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ゆっくり深読み 中島みゆきの『ヘッドライト・テールライト』その⑮「大林宣彦&横溝正史の 金田一耕助の冒険」


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A MOUSOU


(本作品は著者の身体に憑依した横溝正史の霊が世間で駄作の烙印を押されている大林宣彦の映画『金田一耕助の冒険』を種明かしするという妄想です。ネタバレどころか横溝文学の秘密の核心部分にも踏み込みますので予め御了承ください)




え?


急に呼ばれて君のことを頼むと言われた。

私の作品についていろいろ教えてやってほしいと。


私の作品って… もしや、あ、あなたは…


だから言っておるだろう。

私は横溝正史だ。


よ、よこみぞせいし!?


横溝正史(1902~1981)


左様。映画『金田一耕助の冒険』の原作者だ。



こんなことがありえるのだろうか…

今、俺は… あの横溝正史と喋っている…


君がクリス君じゃな。

頭がピーマンのクリス君。


あ、頭がピーマンって…

ユルユルさんは俺のこと、そんなふうに言ってたんですか!


わっはっは。頭がピーマンで何か不満かね?


ひ、ひ、人の頭の中を空っぽだなんて、馬鹿にするにも程があります!


はて? ピーマンの中は「空っぽ」ではないが…


え?


♬パプリ~カ 花~が咲い~た~ら~ 晴~れた空に種~を蒔こ~♬


米津玄師の『PAPRIKA』?



パプリカの中は空っぽかね?

本当に何も無いかな?



あっ…

パプリカの中には… ひとりの少女がいます…


今はまだ「絵の中の女」には触れなくていい。

私が言ってるのは一般論。パプリカの中には何がある?


パプリカの中?

あっ… 中には種があります…


その通り。

パプリカやピーマンの中にはタネがある。

いや、「タネしかない」のだ。


中には種しかない… まあ確かにそうとも言えますね…


だから米津玄師は、タネしかないパプリカの中に、ひとりの女を描いた。

まだ男を知らぬ、うら若き乙女を。

クリムトのように。


『Danaë(ダナエ)』
Gustav Klimt(ギュスターヴ・クリムト)


ダナエ?


ギリシャ神話に登場する美しき乙女ダナエは、煌めく無数の光の粒のシャワー(神の精子)を浴びて、処女のまま神の子を身籠った。

それを米津玄師は「パプリカの中の女」に置き換えたのだな。

つまり「種をまこう」とは「子種・精子をまこう」という意味になっておる。


米津玄師『パプリカ』とクリムト『ダナエ』


いったい何の話をしているのですか?

『金田一耕助の冒険』と何の関係が?


大林君の映画『金田一耕助の冒険』には「話がピーマン」というセリフが何度も出て来る。

「(この映画は)話がピーマンだ」とね。


ええ、そうでした。当時の流行語だったみたいですね。


これを殆どの人は大林君の自虐ネタだと決めつけた。

熱烈なファンが多い私の作品を滅茶苦茶にして収拾がつかなくなったので、もう開き直って自分で言ってしまったのだと。


違うんですか?


違うに決まっとるじゃろ。

「話がピーマン」とは「話に中身が無い」ではなく「話の中にはタネしかない」という意味。

だから大林君は劇中で何度も「話がピーマン」と言わせた。

つまりあれは自虐ではなく自画自賛なのだよ。

わっはっは!


「話がピーマン」は大林宣彦の自画自賛?


大林宣彦(1938-2020)


ふふふ。大林君も映画『金田一耕助の冒険』に映画監督役として出演しておるよな。

覚えとるかな?


はい… 最初の方と最後の方に2度登場します…

どっちもチラッとしか映りませんが、セットの川端で時代劇を撮影している映画監督と、老人ホームで代表作を馬鹿にされる元映画監督です…


時代劇の撮影中に、ローラースケートを履いた金田一耕助と窃盗団が乱入してきたので、怒った大林君は橋の上でジャンプした。


何だか漫画や無声映画の怒ってる人みたいな、わざとらしいジャンプだったような気がします…


その通り。あれは「わざと」だ。


「わざと」なのはわかってます。本気で怒っているのではなく演技なのですから。

ただ、あまりにも芝居じみたジャンプだったと…


映画『金田一耕助の冒険』の話はピーマン、中にはタネしかない。

だから大林君は、カメラを回していた場所から橋の上のあの位置へ移動し、わざわざジャンプしてみせたのだ。

つまりあれもタネの一つ…



わざわざあの場所へ移動してジャンプした?

何のために?


だから言っておるだろう。あれも映画のタネの一つ。

わざわざあそこまで移動してジャンプしたのは、自分の頭を丸い照明に重ねるためだ。

他に何が考えられるかね?



自分の頭を照明に重ねるため? それがこの映画のタネの1つ?

