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課程博士の生態図鑑 No.22 & 23 (2024年1~2月)

※ サムネイルの背景に使用しているのは、長谷川等伯による「松林図屏風」の一部を切り取ったもの。

今回の note では、1月と2月にあった出来事や感じたことを、順不同でちょっとずつ羅列していく。


海外の学会に論文が掲載された

去年の7月に、The International Journal of Design Education という海外の学会に論文を提出していたのだが、ようやく原著論文として正式に採択された。初の英文ジャーナルをゲットしたので、素直に結構嬉しい。

https://cgscholar.com/bookstore/works/the-effects-of-perceptions-of-others-on-creative-selfbeliefs

とにかく査読や編集プロセスが丁寧だった(その分時間はかかったけど)。当たり前であり、これが本来あるべき姿であるが、こんなに丁寧に対応されたことはなかったので、正直感動している。自分が提案した世界の見え方に対して、全力で向き合ってくれる感じ。

国際的な雑誌というものあり、僕のように英語ネイティブではない人たちもたくさん投稿しているためか、文章表現も丁寧に代替案を提案してくれる。また、AI の使用があった場合、それをどのように使用したのか、どんなプロンプトを使用したか、などを記載する箇所も設けられており、その辺りもちゃんと対処している。とにかく当たり前のことを当たり前にちゃんとやっていた印象。またいつか投稿してみたいと思った。

Open Access ではないので、無料で見れるわけではないが、教育目的で使用するなど、一定の条件を満たせば自由に配布できるらしい。もっとお金を積めば Open Access に更新できるが、それはもうちょっと先になりそう。

本音を言うと、必死で研究して得た成果をジャーナルに提供したわけだから、逆にお金が欲しいくらいだ。まぁ、こういうのって利益目的でやってるわけじゃないから、お金が発生しないこと自体は健全なんだけどね。


教育系の学会に論文を提出した

1月に、教育システム情報学会というところに論文を提出した。昨年から神田外語学院という学校でグラフィックデザインの授業を受け持っているのだが、その内容を実践論文としてまとめたものである。

ちなみに神田外語学院での取り組みは、去年の7月の note に書いているので、興味がある人は読んでほしい。

そもそもなぜこの学会に論文を投稿しようと思ったのかというと、二つほど理由がある。まず一つは、単純に教育系の論文実績を獲得したかったから。というのも、僕は博士課程を修了した後、大学教員になることを目指している。なので教育系の学会に論文を投稿していることがちょっとした強みになるのではないかと思った。まぁ、さっき紹介した国際学会の論文も一応デザイン教育の雑誌なのだが、論文の内容自体は極めて実験室的なので、個人的には教育系とは言い難い。

2つ目は、この学会の姿勢に共感したから。これが非常に大きい。大前提として、この学会は論文を「原著(一般論文とショートノート)」と「報告(実践論文と実践速報)」の2つの種別に分けている。ここまでは普通の学会と変わらないが、2022年に論文執筆要項の改訂が行われており、この2つの位置付けを見直したらしい。

執筆要項の改訂主旨

従来は、一般系論文(原著)と実践系論文(報告)を同じ評価軸の中に位置付けていたため、「実践系=新規性を求めない」という誤解が一般化され、それが定着してしまっていたとのこと。

なので評価軸を分け、一般系論文には一般系論文的な有用性と新規性を、実践系論文には実践系論文的な有用性と新規性を与え、両者を対等に扱う考え方に整理したのだ。この「評価観点を分けて、両者を対等に扱う」ことには大きな意義がある。曰く、従来の評価観点だと、実践系の論文にも客観的評価を過度に追い求める風潮を形成することになってしまい、論文の本来の目的からズレた、無理のある主張を強いる圧力になっていたという。そうした風潮が加速すると、研究者の自由な発想を削ぎ、挑戦的な研究の芽を摘んでしまいかねない。

そもそもこの学会は教育系のテーマを扱っており、人間を対象としているので、客観的に測定可能なデータが多いわけではなく、再現性がいつでも担保できるわけではない。むしろ、客観的に測定できない質的な部分にこそ面白さが眠っている領域である。つまり、実験室ではなく、教室という実践的な現場にこそ目を向けるべきなのだ。

