深読み バック・トゥ・ザ・フューチャーvol.12(『深読み LIFE OF PI&読み書け』第179話)
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2019年9月19日
スナックふかよみ
最後に『ドン・ジョヴァンニ』を解説して、『It happened in Brooklyn』と『BACK TO THE FUTURE』の話は終わりにしよう。
共通点を挙げていたらキリがないからね。
寄り道もほどほどにせんとな。
お主らも、すっかり忘れとるじゃろ?
今がまだポール・サイモンの『Rene And Georgette Margritte With Their Dog After The War』の深読み途中だっちゅうことを…
はい、忘れてました…
あの曲には、まだ重大な秘密が隠されている。
簡潔に『ドン・ジョヴァンニ』を解説し、ポール・サイモンに戻るとしよう…
『ドン・ジョヴァンニ』のシーンは、映画の55分あたりからだわ。
INTERNET ARCHIVE
『It happened in Brooklyn』
こちらが、そのシーンです。
モーツァルトのオペラ『Don Giovanni』の中の名曲『La ci darem la mano』を、シナトラ演じる主人公ダニーとヒロインのアンが歌います。
この『La ci darem la mano』という歌は、結婚式当日の花嫁ツェルリーナと、彼女を誘惑する色男ドン・ジョヴァンニのデュエット…
ダニー、アン、ジェイミーは、そのまま『ドン・ジョヴァンニ』の三角関係に当てはまる。
愛の言葉がスラスラ出てくるダニーにアンは惹かれてしまうけど、結局はジェイミーと結婚するからね。
そして「Giovanni」とはイタリア語で「ヨハネ」のこと…
シナトラ演じるダニーは、この映画の中で洗礼者ヨハネの役割を果たしています…
その通り。だからこの歌が選ばれたわけだ。
こんな歌詞だからね…
Là ci darem la mano
Là mi dirai di sì
あそこで共に手を取り合って
あそこで私にイエスと言って
Vieni mio bel diletto
Io cangierò tua sorte
来て下さい、わが愛しの人よ
あなたの運命を変えてみせましょう
ああ…
これのことだ…
『ヨルダン川での洗礼』
ミケランジェロ
そのまんまじゃん…
そう。そのまんま。
BTTFでマーティが歌った『Johnny B. Goode』と同じくらい、そのまんまだ。
そういえば…
ラストシーン手前で、もうひとつオペラの歌が出て来たわよね…
インドっぽい雰囲気のオペラ…
予告編でもチラッと出て来たシーンですね。
確かにジェイミーとアンの会話の中で突然始りました。アンがオペラ歌手になりたいという夢を語り出す感じで…
何の脈略もなく始まって、「だから何?」って感じで終わるのよ…
その後の展開にも何の関係も無かったし…
あれは何だったの?
レオ・ドリーブのオペラ『Lakmé(ラクメ)』だね。
サロメ?
サロメじゃなくて「ラクメ」だよ。
舞台は19世紀末、大英帝国領だった頃のインド。
イギリス人の支配によって民族の誇りを奪われていたインド人の悲哀を描いた物語だ。
アンが歌ったのは、異教徒が入ってはいけない神聖なバラモン寺院を土足で穢したイギリス人将校に天罰を与えようと街の中を探している場面で歌われる有名な曲『Ou va la jeune Indoue!(インドの娘はどこへ行く)』…
ちょっと待って…
アンが歌を聴かせる相手は、その大英帝国の貴族ジェイミーよ…
しかもこの映画が作られた1946~47年って、インド独立闘争の真っ只中じゃん…
この状況下で、そんな歌を聴かされたら、普通ドン引きしますよね…
なぜ映画制作者はこの歌を使ったのでしょう?
しかもインドなんてこの映画に何の関係もないのに…
インドは「偽装」だよ。
は?
映画制作者は「別のもの」を表現したくて『ラクメ』の『インドの娘はどこへ行く』を使ったんだ。
インドは偽装? 嘘ってこと?
そう。
同じくイギリス領だった「パレスチナ」をインドに置き換えているんだ。
『ライフ・オブ・パイ』みたいにね。
まさか…
別に驚くことではない。
ルネ・マグリットもそうだったでしょ?
「ゴルゴダの丘」を描いた絵のタイトルに、インドの古都「ゴルコンダ」の名をつけた。
そ、そうだったけど…
ポール・サイモンだって『When Numbers Get Serious』で、イスラエルを日本に置き換えていたよね。
「バッシングされている日本」とは、パレスチナ問題で世界から非難されていたイスラエルのことだったでしょ?
確かに…
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の「日本製品」もそうでした…
「JVC」は欽定訳聖書KJVのことで、「トヨタ・ハイラックス」は使徒言行録に出てくる異国の政府高官の馬車のこと…
その通り。
しかもアンが歌った『LAKME』の『Ou va la jeune Indoue!(インドの娘はどこへ行く)』は、歌詞がとても興味深いんだ…
明らかに「狙った」選曲なんだよね…
この歌は、どんな内容なのですか?
