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「人間の建設」小林秀雄・岡潔(著)

 この本は私にとってある意味で精神調整を行ってくれる一冊だと思う。年に一回必ず読むことで自分を戒めている。これを読めば「知」において慢心に至ることはない。まだまだ勉強が足りないないなと私に語り掛けてくれるような貴重な一冊である。

これは対談本としてはかつてないほど多くのことを読者に語り掛けてくる本のように感じる。対談している二人は当時の日本を代表する最高峰の知識人であることは間違いない。文系の小林秀雄氏と理系の岡潔氏がそれぞれの知識を横断しながら行われる対話は一つことを極めることの難しさと一つだけの夢中になることの未熟さを何度読んでも感じる。

モノに向かう姿勢や事象を捉えることの視点を増やしてくれること間違いない。また知識人や教養人の鏡のように感じ、現在のテレビなどで見る知識人との印象に広い差があるように思えるだろう。

きっとこれが昭和の知識人の姿の一つだったように思える。私は昭和の生まれではないのでyoutubeなどで過去のテレビを見ることでしか昭和の知識人の姿を見ることはできないが、荒々しい昭和の印象とは別に、冷静沈着な教養深い知識人の姿にかっこよさを感じる。

 「酒」「文学」「数学史」「教育」「歴史」「人」など。僅か150ページ足らずの内容でありながら、とてもそれだけとは思えないほどの情報量があり、また一度理解するために文章を目で追うことを休めることもしばしば。

両者の広い興味と知識、そしてそれらを互いに尊重しながら言葉を交わしていく。主張の押し付け合いのようなマウントの取り合いではなく、純粋な興味から相手の話を聞きたいという意識に向かっている。このようなどう捉えても建設的な知の遭遇は本当に得難いものだと思う。

そしてこれだけ多様なことについて話されているにも関わらず常に会話の中で両者が意識しているのは「人間」ということだと感じる。物理と数学の話をしていて本居宣長の話をしている時でも両者は「人間」ということについて必ず触れる。

「精神」「情緒」「知情意」。人間を構成する内面のものについて会話がされていくことは現実的ではないような答えのないような、そういう内容に思えるかもしれないが、それこそが重要なことで実学のみを求める風潮に対してこの時代ですでに警鐘を鳴らしていたようにも思える。

 私がこの本を好きなあまり過剰な解釈や感動を覚えていることは間違いないことだが、視野を広げるという点では間違いなく趣深い一冊であることは間違いない。

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