日田とTIGER『深読み LIFE OF PI(ライフ・オブ・パイ)& 読みたいことを、書けばいい。』第91話
前回はコチラ
2019年9月19日
スナックふかよみ
ボンサイ・マスター?
そう。Bonsai Master。
何ですか、この展開?
ちなみに日田郡って今の日田市のことよね?
大分県の。
その通り。
今はもう日田郡は消滅してしまったけど、このインタビューが行われている1978年当時は、まだ郡部がいくつも残っていた。
サッカーW杯2002で有名になった中津江村も日田郡だ。
日田は風光明媚な土地柄で、夜の三隈川の鵜飼いと屋形船は、幻想的な光景で有名だよね。
なんか似てない?『ライフ・オブ・パイ』のお寺のシーンと。
だけどなぜ急にチバは伯父さんの話を?
しかも「ボンサイ・マスター!」って…
日田在住のチバの伯父さんは盆栽名人。
もちろんネタだけど。
ネタ?
じゃあ嘘なのですか?
もちろん。
チバには日田に伯父などいない。パイがママジという架空の伯父を出したから真似しただけ。
つまりチバの盆栽話は、パイの作り話「カニバリズムの木」に乗っかった作り話なんだね。
ボケにはボケで返す。それが小説『LIFE OF PI』第三部におけるチバの使命だった。
そしてパイも負けてはいない…
チバ「知ってますよね?盆栽っていうのは小さな木々で」
パイ「灌木のこと?」
あっ!
灌木って言ったら、『出エジプト記』でモーセが見た「燃える柴」のことじゃん!
『モーセと燃える柴』
見事なボケのラリー(笑)
そして、パイの「灌木」発言で火が付いたチバは…
ついに本気を出す…
チバ「違う違う。盆栽は小さな木々。2フィートにも満たない大きさで、手で持ち運ぶことができる。かなり古いものもあって、伯父が持っていたのは300年以上の年代物だった」
本気? どゆこと?
チバは何の話をしていると思う?
は? 盆栽でしょ?
違うんだよね。
チバは盆栽じゃなくて《別のもの》について説明しているんだ。
別のもの?
だって、そもそもオカシイでしょ?
日本人なのに「2フィート」なんて言い方は…
咄嗟にフィートなんて単位を口にする?
え? まあ、普通はフィートなんて、言わないわね…
それにパイはフランス領のインド育ちということになっている。
つまり日本と同じメートル文化で育ってるの…
普通に「60cm弱」って説明してあげたほうがよくない?
確かに、そうだけど…
しかも、木が「60cm弱」の盆栽の重さは、少なくとも15kgくらいはある…
気軽に持ち運べる重さじゃないわよね(笑)
しかも第三部では、ここまでずっとメートル法が使われていた…
長い自動車旅行の描写もメートル法だったし、重さに関してもメートル法が使われていたんだ…
それなのに、盆栽の説明のところだけ突然「フィート」が使われる…
どう考えても、何か意図があるとしか思えないよね?
どんな意図なのでしょうか?
原文を読めば、その意図が見えてくる…
こんなふうにも訳せるんだよね…
Bonsai are little trees. They are less than two feet tall. You can carry them in your arms.
盆栽は小さな木々。木々が2本より少ない足で立っている。持ち運び可能。
小さな木々が2本より少ない足で立っている?
つまり、1本の足で立つ小さな木々ということですか?
わかった!
十字架のことよ!
2本の小さな木を組み合わせたものが、1本の足で立ってるじゃん!
あ、なるほど!
確かに持ち運びが可能で、300年を超える年代物もありますね…
日田がある大分は、戦国時代、キリシタン大名の大友宗麟が治めていた土地…
300年以上昔の十字架が伝わっていてもおかしくないわ…
そういえば良ちゃん、戻って来ないわね。
そして、チバが「日田」という地名を出したのは、それだけが理由ではない。
「日田」という文字を想起させるためでもある…
文字を?
