には十分気をつけて
過ごしてください。」

と書いてあった。


情けなかった。
こんなことで使うことに。
まだ知らない、何か特別なことに使うべきだと思っていた。
勉強になるって。

でも心から感謝した。

換金した。
また1週間、ホテルに泊まることができた。
仕事も見つかった。
新しい土地で生活が始めることができた。


**********


二年半後、日本に戻ってきた。
すぐにAZに行った。
あきらさんは元気だった。それからもずっと。
お孫さんは大学生になっていた。


でも、少し痩せていた。


**********


2ヶ月後、
仕事が決まった。あきらさんに話した。
おめでとう。とコーヒーを入れてくれた。

それから仕事が始まって、
なかなかAZに行けなくなった。


**********


10月。

久しぶりにAZに行った。
行く時はいつも電話で確認をしている。
「やってますか?」と。

なぜなら臨時休業がたまにある、
そういうゆるいお店だから。

「ちゃんとオープンはしてないけどやってるよ」
と言っていた。
よく意味がわからなかった。


あきらさんはまた痩せた。
お店も整頓されていた。
台風の影響かと思っていた。

「ごめんねこんな状態で」と。
別に気にしていなかった。
「いや別にいっすよw」なんて言って。

あきらさんは何も言わずキッチンへ向かった。
歩き方がいつもと違った。
よたよたしていた。

今日もコーヒーを入れてくれた。

運んでくれるコーヒーは傾いていて、
今にでも溢れそうだった。

「9月に入院していて・・・」と言った。

脳梗塞だったと。


知らなかった。
知らなかった。
知らなかった。


怖くなった。


その日のことを話してくれた。

いつも通りソファでくつろいでいたら
奥さんに「大丈夫?」と聞かれたらしい。
本人は「大丈夫。」と言って
そのまま意識を失ったらしい。

血の気が引いた。
また、ここに来れてよかった。
また、話ができてよかった。
そう思った。

でも、また、会えるんだろうか。
それが怖かった。

本にも集中できず、
ずっとあきらさんをチラチラ見ていた。
居眠りしている様子を、
胸の動きを凝視した。動いてる。

よかった。

**********


今日も違うカフェでコーヒーを飲んでいる。
美味しい。でもやはりあの味ではない。
ここはAZじゃない。

また飲めるのだろうか。


もし、

もしもの時、
私はどこでくつろいで
誰に相談して、報告して
この気持ちを整理すればいいのだろうか。

誰が他に私を助けてくれるのか。
悩みを聞いてくれるのか。

そこにいてくれればいいから。
コーヒーを飲みながら。
居眠りしながら。


でもスマホに送られてきた
「連絡貰いゴメン。いつでも来てください」
を見て安心をしている。


私のささやかな願い。いつか。AZのような。

そう思いながら今日もこのコーヒーを飲めることを感謝して。

私なんかにサポートする意味があるのかは不明ですが、 してくれたらあなたの脳内で土下座します。 焼きじゃない方の。