いったいどういう意味なのでしょう?


「照明に重なる頭」は『金田一耕助の冒険』の重要モチーフ。

大林君は自分の頭だけでなく金田一耕助(古谷一行)と等々力警部(田中邦衛)の頭も照明に重ねた。

二人がディスコでフィーバーするという、ありえない状況を作って。



あのシーンはジョン・トラボルタ『SATURDAY NIGHT FEVER(サタデー・ナイト・フィーバー)』のパロディですよね?

映画『金田一耕助の冒険』が公開された1979年頃、日本でも大ブームになっていました。



この映画にとって、パロディは「隠れみの」、つまりカモフラージュなのだよ。

大林君が本当に伝えたかったのは「照明に重なる頭」のモチーフ。


かくれみの? カモフラージュ?


ユルユル君の言っていた通り、君は本当に何もわかっていないようだ。

映画のプロローグ、なぜ大林君が列車の中で檀ふみにクロスワードパズルをさせていたのかも、わからんのだろうなあ。



檀ふみが解けなかったクロスワードパズルの答えは「インディアン・ライラック」つまり「サルスベリ」でした…

これは金田一耕助シリーズの第一作『百日紅さるすべりの下にて』のパロディでしょう…

映画『金田一耕助の冒険』と同じ殺害方法が使われる作品です…



やっぱり何もわかっとらん。

「インディアン・ライラック」とは、某有名CMのコピー「インディアン嘘つかない」のことだ。


は? ライラックとライ(嘘)の駄洒落?


インディアンといえば、カラフルな羽根飾り…

だから「インディアン嘘つかない」とは「カラフルな羽のある男は嘘つかない」…

つまり「カラフルな羽のある男の言うことは真実である」ということ…



カラフルな羽のある男?

そんな登場人物、映画に出てきましたっけ?


出て来たじゃないか。

金田一耕助が古美術商 明智小十郎の妻 文江の車のトランクに忍び込んでいたシーンで。



あそこは老人ホームの駐車スペースでしたよね?

つまり「カラフルな羽のある男」とは、おかしな格好をしていたボケ老人たちの中の誰かのこと?

そんな老人、いたかなあ?


そうじゃない。

車のトランクの中に隠れていた金田一耕助は、たまたま「ある物」を発見し、それを文江に見せた。

それが「カラフルな羽のある男」だ。



あっ… 確かにあれはカラフルな羽のある男…

ライターになっている金色の天使像…



金色の天使像ライターを見せられた文江は、何も言わずに、ただ笑いながら立ち去ろうとした。

しかし文江は何かを思いつき、金田一耕助のそばへ戻って来て、天使の羽を指でツンツンする。

そして二人は顔を見合わせて笑う。



あの天使像と、あの笑いは何だったんだろう?

何の伏線にもなっていなかったような気がするけど…


ふふふ。そんなことはない。

未解決事件『瞳の中の女』の真犯人に関係する重要アイテムだ。

あの金色の天使像ライターのおかげで、金田一耕助は文江が「瞳の中の女」不二子だと気付いた。



ええっ!?そうなんですか!?


♬Mama~ Do you remember~ the old straw hat~ you gave to me~♬



しかしなぜ事件解決のシーンが『人間の証明』のパロディなんだろう…

別に不二子は自分の息子を殺したわけじゃないのに…



『瞳の中の女』事件の結末シーンは『人間の証明』のパロディではない。

そもそも『人間の証明』の元ネタが『金田一耕助の冒険』なのだ。


はい?


楽園で岡田茉莉子がエマニエル坊やとハウスのカレーを食べている…

なんと素晴らしい結末!大林君は天才だ!


お言葉ですが横溝先生…

あの子はエマニエル坊やではなく、ジョー山中の息子ひかる君です… 



映画『金田一耕助の冒険』のプロローグ、列車の中で檀ふみが解いていたクロスワードパズルの表紙には「CROSSWORD PUZZLE by CHESTERTON」と書かれておったな。



話をはぐらかさないでください!

あの子はエマニエル坊やではなく、ジョー山中の息子 光くんで…


なぜあの本は「チェスタトンのクロスワード」なのか?


は? なぜチェスタトンか?

そんなの簡単ですよ。

あなたをはじめ多くの推理小説家がG・K・チェスタトンの作品からトリックを拝借しているからです。

名探偵シャーロック・ホームズのコナン・ドイルと並ぶ、後世に大きな影響を与えた存在と言えるでしょう…



クリス君、キミはウィキペディアに書いてあるようなことしか言えんのかね?


え?