「日田」という字は…
2つのマスの中で、十字架を描くというもの…
うわあ…
ちなみに日田は《天領》だった。
おかみの直轄地(笑)
そういえば、あたし…
ヤン・マーテルを初めて見た時、こう思ったの…
いろいろ企んでそうな顔してる、って…
ブッカー賞を取るような人物は、一筋縄ではいきません…
カズオ・イシグロしかり…
チバとパイの掛け合いは続く。
パイ「300年も昔の木々に2本脚の人が立っていて、持ち運びが可能?」
チバ「イエス。とてもデリケート。細心の注意が必要です」
二人でボケたふりして、モロに言っちゃってますね…
ちなみにチバの返しは、ボブ・ディラン『VISIONS OF JOHANNA』の歌詞の引用になっている。
「ルイーズはとてもデリケート。鏡のように注意が必要」
あの歌の中で《ルイーズ》は《イエス》を意味していたよね。
LOUISE(ルイーズ)を左右反対に読むと「神の試練に打ち勝つ者」という意味の ISRAEL(イスラエル)とほぼ同じ発音になる。
チバはその《ルイーズ》を《盆栽》に置き換えたというわけだ…
へい!カール!
どんだけ?
そして二人のボケに、ツッコミ役のオカモトが口を挿む…
パイ「そんなもの聞いたことありませんね。植物学的にありえない」
チバ「それは存在するのです。この私が請け合います。事実、私の伯父が…」
パイ「僕は自分が見たものしか信じない」
オカモト「ちょっといいですか? アツロウ、日田郡に住む君の伯父さんには敬意を払うが、我々はそんな木の話をするためにここへ来たのではない」
チバ「私は少しでも理解の手助けになれば、と…」
全面的にチバが正しい(笑)
そしてオカモトは、チバにツッコミをたたみかける…
オカモト「それじゃあ伯父さんの盆栽は肉を食べるのか?」
チバ「食べないと思います…」
オカモト「その盆栽に噛みつかれたことがあるのか?」
チバ「ありません…」
「肉を食べる」は喩えなのにね(笑)
『これは私の肉』
チバを黙らせたオカモトは、勝ち誇ったように話を戻そうとする…
しかしそこでパイが…
オカモト「今回の件において、君の盆栽の話は何の手助けにもならない! ところで、どこまで行きましたっけ?」
パイ「僕が話していたのは、普通の木ほどの高さがある木々のこと。地面にしっかり固定されてるやつです」
やられた…
『磔刑図』アンドレア・マンテーニャ
そして三人による《盆栽コント》は、こんなオチで終わる。
オカモト「そんな話は御免こうむる。今すぐ議題から降ろしてほしい」
パイ「そんなの無理です。途中で議題から降ろしたら、話を進められません」
オカモト「あなたは面白い人だ。はっはっは!」
パイ「はっはっは!」
チバ「はっはっは!何が面白いんですかコレ?」
オカモト「いいから笑っておくんだ!はっはっは!」
チバ「はっはっは!」
わけわかめ。
「今すぐ議題から降ろす」は「今すぐ十字架から降ろす」という意味だから、イエスの物語を進める上で無理なことはわかります…
しかしなぜ三人が笑うことがオチになるのでしょうか?
イサクです…
は?
