深読み米津玄師_第1楽章_第6節A

米津K師殺人事件 第1楽章『アイネクライネ』第6節:クライネと小さな歪み



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2019年4月某日
熱海 某ホテル 客室



おそらく米津玄師は…

タイトルで提示した「小さな」を使って「ある言葉」をピンポイントでフォーカスさせたかったんだと思う…


「思い出」でも「お別れ」でもなく…

「石ころ」でも「勘違い」でも「戸惑い」でもなく…

「秘密」でも「悲しみ」でも「綻び」でもなく…

「夢」でも「奇跡」でもない…


「歪み」という言葉を…


ひずみ…を?

つまり…

その「小さな歪み」が「いつかあなたを吞んでなくしてしまいそう」ってことを…

米津玄師は、この歌で言いたかった…

そういうこと?

これが『アイネクライネ』という歌を読み解く「鍵」だ。

「歪み」が「鍵」?

ぜんぜん意味がわかんない。

ここで、ドイツ語の「kleine(クライネ)」という言葉が、大きな意味をもってくるんだよ…

と、その前に。

念のため、もう一度『アイネクライネ』を歌ってもらえないかな?

もう一度?

いいわよ。



・・・・・

どしたの?

いや…

今の深代ママの歌声…

なんか…

島本須美っぽくて…すごく良かった…

ハァ?

誰だっけ、それ?

『ルパン三世 カリオストロの城』のクラリスとか…

『風の谷のナウシカ』のナウシカの声の人…

ああ、あの声優さんか。

大好きなんだ…あの声…

僕の理想の女性はクラリスとナウシカを足して二で割ったような人なんだけど…

現実問題として異なる存在の精神や肉体を足して二で割ることは出来ないから…

内面はクラリスで、外見はナウシカが理想かな…

いや…

内面はナウシカで、外見がクラリス?

どっちかなあ…これ迷うなあ…

岡江クン、床の間の掛け軸。

え?

「おちつけ」


ハッ!

よかったね。持って来て(笑)

ご、ごめん…

つい…

いいの、いいの。

岡江クンの趣味っていうか、弱点というか、攻め所がわかったから。

お恥ずかしい限りです…

さ、始めましょ!

深読み、深読み!

「クライネ」がドイツ語でナンチャラカンチャラって話ね。

そう。

「小さな」という意味の「kleine(クライネ)」は、女性名詞「musik(ムジーク)」にかかっているために女性形に変化した形容詞…

元々の形は「klein(クライン)」だ。

ドイツ語って名詞に「男性・女性・中性」があって、それに合わせて形容詞とかも変化するのよね。

その通り。

そして、この「klein(クライン)」に重大な意味が隠されている。

米津玄師がこの曲を『アイネクライネ』というタイトルにしようと思った「そもそもの理由」は…

この「klein(クライン)」という言葉にあると僕は思うんだ…

「klein(クライン)」という言葉に「何か強い執着心」があって『アイネクライネ』というタイトルにしたってこと?

そういうこと。

「klein(クライン)」という言葉から、「小さな歪みがいつかあなたを吞んでなくしてしまうような」という不安を抱きながらも、それを乗り越えようと願う歌詞が生まれた。

つまり「小さな歪み」とは「klein(クライン)」のことなんだよ。

でも「klein(クライン)」は「小さな」っていう意味の形容詞でしょ?

「歪み」はどこから来たの?

深代ママ…

「クラインの壺」って知ってる?

割れたやつ?

それは「ルビンの壺」。

どっかで聞いたことあるんだけどな…

えーと…

ああ!思い出した!

浅田彰の『構造と力』だ!

「循環するシステム」のモデルとして表紙にも使われてたやつじゃん!


確かに『構造と力』で象徴的に使われてたんだけど、浅田彰は「クラインの壺」を正しく理解せずに自身の考察を視覚化したモデルとして使ってしまったんだ。

そのへんは山形浩生の記事を読むとわかる。

なにこれ、面白いわね。

しかも「異次元人ヤプール」とか超懐かしい(笑)

ウルトラ兄弟をゴルゴダ星で十字架にかけちゃうのよね…

あたし、ウルトラマンAが大好きだったんだ。

北斗と南が合体するとことかドキドキしながら見てた…

一心同体だった南が月へ帰っていく回なんて、大泣きだったわよ…


ウルトラマンAとヤプール人のことは…

「関係ない」わよね…

ごめん。懐かしくて、つい…

いや…

関係あるんだよ。『アイネクライネ』に…

え?

それはまたMV(ミュージックビデオ)の深読みの時に…

まずは「クラインの壺」と「米津玄師」の関係について、しっかり深読みしなければならない。

これが「正しく」描かれた「クラインの壺」だ。

なんか気持ち悪いわね…

見てるとモヤモヤしてくる…

「クラインの壺」は、境界も表裏の区別も持たない2次元の曲面を、歪ませて作ったもの…

「歪み」が観る者に違和感を与えるんだね…

2次元?

壺だから3次元じゃないの?

実は「壺」というのは誤訳なんだ。

誤訳?

どういうことなの?

本当はドイツ語で「Kleinsche Fläche(クラインの面)」という。

でも英訳される際に「Fläche(面)」が「Flasche(瓶)」と取り違えられ、「Bottle」と訳されてしまったんだ。

そして日本でも、その誤訳「Klein Bottle」がそのまま輸入されてしまい「クラインの壺」となってしまった。

だから多くの人に「ちょっと不思議な3次元の構造物」だと誤解されることになったというわけ。

じゃあ、さっきの山形浩生の反論コラムも間違っているわね。

「クラインの壺」の中にコインを入れてるでしょ?