誰かの言ったことを鵜呑みにするのではなく、自分の頭で考えなさい。


か、考えてますよ自分の頭で…


大林君はクロスワードの答え「インディアン・ライラック」で金田一耕助の初登場作品『百日紅の下にて』を想起させた。

そしてこれは「インディアン嘘つかない」の広告を想起させるためでもあった。


「インディアン嘘つかない」の件は本当なのかわかりませんが…

まあ、この映画の原作者としてクレジットされている横溝さんがそう言うんだから、そういうことにしておきましょう…


しかし、大林君が仕掛けたトリックは、それだけではない。


へ? まだあるんですか?


もっと重要なメッセージが隠されているのだ。

金田一耕助シリーズ唯一の未解決事件とされている『瞳の中の女』の真犯人を暗示するメッセージが。


し、真犯人?

死んだはずが生きていた不二子と、彫刻家灰田の元弟子の犯行じゃなかったんですか?


君は馬鹿なのか? そんな滅茶苦茶な話があるか。


しかし大林宣彦はそういう結末に…

横溝先生もそれを認めたから本人役で出演なさったんでしょう?


あの結末はジョークじゃよ、ジョーク。


ジョーク? ふざけていたということですか?


大林君は決してふざけてはいない。

本気のジョークだ

だから吉田日出子にあの有名な句を言わせた。


「おもしろき こともなき世を おもしろく」



そういえば、なぜあそこで高杉晋作の辞世の句なんだろう?

原作の結末が曖昧で面白くないから面白くしたかったということ?


わっはっは。言うねえ(笑)


あっ… すいません… そういう意味では…


高杉晋作の辞世の句には、野村望東尼がつけた下の句がある。


おもしろき こともなき世を おもしろく

すみなすものは 心なりけり


住みなすものは…?

あっ!わかった! ハウスだ!



それもある。だけど本当の秘密はそれじゃない。


どういうことですか?


「すみなすもの」は「隅 成すもの」とも読める。

つまり「隅を成すものは心である」なんだな。


隅を成すものは心? 何の隅ですか?


金田一耕助シリーズ唯一の未解決事件『瞳の中の女』の真相だよ。


は?


君のペースに合わせていたら埒が明かないのでズバリ言おう。

事件の真犯人は「チェスタトンのクロスワード」の中に隠されている。



な、なんですって?!


だから「チェスタトンのクロスワード」でなければならなかった。

コナン・ドイルのクロスワードでもなく、モーリス・ルブランのクロスワードでもなく、チェスタトンのクロスワード。


チェスタトンのクロスワードでなければならない?

どういうことなのでしょうか?


私が生み出した名探偵金田一耕助の初登場作品は『百日紅の下にて』だった。

では、G・K・チェストンが生み出した名探偵ブラウン神父の初登場作品は?


えーと… 何でしたっけ?


隅成すみなすものは「心」なりけり…


隅を成すものは心?

そうか、わかった!

『The Innocence of Father Brown』…

邦題は『ブラウン神父の童心』です!



その通り。

『ブラウン神父の童心』は名探偵ブラウン神父シリーズ最初の短編集だな。

その中でも最初の話、つまりチェスタトンが初めてブラウン神父を登場させたのは「青い十字架」事件…

原題を『The Blue Cross』という。



 The Blue Cross…

チェスタトンの… クロス… ワード…


その『The Blue Cross』には後世の探偵小説に決定的な影響を与えた有名なフレーズが出て来る。

もちろん知ってるだろう?


はい…


「犯人は創造的な芸術家だが、探偵はそれに対する批評家にすぎない」


そう。

つまり未解決事件『瞳の中の女』の真犯人は「創造的な芸術家」ということなのだ。


真犯人は創造的な芸術家?

文江になりすましていた不二子も合唱団で歌っていましたが、とてもじゃありませんが創造的な芸術家と呼べるほどのものではありませんでした…



そうじゃな。

ちなみにバックで歌っておったマザーグース合唱団は、ママさんコーラスの草分け的存在「舫(もやい)の会」の皆さんだ。

あの「海の歌」から「白い海鳥の歌」への流れは傑作だった(笑)


『瞳の中の女』の登場人物で創造的な芸術家といえば、名作「不二子像」を作った灰田くらい…

しかし彼は、犯人ではなく被害者です…



わっはっは!

君の目はフシアナじゃ。そうじゃ、そうじゃ(笑)


え?


天才芸術家「灰田」のことも、名作「不二子像」のことも、なーんにもわかっとらん。

どうせ君も『金田一耕助の冒険』を理解しない大衆のように、あの不二子像のモデルが山口百恵だと思っとるんだろ?



え? 違うんですか?

どう見ても山口百恵そっくりでしょう?



では聞くが、大林君は映画の中で誰かに「山口百恵そっくり」と言わせたかね?


いいえ… 山口百恵の名前は出しませんでしたけど…


それじゃあなぜ「山口百恵がモデル」と決めつける?

他人の空似かもしれんのに。


え?



つづく





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