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表面しか見えないけれども背景に思いを馳せることはできる
「誰かが何かをした」という事実がある。
けれども、表出したできごとや結果ばかりに目を向けて、他者を批判するのは少々早いかと。
そのできごとや結果の前に、どんなことが起こって、どのような判断をし、どんな経緯からここに至ったのか?
原因を推し測り、経緯をストーリーとして捉えることで、他者理解の幅はだんぜん広まると思うんだが・・・
やはり「なぜこの結果に至ったのか」という視点は外せない。
一方で、そのストーリーは当事者が語ったとしても少なからず偏りはあり、事実を全て捉えることは難しい。
その点では、結局のところ表出されたできごとや結果以外は、やはり推測の域を出ないのだろう。
だとしても。
やはり「なぜこの結果に至ったのか」と、その背景に思いを馳せることはできるはず。当たっているかどうかではなく、背景を含めて相手を理解しようとする試みそのものが大切なのだと思う。
それが「慮る」ということではなかろうか。
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