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博物館資料の保存の現状

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博物館資料の保存の現状

 博物館法の第4条では「学芸員は、博物館資料の収集、保管、展示及び調査研究その他これと関連する事業についての専門的事項をつかさどる」とされており、ミュージアムに収蔵された資料、つまり文化財の保存も学芸員の本来的な仕事とされている。文化財を良好な状態で保存していくための基本的な考え方としては、収蔵庫や展示室の温湿度を通年で一定に保つ、光に敏感な資料にあたる照明光量を調整する、資料を変色させる化学物質を展示室や収蔵庫から除去する、傷める虫やカビを施設に侵入・発生させないなどである。

 収蔵品を長期的に良好な状態で保存するには、温度・湿度・光度を一定の状態におき、酸化の進行を遅らせる方策を講じておく必要がある。このような条件を満たすには、条件整備が施されている収蔵庫に安置することが最善である。展示の際には収蔵庫の保存環境をできるかぎり実現しなければならない。つまり、明るい光量の下に収蔵品をさらす場合も赤外線や紫外線の量を最小限とし、来館者の多少によって変化しやすい温度や湿度の変化をできるだけ小さくすることである。このような収蔵庫と展示スペースの良好な環境が維持されてはじめて収蔵品は長期的保存が可能となる。 虫やカビのような生物にも注意をめぐらす必要がある。対処法として総合的に有害生物を管理するという文化財IPMの考え方が広く知られるようになった。この手法によって燻蒸処理が主流だった文化財保存から、薬剤だけに頼らず複数の手段を組み合わせて虫やカビ等の生物被害を防除する時代へ変化している。IPMとは、日本語で総合的有害生物管理と訳す。有害生物が潜む環境状況に配慮しながら、生態的、生物的、物理的、化学的な手法を効果的に組み合わせる維持管理することが基本となる。
 一方で専門家がまとめて管理することのリスクも存在する。二つの事例をあげる。

1.川崎市市民ミュージアム水没
2019年10月、台風19号の影響で、川崎市中原区の川崎市市民ミュージアムの収蔵庫が浸水した。同館は1988年に開館し、三階建てで、地下も含めた延べ床面積は約2万平方メートルとなっており、収蔵庫は温度や湿度が管理しやすいことから地下に設けられた。収蔵庫には九つの収蔵室があり、すべてが浸水していた。収蔵品は絵画や浮世絵、古文書、民具、写真、漫画雑誌、映画のフィルムなど約26万点あり、大雨や逆流した下水などが、収蔵庫のある地下に流れ込み、水に漬かったものも確認された。神奈川県と市の文化財計24点のほか、戦前の漫画本や、19世紀末のロートレックのポスターなどがある。過去にも大雨で駐車場エリアに水がたまることがあり、そのたびに排水ポンプで地上部分に水をくみ上げていた。ミュージアムのある等々力緑地は、かつて池が多数存在していた土地であり、水が出やすく、1988年の開館時から地下搬入口に通じる駐車場エリアに排水ポンプが設けられている。2004年に策定されたハザードマップで3~5メートルの浸水深と想定されていながら、これまで明確な浸水対策を取っていなかった。

2.ブラジル国立博物館焼失
2018年9月、リオデジャネイロのブラジル国立博物館で起きた火災により、ブラジルの重要な科学的、文化的遺産が焼失した。1818年に設立されたこの博物館は、ブラジル最古の科学機関で南米でも最大級の施設である。科学的、文化的に貴重な収蔵品には、南米最古の人類化石とされる1万1500年前の女性の頭蓋骨ルチアや、ブラジル固有の恐竜マシャカリサウルスの骨格などが含まれている。南米でもっとも古いエジプトのミイラや工芸品などのコレクションも収蔵されていた。しかし、化石、エジプトのコレクション、無脊椎動物の標本など、博物館の本館に収められていた多くの品々は焼失したものとみられる。2000万点の品が収蔵されていたが、その90%以上が焼失した。

 このように、一箇所に文化財を集めると、何らかの事故などが起きた際に甚大な被害を受けてしまうというリスクも存在する。

参考文献
『博物館資料保存論』石崎武志 編著(講談社)

『新時代の博物館学』全国大学博物館学講座協議会西日本部会編(芙蓉書房出版)

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