ユダヤ教・キリスト教・イスラム教を信仰する「啓典の民」の始祖はアブラハムだよね…
そのアブラハムは、神の指示通りに息子を生贄に捧げようとしたことで、その信仰心を認められ神に祝福された…
その生贄の子の名が、ヘブライ語で「彼は笑う」という意味のイサク…
『イサクを生贄にするアブラハム』
ロラン・ドゥ・ラ・イール
天の父によって生贄にされたイエスは、父アブラハムによって生贄にされたイサクの再現…
かつてイサクの燔祭が行われた岩の上に、エルサレム神殿は建てられた…
イエスはその契約を更新するために、十字架で生贄の子イサクを演じたの…
だからパイとオカモトとチバは笑った。
なるほど…
映画版の冒頭にも「イサク」が出て来たもんね…
そして最後は《木の上》で《両手を広げるポーズ》をとっていた…
十字架に掛けられたイエスのように…
「バナナは水に浮くか?」だけじゃなく「日田のボンサイ・マスター」も映画で使って欲しかったわ。
こんなに含蓄があって面白いのに…
ですね。また日本での印象も違っていたでしょう…
さて、インタビューはついに、最大の謎《トラ》に焦点が向けられる…
オカモト「ところでトラについてですが、こちらも同様に納得がいかない」
パイ「どういう意味ですか?」
オカモト「我々は、どうしてもそれを信じることができないのです」
パイ「これはすごい物語なんですよ」
オカモト「すごいということはわかる」
パイ「実際のところ、自分でもどうやって生還できたのかわかりません」
オカモト「相当な試練であったことは確かです」
ついにイエスの物語最大の奇跡《復活》についてですね。
ちなみに《TIGER》は、ボブ・ディランの《LOUISE》と同じ役割を担っている…
え?
また左右反対に読むんですよー。
また?
えーと、TIGERだから…
REGIT?
何のこと?REGITって。
REGITは、ラテン語で「支配する・統治する」という意味だ…
「deus regit」で「God rules」という意味…
つまりTIGERとはGOD(神)のこと。
盲点だったわ…
TIGERも左右反転して読む仕掛けになっていたのね…
だからトラとパイは…
見つめ合って瞳にお互いの姿を鏡のように映していたわけです…
♫あいーしてーるぅって、いーわせーたーいーからー♫
♫ひーとーみーをじぃっと、みーつーめーたーりぃしぃてー♫
ちょー懐かしい、その歌!
あたしの大好きな聖子ちゃん!
天国のキッス... プルメリアの伝説…
プルメリアの伝説? 何ですかそれ?
最近の若い人は知らないのね…
プルメリアの伝説とは、南太平洋に伝わる悲しい恋の物語…
昔々、神に愛されていた美しい女神がいた…
ある時、女神は若い男に出会い、恋に落ちてしまう…
それを知った神は激しく嫉妬し、女神を殺してしまった…
すると死んだ女神の体から木々が生え、美しい花が咲いた…
それがプルメリアの花…
ああ、南太平洋の女性が耳に差してる花ですね。レイにしたりとか。
あの花にはそんな伝説があったんですね。
聖子ちゃんと中井貴一が共演した映画の元ネタになった伝説よ。
その映画の主題歌が名曲『天国のキッス』!
微妙って…
かなり攻めてるコピーですね…
・・・・・
どうしたのですか、教官?
『ライフ・オブ・パイ』の話を進めてください。
う、うん…
どうやら、何か気になったことがあるようですね…
ハッ
そういう時は、言ってしまったほうがいいですよ…
・・・・・
もしかして…
あたしの聖子ちゃんを、もっと聴きたかったとか?
やめてよ。聖子ちゃんは好きだけど、今は関係ないでしょ?
脱線はダメ、絶対!
いや…
脱線じゃないかもしれない…
は?
もしかしたら…
『ライフ・オブ・パイ』を書いたヤン・マーテルは…
「プルメリアの伝説」と「天国のキッス」を参考に物語を作ったのかもしれない…
そんなハズないでしょー
さすがにそれは絶対にありえない(笑)
そうかしら?
盆栽といえば松…
そして日田の田…
イエス・キリストは、聖なる子…
そ、そんなの、こじつけよ!
ね? しげしげさんもそう思うでしょ?
うーん。どうでしょう。
詳しく教えてください、教官。
すっごく気になります…
いいだろう。
『ライフ・オブ・パイ』と「プルメリアの伝説」と「聖子ちゃん」に関する僕の深読みを聴いてくれ…
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?