これは僕が研究領域としているデザインにも同じことが言える。具体的な名前は出さないが、ある学会は明確に「原著論文>報告論文」としており、客観性が原著レベルに達していなかったら報告に回される、という感じになっている。なので、教育システム学会がいうところの「客観的評価を過度に追い求める風潮」をどことなく形成している感じがするので、実験方法などを置きに行く論文が多くなっており、ほとんどの論文がつまらないものになっている。挑戦的なテーマ設定や独自性のある実験方法を試すインセンティブが働かないのだ(客観的なデータはないので、あくまで個人の感想です)。ちなみに僕はこの学会の原著論文を持っているわけでないので、そこまで偉そうなことは言えないのだが、本当は痛烈に批判したい。どの学会とは言わないけどね。

そんなモヤモヤを抱えていたこともあり、この学会の執筆要項にはいたく感心した。ちなみに教育システム情報学会に提出した論文タイトルは「生成 AI  を導入した創造性教育へのアクターネットワーク理論の応用可能性」というもの。その名の通り、生成 AI を導入した授業を、アクターネットワーク理論を用いて質的に分析し、学生や教員、生成 AI 、その他使用ツールなど、授業で登場した様々な要素が、創造性を育むためのネットワークをどのように形成していたのかをモデル化することを目的としているものだ。アクターネットワーク理論がなんなのかを説明するのは面倒なので、ここには記述しないが、さっき載せた7月の note で軽く触れているので、もし興味がある人はそちらを参照してほしい。

また、この学会は査読をする際のテンプレートも一般に公開している。だから著者は安心して論文を執筆できる。「こっちの査読者とあっちの査読者の言ってることが全然違う!」みたいなことにもならないだろう。まぁ、これで「再現性がない」なんて言われたら笑い物だが。採択されることを願う。


東京ビッグサイトの展示会にスタッフとして参加

2/28~3/1 にかけて開催されている「脱炭素経営EXPO」という展示会にスタッフとして参加してきた。普段一緒にお仕事させていただいている会社が出展しているので、1日目だけ手伝わせていただいた。

展示会の様子

僕は展示会のブースと、配布するチラシをデザインさせていただいた。3方向から人が流れ込んでくるような区画にブースが配置されることになったので、グリッドに沿って壁面を配置するというよりかは、45度に傾けて配置することで、どの方向からでも壁面のコンテンツが見えるような設計にした。

デザインしたブースの一部
デザインしたブースの一部

詳しくは後日ポートフォリオでまとめようと思うのだが、個人的には結構実験的な試みだった。実際に現場に足を運んでみて、壁面の角度よりも、壁面の高さや、ある程度スタッフから隠れながらコンテンツを閲覧できるような設計にすることが重要かもしれないことに気づく。

スタッフの配置方法や対応手順はある程度明確化されていたのだが、全方位に配置しすぎて、どの角度から入っても「話しかけられて長話になるかもしれない」という心理的負担が大きかった気がする。と言っても、名刺を交換して顧客の獲得に繋げないといけないので、客はスタッフの気配を感じにくく、且つスタッフからはしっかり客を視認できるようなレイアウトにする必要があるかもしれない。


勉強会のポッドキャスト化計画

昨年の8月から3個下の後輩とやっている勉強会の内容をポッドキャストとして配信することになった。勉強会の名前は「美のOSについて考える会」。文化によってトップダウンで規定されている美しさを見直し、OSレベルから美しさについて考えを巡らす会である。基本的には月に1冊本を選定し、それを元にディスカッションする感じだ。記録用に録音していたのだが、思いの外面白い内容のものが多かったので、配信してみることになった。

今のところ、「民藝」や「日本の科学史」、「シュルレアリスム」など、結構幅広く本を選定しており、もはや美しさが何なのかわからなくなっているが、それはそれで良い。また、ディスカッションと言っても、かなり雑談に近い形式になっており(当初は配信することを想定していなかったのもあるが)、ハイコンテクストなやり取りが収録されている。なので、もしかしたら本の内容を知らない人が聴いても全く面白くないかもしれない。でも、万人にウケるコンテンツというよりかは、刺さる人には刺さるコンテンツを目指しているので、方向性は一切変えない予定。

現在はポッドキャスト番組の名前やロゴ、それに基づくビジュアルイメージを作成中である。それが終了したら Spotify などで公開する予定。3月中には配信開始したい。


新潟旅行にて感じた長谷川等伯の気配

1月に大学時代の友人たち5人でスノボをするために、新潟県の湯沢町のスキー場に行ってきた。その日はほとんど始発で東京駅に行き、新幹線で越後湯沢駅に向かった。7年ぶり2回目のスノボだったのもあり、フワフワとした気持ちだった。