インドの「とある乙女」の物語…
その乙女は「遠い世界から来た男」を愛していた…
ある時、乙女は森の中で「男と虎」が対峙している場面に遭遇する…
両者は見つめ合い、トラは今にも襲いかかろうとしていた…
間一髪のところで乙女は男の命を救う…
乙女は異世界の男を愛していたので、もはやインドでは暮らせない…
すると男はこう言った…
「あなたの本当の家はここではない。それは天にある」
そして男は乙女を連れて天へと昇る…
異世界から来た男の正体は…
人間には姿かたちが認識できない創造神ブラフマンが人の姿になって地上に降り立った「ヴィシュヌ」だったんだ…
これって…
乙女マリアを連れて天に昇る神の化身イエスみたいでしょ?
『最後の審判』
ミケランジェロ
そして、ライフ・オブ・パイ…
その通り。
間違いなく、あの歌が元ネタになっている。
なんてこった…
それにしても、あの唐突なオペラ・シーンに、こんな意味が隠されていたとは…
でなきゃラスト直前にこんな「不適切」な歌を差し込まないでしょ?
ちゃんと計算された演出なんだよ。
すべてのことに意味はある…
目に映るすべてのことにも…
耳に聞こえるすべてのことにも…
そうじゃったな?
はい…
そして「ラクメ」が歌われた後、天才少年レオ君の演奏会が行われ、大成功する。
ジェイミーとアンは熱い口づけを交わし、ダニーのミッションはコンプリートされた。
しかし…
そこで終わってもいいのに、なぜか最後にダニーも口づけされる。
なぜなら…
ダニーは洗礼者ヨハネだから…
『サロメの口づけ』
オーズリー・ビアズリー
そういうこと。
だからBTTFのマーティも、キスされて『Johnny B. Goode』を歌う。
なぜならマイケル・J・フォックス演じるマーティのモデルは…
『It happened in Brooklyn』で『ドン・ジョヴァンニ』を歌ってキスされたシナトラだから…
Frank Sinatra&Marty Mcfly
ああ…
だけどやっぱり信じられないわ…
マイケル・J・フォックス演じるマーティのモデルが、フランク・シナトラだったなんて…
SFコメディ映画の傑作『バック・トゥ・ザ・フューチャー』が、シナトラ主演のミュージカル『It happened in Brooklyn(下町天国)』から生まれたなんて…
BTTFが誕生した「きっかけ」を知ってる?
きっかけ?
それは1980年の、ある夏の日のこと…
後にBTTFの脚本を書くことになるボブ・ゲイルは、ミズーリ州セントルイスにある両親の家へ遊びに行った…
家の倉庫の中を漁っていたボブ・ゲイルは、父の高校時代の卒業アルバムを見つけ、何気なく手に取る…
そして、その卒業アルバムの写真から、BTTFの物語を着想したという…
また「たまたま遊びに行った家で何気なく見ていた本の中の写真」から着想?
ポール・サイモンが『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war(犬を連れたルネとジョルジェット)』を着想した時の話と全く同じじゃん。
こういう「定型文」があるのかもしれないね。
誰かに「着想のきっかけ」を聞かれた時の答えとして。
じゃあ、違うってこと?
いや。親の卒業アルバムを見て着想したのは本当だと思う。
だけど、それだけじゃなかったはずだ。
それだけではない?どういうことですか?
ボブ・ゲイルは両親の家で、別の「アルバム」も見たはず…
別のアルバム?
自分の子供の頃のアルバムとかでしょうか?
そうじゃない。
そのアルバムは、1980年の春に発売されたものだ…
発売?
もう「終わった」とされていたフランク・シナトラが、久しぶりに発表したアルバムだよ…
シナトラのアルバム?
そのアルバムは、ビルボード・チャートのトップ20に入るくらい売れ、グラミー賞の主要部門に軒並みノミネートされるほど、大きな話題になった…
シナトラ世代ともいえるボブ・ゲイルの両親は、きっとそのアルバムを持っていたはず…
1980年のある夏の日、ボブ・ゲイルは「親の卒業アルバム」と、この「シナトラのアルバム」から、BTTFのヒントを得た…
そしてシナトラ主演映画『It happened in Brooklyn』に行き着いたんだ…
親のアルバムはわかるけど、どうしてシナトラのアルバムとBTTFが結びつくの?
シナトラのアルバムが「BTTFそのもの」だったからだよ。
そのもの?
そのアルバムのタイトルは『TRILOGY』…
トリロジー? 三部作ってこと?
その通り。
アルバム『TRILOGY』は三枚組のコンセプトアルバム…
その三枚とは…
過去の名曲を歌った「Past」…
現在のポップソングを歌った「Present」…
そして、未来の世界を歌った「Future」…
過去、現在、未来…
バック・トゥ・ザ・フューチャーそのものであると同時に…
BTTFトリロジーそのもの…
そうなんだよ。
おそらくここからBTTFトリロジー構想は生まれた。
BTTFの主人公マーティのモデルがシナトラであることは、もはや疑いようがない。
なんてことなの…
Q、E、D…
これにてバック・トゥ・ザ・フューチャー、深読み終了。
あまりのことで言葉になりません…
これが深読みの力なのか…
浜の真砂は尽きるとも…
世に深読みの種は尽きまじ…
ふぉーっふぉっふぉ。
・・・・・
さて、それではポール・サイモンに戻ろうか…
アルバム『HEARTS AND BONES』の中の名曲『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』に隠された…
「もうひとつ」の秘密について…
つづく
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