「見張り塔からずっと 前篇」『深読み LIFE OF PI（ライフ・オブ・パイ）& 読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日 夜
スナックふかよみ
やるじゃない、大林少年クン。
ありがとうございます。
胸がギューッと締め付けられて、切なくなっちゃった…
なんだかいろいろ思い出しちゃったな…
ありがとう…
あなたって、自分が思ってるよりも、とっても魅力的よ…
もっと自信をもって。
は、はい！
文代さんみたいな素敵な女性に言われると、すっごく嬉しいです！
ふふふ。その調子。素直さは最高の美徳よ。
えへへ…
（いったい何者なんだ彼女は？何しにここへ？）
さあ、続きを始めましょ。
『ライフ・オブ・パイ』の深読み、深読み！
あ、はい。ではもう一度オープニング映像を…
タイトル表示の次… 1分23秒のところからです。
登場するのは、まだあどけなさの残る、若いテナガザルだわ。
なんか神妙な顔して佇んでた。ちょっとブルーな感じで。
いい演技よね（笑）
そして立ち上がって、どこかへ歩いていきます。
この子は、この動物園の中で「特別」な子…
最後の方で、もう一度出てくるくらいだから…
二度も登場するのは、この子だけよ…
そういえば、そうだわ。
なにか意味があるのかしら？
The monkeys stand for honesty…
え？
サイモン＆ガーファンクル『AT THE ZOO』の歌詞だよ。
「サルは《誠実さ・素直さ》の象徴」だった。
だから？
この子ザルの名前は「イサク」という。
なんで知ってるのよ？
そして登場しないけど、おそらく親ザルの名はアブラハム…
だから子ザルは「石のテーブル」の上で、ブルーな表情を浮かべていたんだ…
それって…
神へ我が子を生贄に捧げようとした「イサクの燔祭」じゃない！
『イサクを生贄にするアブラハム』
ローラン・ド・ラ・イール
だから「この子」は「動物園」にとって凄く大事…
「この子」が「石台」の上で大暴れしていたら、その後の歴史は大きく変わっていたわよね…
「この子」がいい子だったおかげで子孫は繁栄し、後にあの「石台」の上に「契約の箱」が置かれ、聖都エルサレムは作られたの…
今でも「神殿の丘」の上にある「岩のドーム」の中に、あの「石台」は保存されている…
神はアブラハムの「honesty」を試した…
自分の子を生贄に捧げよと…
そしてイサクもその運命を受け入れ、父に従った…
これが新約では「父なる神が子イエスを十字架で生贄にする」と形を変えた…
その通り。
ちなみに後の登場シーンで子ザルが枝をつかみながら木に登っていたのは、イサクが自分を燃やすための焚き木を背負って丘に登ったことを表しているんだろう。
イサクが焚き木を背負って歩いたから、イエスもそれに倣って十字架を背負って歩いたんだね。
いろいろ意味が隠されてるんだわ…
おもしろい…
ねえ。ちょっといいかしら？
はい？
この店、暑くない？
え？ そう？ あたしは丁度いいけど…
岡江クンは？
僕も… 丁度いいかな…
あら、そう。
じゃあ、あたしが厚着してるせいね…
脱いじゃお。
ふ、文代さん…
セクシー…
うふふ。ありがと。
・・・・・
お・か・え・く・ん。
あ… はい…
そ、それじゃあ次の動物を…
テナガザルのイサク君の次は…
１５分後
それでは次の動物に…
２頭の象ですね。
「２頭の象」って言っても、だいぶ立場が違ってるけどね。
壁の向こう側の象には人が乗ってて、何か働かされている感じに見える。
かたや壁の内側、画面手前の右手袖口から現れる象には誰も乗ってなくて、のんびり自由気ままって感じ…
あ、なるほど。
その２頭が壁の前後で交差するって、何か意味が込められていそうです…
その通り。