駅に到着するや否や人混みをかき分けてバス停に行き、目的地のかぐらスキー場から徒歩5分ほどの場所にある宿を目指した。宿に着くと、オーナーから「かぐらスキー場のゴンドラが故障していて、今日はやってない」と伝えられる。

テンションが一気に下がった。が、宿の近くから出ているバスですぐ隣の田代スキー場に行けることを知り、「まぁ、ならいいか」という気持ちになった。ちょっと急いでレンタルのスキーウェアに着替え、バス停に向かうと、かぐらスキー場を使う予定だった人たちでごった返していた。まぁ当然だが。

やっとの思いでバスに乗り、スキー場に到着すると、駐車場からスキー場を繋ぐゴンドラに長蛇の列。体感としては1時間くらい待っただろうか。ようやくスキー場に到着すると、もう午後の13時。イメージとしては10時くらいから滑るつもりだったのだが、大幅なタイムロス。しかもゴンドラの時間帯的に15時までしか滑ることができないという事態。

全く満足に滑ることができず、1日目が終了した。明日はどれくらい滑れるかな、と期待に胸を膨らませて就寝したが、2日目はまさかの雨。安全に滑ることができないという判断で、渋々越後湯沢駅周辺で時間を潰して帰ることになった。

駅に行く前に、道の駅とそこに隣接する銭湯があったので、とりあえずそこによってみることに。銭湯で気持ちをリフレッシュした後(といってもその銭湯も期待を下回る出来だったのだが)、バスが来るまでの間、道の駅で時間を潰した。

ふと辺りの景色を見渡すと、靄がかかった山々が目に飛び込んできた。

1日目からこのような景色が周りに広がっていたことはわかっていたのだが、スノボのことで頭がいっぱいだったので、その美しさには気づいていなかった。これを美しいと思う気持ちはどこからきているのだろうか、と考えていると、ふと長谷川等伯の「松林図屏風」を思い出す。

https://artsandculture.google.com/asset/pine-trees-hasegawa-touhaku/HgFQR4hgzPorXg

長谷川等伯といえば、室町時代から明治初期にかけて繁栄していた日本最大の日本画派閥である狩野派に挑んだ絵師で、豪快な絵が特徴的な狩野派に比べ、曖昧な墨の濃淡が特徴的な作風になっている。

僕が道の駅で見た景色と等伯の絵は、どことなく似ていた。山々が靄の奥に隠れて樹々の輪郭がぼやけ、奥行き感がはっきりしない感じ。自分と景色が一体となるあの感じ。

もしかしたら等伯は北陸のこの景色に触発されて、松林図屏風のようなスタイルになったのかもしれない、と思った。恥ずかしながら、今まで長谷川等伯に関する知識をほとんど持っておらず、作品もあまり知らなかったのだが、ふと思い立って彼の故郷について調べてみると、彼は能登国(現在の石川県あたり)出身であることがわかった。もちろん、僕が旅行で行った新潟県ではないのだが、石川県も冬になるとこのような靄がかった景色が浮かび上がってくることがあるはずだ。

彼が日頃から見ていた世界を、自分も体験しているかのような気分になった。この感覚による推論が正しいのかどうかはもはやどうでもいい。長谷川等伯が何を見て何を考えていたのか、もっと知りたくなった。この気持ちが重要なのだ。この経験を機に、僕は今彼についてもう少し調べてみている。来月以降の note にでも書こうかな。

ちなみに、旅行全体としては心を許している友人たちとずっと一緒だったので、結構楽しかった。スノボはいつかリベンジしたい。


読んだ本など

この2ヶ月間で読んだ中で特に面白かった本をいくつか取り上げる。

進化思考批判集

1月の初めに、「進化思考批判集」という本を読んだ。

この本は、タイトルの通り NOSIGNER 代表の太刀川英輔さんが書いた「進化思考」に対する批判をまとめたもの。僕は進化思考自体ちゃんとは読んでいないのだが、デザイン界隈を中心にちょっとした波紋を呼んでいたので、批判の方を読んでみることにした。

この本の面白いところとしては、進化思考で述べられていることの誤りを指摘するだけではなく、修正するための代替案も一緒に提案しているところだ。「批判集」と聞くとちょっと棘がある印象だが、実際はかなり親切。また、デザイン業界の批判文化の歴史を、建築業界と比較しながらまとめている内容なども後半に書かれており、非常に勉強になる。デザインを学ぶ人は必読かもしれない。

