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TikTokやInstagramに流れてくる映像には、「まるで姉妹のような親子」というキャッチフレーズもちらほら。

そんな最近の親子を見ていると、とても仲が良くてまるできょうだいや友だちのような関係に見えます。


単純に仲が良い=叱られた経験がないとは言い切れません。

ですが、少なくとも自分や周囲の友人たちの経験から、親と一緒に居たくない時期はあったと思います。それもまさに思春期に。

こっちは反抗期なので口答えするし、火に油を注いで怒らせるし・・・
もちろん親も黙っていません。本気で叱ってきます。そして正論をぶつけられぐうの音も出なくなり、こっちが捨て台詞を言って逃げていく・・・なんてことはありませんでしたか?

わたしは山ほどあります(笑)


でもいま思えば、人生のターニングポイントで本気で叱ってくれたという経験が背中を押してくれていました。

わたしが間違った方向へと進まないで済んだのは、親が本気で関わってくれたから。
勉強から逃げずに数多くの資格を取得できたのは、先生が本気で向き合ってくれたから。
辛くて苦しくてもがいていたときに乗り越えられたのは、妻や友人が本気で寄り添ってくれたから。

わたしの周りにはいつも本気で接してくれる人がいて、本気で叱ってくれたんです。そのおかげで、自分が進むべき方向が定まり、迷いが振り払われたといまは感じています。


感情に任せて怒りをぶつけるのではなく、愛情と思いやりをもって人生を導くように心からの声を伝えることが「叱る」です。
手を挙げたり、大声で怒鳴ったりする必要はありません。教育的指導のように、諭したり戒めたりすることも叱ることの一部です。

叱られることで、ふと気づくことがあります。
「わたしは何をしていたんだろうか・・・」と。
それまでの行動を省みて、これからどうすべきかを考え直します。

そうやって本気で叱られることで、気づきが促されて自ら歩み出していけるのが、理想的な叱ることの効果だと考えています。


友だち親子=叱られた経験がないとは言いません。
ですが、「叱られる→気づく→考え抜く→行動を変える」といった自発的な行動変容の機会が少ないのではと思えます。

社会に出て自分基軸だけではうまくいかなくなったとき、上司や仲間、家族など信頼できる他者が叱ってくれたことで、利他利己の精神へと基軸が変わっていく―――そんな経験をあなたはしていませんか?
その気づきを促してくれた、行動を変えることができたのは、本気で叱ってくれたあの人のおかげではないですか?

本気で、しかも正しく叱ってくれる大人がいてくれたら、そして叱られたことで自分が変わる経験を数多くしていたら、きっとこれからも自ら成長していけるはずです。

もっとも身近で、もっとも多く叱れるのは、やはり親だと思います。
だからこそ、親として正しく叱る術は身につけておきたいですよね。


ゆとり世代・悟り世代・Z世代・・・若者をひとくくりにしてしまうのは問題かもしれませんが、世代が進むにつれてパワハラという言葉が大きく取り上げられるようになり、怒ると叱るの区別なく「忠告すること=悪」という流れが生まれてしまった気がします。そのためか、正しく導いたり戒めたりすること自体を躊躇するようになったように感じます。

でも、気づきを促して本人の行動が変わるようにするためには、叱る以外の方法が求められるようになったとも言えます。
それが現代版の正しいの𠮟り方なのかもしれませんね。

わたしも叱り方をバージョンアップさせていきます!




明日も佳き日でありますように






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