浅田彰と同様に3次元のモデルとして語ってる。

そういうこと。

そもそも論として「クラインの壺」の中にコインなんて異物を入れること自体、不可能なんだ。

2次元の面だからコインを入れる3次元空間なんて存在しないんだよね。

「クラインの壺」は歪んだ特殊な2次元構造なので、3次元の世界には絶対に落とし込めない。

「表が裏」であり「裏が表」。

境目も区別もない。

まさに「表裏一体」という言葉に相応しい。

そういえばさ…

あたし、思い出したんだけど…

そのものズバリ『クラインの壺』っていう小説があったわよね…

NHKでドラマにもなったやつ…

現実世界とサイバー空間上のⅤR(仮想現実)を行き来するうちに、区別がつかなくなってしまう物語だったね。

こちらは正しく「クラインの壺」を使っている。

クリストファー・ノーランの『インセプション』の先駆的な作品だ。

作者の「岡嶋二人」ってばさ、文字通り二人の作家なんだよね?

藤子不二雄みたいに…

そう。井上夢人と徳山諄一だ。

でもこの作品を境に、二人は別々の道を歩むことになった。

井上は『ダレカガナカニイル…』でソロデビューし、その後も精力的に作品を発表…

一方、徳山のほうは…

その後、作家としては目立った活動はしていない…

二つの世界の区別がわからなくなる物語を書いたあとに「分裂」するなんて、ちょっと出来過ぎよね…

しかも分裂後に出した作品のタイトルが『ダレカガナカニイル…』だなんて…

顔にポッカリと穴が空いてる男の絵の表紙とか、意味深過ぎる…

そろそろ何か気付かない?

何か?

今は米津玄師の深読みでしょ?

米津玄師といえば…

あ!そうだ!

そういえば米津玄師にも…

もうひとつの「顔」というか「存在」があったよね…

「ハチ」…

ニコニコ動画でボーカロイドを使って曲を発表してた「ハチ」だ…

もしかして…

米津玄師は、徳島の高校を卒業後、大阪のアートスクールに通いながら、ボーカロイド初音ミクを用いて楽曲をニコニコ動画に発表するクリエイター「ハチ」としての活動を始めた。

2009年5月のことだ。

ハチは次々とヒット作を連発し、ニコ動でスター的な存在になった。

知ってる!イラストが可愛いのよね!

しかし2012年に突如ボーカロイドと「ハチ」を捨て、生身の人間「米津玄師」として活動を始める。

そして、東京にあるドワンゴ傘下のインディーレーベルからデビューアルバム『diorama』を発表した…


これだけ歌が上手かったら、自分で歌いたくなるのも当然だけど…

「VOCALOIDを隠れ蓑にしたくないから」という考えによるものだったらしい。

どんな出来事や葛藤が彼の中であったのかは知らないけど、苦しい決断だったと思う…

なんで苦しいの?

2013年5月に米津玄師は、シングル『サンタマリア』でメジャーレーベルからデビューを果たした。

そして最初のメジャーアルバム『YANKEE』の制作に取り掛かったんだ。

だけど10月に米津玄師は、突如「ハチ」を復活させる。

2年9ヶ月ぶりのことだ。

「ハチ」名義で発表された『ドーナツホール』は、ファンにとって青天の霹靂だった…

もうハチは「居なくなった」と思われていたからね…

ドーナツホールみたいに、ポッカリと空いた穴…

そして「不在」に向かって「あなたの名前は?」と呼びかける…

そして「ハチ」としての『ドーナツホール』の発表から5ヶ月後…

今度は米津玄師として『アイネクライネ』を発表する…

「あたし」が「あなた」を想う歌を…

「あたし」とは「わたし」の東京弁…

つまり、東京でメジャーデビューした「米津玄師」…

そして「あなた」とは、大阪&サイバー空間に置いてきた「ハチ」…

「アイネクライネ(ある小さな)」が指すのは「歪み(ひずみ)」だった…

生身の人間・米津玄師は「小さな歪み」が「いつかあなたを吞んでなくしてしまうような」と、自身の不安な心の内をストレートに吐露したわけだ…

そして「いつまでもいつまでも超えられない夜を、超えようと手をつなぐこの日々が続きますように」と願った…

「ハチ」としての自分を捨てきれなかったのね…

でも当然のことなのかも…

自分の原点なんだから…

過去の自分を否定しなくていい…

消し去る必要なんてないんだ…

そうだね、深代ママ…

やだ…

なんか泣けてきちゃった…

ダメね、あたし。最近涙もろくて…

年かな…

この年まで生きてると、お互い、いろいろあるよね…

はい、どうぞ。これで拭いて。

ありがと…岡江クン…

気分転換に散歩でも行こうか?

『アイネクライネ』の歌詞のことでも深読みしながらさ…

まだ天気は大丈夫みたいだし。

でも、あたし…雷が怖いのよ。

もし途中で雷が鳴ったら、乙女チックに岡江クンに抱き着いちゃうかも…

どうぞどうぞ。

深代ママの内面の乙女に抱き着かれるなら大歓迎だ。

ちょっと…それ、どーゆーこと?

まるで外見は乙女じゃないみたいじゃん!

なかなかうちらは落ち着けないね(笑)

ばか。



つづく




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