面白くて、非常に勉強になったと同時に、デザインというもの自体をアカデミックな文脈で成立させることの難しさも痛感した。自分も千葉工業大学の「デザイン科学科」に在籍していたということもあり、この問題は避けては通れない。客観性のあるデータを提示し、再現性を追求するのが良いのか、いやしかし、デザインには数字には表れてこない、客観的に測る事が難しい事象にこそ面白さがあるのではないか、という思いもある。それが科学なのか問われると、自信を持って Yes と答えることはできない。だって科学は反証可能性がないといけないものだから。でも、学問であることは言えると信じている。とにかく自分の中に確固たる答えはまだ持っていない。これからも考え続けることだろう。

批判集の中でも取り上げられていたのだが、日本の解剖学者(でいいのか?)である養老孟司は「学問は対象ではなく方法論だ」という持論を展開しており、「考え方を学問の基準とする考え方が浸透していない」と主張している。これには一定の共感を覚える。上述したように、僕はとある学会の中途半端なスタンスに対して疑問を持っているのだが、養老孟司の言うように、もう少しデザインを「対象」として見るのか、「方法論」として見るのか、科学として振る舞うのか、そうでないのか、もう少し明確に考えを展開しても良いのではないか。

沼りそうな話題なので話を変えるが、そもそも進化思考批判集が書かれたのは、進化思考批判集の著者の一人である松井実さんが、日本デザイン学会第69回春季研究発表大会にて、進化思考を批判する内容を発表していたことに端を発している。詳しいことはここでは述べないので、気になる人はぜひ動画を見てほしい。ちなみに、進化思考批判集も無料のPDFが配布されており、誰でも簡単に手に取れるようになっている。学問を単なる金稼ぎの道具にすることへの批判だろうか。学生の僕には非常に優しい取り組みだ。

これはあくまでも編者の所感に過ぎないが、世の中にはデザイナーが関与していない事物がまだまだたくさんあり、ちゃんとデザインすればもっと社会は良くなる筈であり、他人の仕事に口を出す暇があるのなら自分も有益な仕事をしたい、といった共通認識があるように思う。だが前述の太刀川の「納得がいかなければ、次はいきなり批判ではなく、質問してください」という認識こそ、デザイン界における批判の必要性を物語る。当人同士での閉じたやりとりも、本人不在の場所での裏話のような陰口のようなもの(業界にいるとこの類のものは時々耳にするのだが)も、デザイン界の発展に寄与しない。公の場での批判だから意味があるのだ。

進化思考批判集

タイポグラフィ・ブギーバック

漫画や小説、広告などに使用されていた書体を、その歴史とともに紹介してくれる本。比較的字が大きく、余白も多いので、気持ちのいいテンポで読めるのでおすすめ。今夜はブギーバックのCDジャケット、椎名林檎の歌詞カード、週刊少年ジャンプなど、様々な作品を彩った書体たちを淡々と紹介してくれるだけでも面白いのだが、何より著者が文筆家なだけあって、言い回しが巧みな表現が多い。文章表現としても参考になる。以下に最もグッときた文章を一つ抜粋する。

モノクロフィルムの古い映画のように、不穏な気配を漂わせながら淡々とはじまる描写によって、ある風景が見えてくる。

しかしそこには何の絵も描かれていない。「街」も、「河原のある地上げされたされたままの場所」も「セイタカアワダチソウ」も、「ネコの死骸」も。

マンガなのに。

読者の目に映るのは、黒一色の背景と白い文字だけだ。

このモノローグを思い浮かべるとき、私は言葉を思い出しているのか、それとも白い文字でくりぬかれた闇を思い出しているのか判別がつかない。

タイポグラフィ・ブギーバック

この文章は、リバーズ・エッジという漫画の冒頭のモノローグについて言及しているものだ。いわゆる「黒ベタ白抜き」と呼ばれる表現が作り出す異質な雰囲気を、こんな巧みに表現できるのか。この本は、書体の客観的な歴史本ではないので、本気で勉強したい人向けではないかもしれない。しかし、著者の書体への愛が伝わってくるような、没入感のある文章表現になっているので、著者自身が見えている世界を追体験できるようになっている。その辺のお堅い本よりも、よほど書体に対する向き合い方を学ぶことができる。