この「壁の前後で交差する２頭の象」の画は、この映画にとって非常に重要な意味をもつ。
監督のアン・リーは、この画に膨大な情報量を落とし込んだ。
渾身のショットだと思う。
膨大な情報量？
あなた、何も感じないの？
あたしはもうジンジン来ちゃってるけど…
え？
象以外にも気付くことはないかな？
ぞ、象以外ですか？
そそり立つタワーと、木の幹に塗られたインドの国旗くらいしか…
ねえ、岡江クンさ。
「この映画とインドは全く関係ない」って言ったけど、やっぱり関係あるんじゃない？
動物園の木にインドの国旗も塗られてるくらいだし。
なぜ、あの三色カラーを「インド国旗」だと決めつけるかな？
は？
「オレンジ・白・緑」はインドのカラーでしょ？
オレンジはヒンズー教、緑はイスラム教、そして白は両者の融和とキリスト教など他の宗教を意味するってことくらい、あたしでも知ってるわよ。
この物語において「オレンジ」は「ヒンドゥー教」を意味しない。
え？ じゃあ何なのよ？
『ライフ・オブ・パイ』における「オレンジ」とは…
「ユダヤ教」のこと…
は？
だからパイは「オレンジジュース」を連呼していたんだよ。
「Orange Juice」とは…
「Orange Jews（オレンジ・ユダヤ人）」の駄洒落なんだ…
またダジャレ！？
そ、そういえば、深読み探偵学校の講義「芸術作品における飲み物の意味」で習いました！
コーエン兄弟の『バートン・フィンク』における「オレンジジュース」と全く同じです！
その通り。
この「ジュース」の駄洒落は、日本人が想像する以上に、多くの芸術作品の中で使われている。
ちなみに、この豪快な映画会社社長は、東欧からのユダヤ系移民だ。ハリウッドを築いたのは、彼のような人たちだった。
かたや、コーエン兄弟はバートン・フィンクに「RYE WHISKEY（ライ・ウィスキー）」を飲ませた。
こちらはサリンジャーの『THE CATCHER IN THE RYE（ライ麦畑でつかまえて）』と同じように「LIE（嘘）」の駄洒落だ。
映画『バートン・フィンク』の物語は、サリンジャーの『ライ麦畑』同様に、すべて主人公バートンの「嘘」だから…
まあ…
くそォ… あの講義、毎回最前列で聴いていたのに…
なぜ『ライフ・オブ・パイ』を観た時に気付けなかったんだろう…
学問というのは、覚えただけでは、ただの知識にすぎない…
実生活で応用できて初めて意味があるんだ…
それを常に忘れないように。
はい、教官！
動物園の木に塗られた「オレンジ・白・緑」の三色カラーは…
「ユダヤ教・キリスト教・イスラム教」を意味する、か…
まさに、この３つの宗教の聖地「エルサレム」ね。
アン・リー、やるじゃない。さすがアカデミー監督賞。
あとは「タワー」ですか…
ここにはいったいどんな秘密が…
うん。この「タワー」にはね…
ああっ！
？
どうしたの文代さん？ 今度は何？
あたし…
もう我慢できない…
え？ 何が？
抱かせて！
今すぐ抱かせて！
ハァ！？
ちょ、ちょっと何言ってるの…
ギターよ！
その艶めかしくくびれたセクシーなギターを今すぐあたしに抱かせて！
ギター？
は、はい！ど、どうぞ！
ああ…
この、ひんやりとして硬いボディのライン…
まるで初めての夜に緊張して、こわばる処女の裸体のよう…
たまらない…
・・・・・
弾いても… いい…？
え、ええ… もちろん…
このカワイ子ちゃん…
あたしの腕の中で…
どんな音色で、むせび泣いてくれるのかしら…
ｺﾞｸﾘ…
さあ、奏でるわよ…
堕落と屈辱と喪失と… そして未来の希望の歌…
ボブ・ディランの『ALL ALONG THE WATCHTOWER（見張り塔からずっと）』…
つづく
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