ふとした時に読み返したくなる本だった。

沖縄文化論

「沖縄文化論」は、岡本太郎が日本復帰前の沖縄に足を運び、彼がそこで実際に感じ取ったことを通じて、日本らしさについて再考している本だ。この本の面白いところは、日本らしさについて、形式化されてしまった日本本土(いわゆる内地)の文化的歴史ではなく、まだ日本らしさが生き残っている辺境に目を向け、周辺から日本を見つめ直そうと試みているところだ。なのでこれは、沖縄文化論であると同時に日本文化論なのである。

この本も「タイポグラフィ・ブギーバック」に負けず劣らず、いや、それ以上の美しい文体で構成されている。岡本太郎にこんな文才があったとは驚きだ。

彼曰く、沖縄には物質としての文化は何も感じられないという。一見「何もない」ところに圧倒的な美の気配が棲みついているのだ。日本返還前の沖縄は、貧困と強制労働はもちろん、皆さんもご存知の通り台風や津波などの災害が多く、それらによって、余剰としての物質的な文化が残る余白が無かった。

叫ばずにはいられない、生きていけない、そんな過酷な状況の中で生まれたのは、物質的なものではなく、歌や踊りという非物質的な文化だった。それは美のための美ではなく、沖縄の人々から衝動的に生まれた文化なので、そこに型というものはなく、「生きる」ということを表現した瞬間的な美だったのだ。

だから沖縄には、富と権力により作り上げられた虚飾的な美などはなく、法隆寺を誇り、仏像・仏画を誇るような外来の文化も根付かなかった。日本舞踊などの内地の文化は多少流入しているものの、それは初期の、形式化される前の日本舞踊だった。そしてそれらは内地では形式化されたが、島では形式化されず、肉体そのものの美しさが残ることになった。この事実は、沖縄が対峙してきた歴史そのものを表している。上述したように、「生きる」ことを必死に表現してきたからだ。

沖縄は、日本人が肉体そのもので生きることを表現していた美しさを、まだ保存していたのだ。もちろん「日本文化」と一括りに表現してしまうことには多少の違和感を覚えるが、日本人らしさの一部が生き残っていることには納得感がある。

われわれは世界に対して日本文化を主張し、東洋の伝統を誇ろうとする。文明開化以来、圧倒的に侵入してきた西欧文化に対してのリアクションとして、それは心理的必然であったろう。しかし西洋に対する東洋、そんな図式で割り切る空虚さはどうにもならない。われわれは自己主張、自己発見のポイントとして、あまりにも「東洋」という観念、そしてそれを台とした「日本文化」というレッテル、お体裁にこだわりすぎたようだ。東洋文化圏をかざしたり、「アジアは一つなり」なんて根拠のない文句が、われわれの根源にあるエネルギーを見あやまらせてしまった。それをまた裏返しにした、近ごろの欧米式民主主義、ヒューマニズム一辺倒にもその危険はある。
もっと素肌の肌理、その切実な感動を、自信をもって押し出すべきではないのか。私は極論したい。沖縄・日本をひっくるめて、この文化は東洋文化ではないということだ。

沖縄文化論

この本の初出は1960年であり、さっきも言ったように沖縄がまだ日本に復帰する前に書かれた本である。一方、僕が読んだ文庫版が出版されたのは沖縄が日本に返還された1972年だ。なので最後の後書きには、「本土復帰にあたって」という章が設けられている。そこに岡本太郎の並々ならぬ沖縄への想いが綴られていた。

皮肉な言い方に聞えるかもしれないが、私は文化のポイントにおいては、本土がむしろ「沖縄なみ」になるべきだ、と言いたい。沖縄の自然と人間、この本土とは異質な、純粋な世界とのぶつかりあいを、一つのショックとしてつかみ取る。それは日本人として、人間として、何がほんとうの生きがいであるかをつきつけてくる根源的な問いでもあるのだ。とざされた日本からひらかれた日本へ。
だから沖縄の人に強烈に言いたい。沖縄が本土に復帰するなんて、考えるな。本土が沖縄に復帰するのだ、と思うべきである。そのような人間的プライド、文化的自負をもってほしい。

沖縄文化論

この本を読んで、以前読んだ柳宗悦の「民藝とは何か」への理解が深まった気がした。柳は民藝品を、「作為的に生み出すのではなく、必然から生まれるもの」と表現している。これは、沖縄の人々が残した形式的ではない生活や文化と通ずるものがある。セットで読むとかなり面白いかもしれない。

民藝については以前に note で取り上げた事があるので、一応貼っておく。


ではまた来月。




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