シン・日曜美術館「トム・ウェイツのTom Traubert's Blues」(深読み プリンス⑦)
前回はコチラ
1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
つまり1番の歌詞を要約すると、こうなるってことか?
「俺は精魂尽きた。俺がこうなったのは満月(ニサンの月の過越の日)のせいではない。俺は人間の原罪に対する代償、贖いの子羊なのだ。ニ三日後には戻って来る、2人組の天使と共に、罪深い女の背後から」
その通り。完璧だ。
そしてあのサビが歌われる。
オーストラリアの国民的愛唱歌『Waltzing Matilda(ワルチング・マチルダ)』のサビの部分が…
トム・ウェイツは『SMALL CHANGE』制作の直前にあたる1976年6月にデンマーク・ツアーを行い、コペンハーゲンを中心に地元ミュージシャンとライブをしていた。
その時にヴァイオリニストとして参加していたのが、Mathilde Bondo(マチルデ・ボンド)という女性ミュージシャン。
トム・ウェイツは、彼女の名前「Mathilde」から「Waltzing Matilda」を連想し、『Tom Traubert's Blues』を作ったと語っている。
つまり、この名曲を生んだミューズだと…
その通り。彼女はトム・ウェイツがコペンハーゲン周辺の観光をした時にガイドを務めたらしい。
もしかしたら彼女がトム・ウェイツをカール・ブロッホの絵があるコペンハーゲン国立美術館やフレデリクスボー城の国立歴史美術館に案内したのかもしれないな。
それにしても、なぜトム・ウェイツは『ワルチング・マチルダ』をサビに使おうと考えたんだ?
カール・ブロッホの『磔刑図』とは何も関係ないじゃんか。
『The Crucifixion』
Carl Heinrich Bloch
やれやれ。君は何もわかっちゃいない。
ここまで鈍感だとすると、なぜ『ワルチング・マチルダ』という歌がオーストラリア国民にあそこまで愛されているのかも、わかってないんだろうな。
この歌がオーストラリア国民に愛される理由?
そもそも一文無しの浮浪者が羊を盗み、地主の怒りを買い、警察に捕まって詰問されても死を恐れないと豪語し、最後は入水自殺して幽霊になるというストーリーの歌が愛国歌って、いったいオーストラリア人の感性はどうなってるんだ?
しかも「ワルツを踊ろう」と言いながら、リズムが全然ワルツじゃないし。
こんな滅茶苦茶な歌を愛唱歌にする意味が全く分からない。
滅茶苦茶な歌ではない。
『ワルチング・マチルダ』は「愛」をテーマにした歌だ。
だからオーストラリア国民にあそこまで愛されているんだよ。
は? どこが「愛」なんだよ?
まず1つ、『ワルチング・マチルダ』の歌詞は、詩人「The Banjo(ザ・バンジョー)」ことアンドルー・バートン・パターソンが、愛する女性クリスティーナ(Christina)に捧げたものだ。
そしてメロディはクリスティーナがよく口ずさんでいたもの。
つまりサビで連呼される「マチルダ」は彼女のことでもあるんだ。
愛する女性クリスティーナが口ずさんでいたメロディに歌詞をつけた歌?
それなら「ワルチング・クリスティーナ」でいいじゃんか。
もしくは愛称で「ワルチング・クリス」にするとか。
それは出来なかったんだな。
なぜならクリスティーナは、バンジョー・パターソンの婚約者の友人だったから。
は? 何だそれ?
婚約者がいながら他の相手と愛を育んだのか?
しかも婚約者の友だちと?
どうもそうらしい。
しかし結局クリスティーナとの密通がフィアンセにバレて、婚約は破棄されたとのことだ。
当たり前だろ。ますますこの歌をもてはやす意味がわからない。
やれやれ。まだ気が付かないのか。
南オーストラリアの乾いた大地をさすらい歩き、警察に逮捕されても反省するどころか自ら死を選び、死後も「You'll come a-waltzing Matilda, with me」という声を人々に聞かせ続けたという「一文無しの羊泥棒」の本当の意味に…
本当の意味?
そもそも君は「Waltzing Matilda」という言葉がわかっていないようだ。
「マチルダとワルツを踊る」だと思っているだろう?
違うのか?
一人旅があまりにも孤独で淋しいから、カワイ子ちゃんとワルツする妄想をしてるんじゃないの?
違う。この歌の「ワルツ」はドイツ語の「auf der walz」に由来する。
英語にすると「on the roll」とか「on the road」という意味だ。
かつてヨーロッパの職人世界には「ギルド」と呼ばれる厳しい徒弟制度があった。
若い職人はマスターと呼ばれる主のもとで修業し、その契約期間が終わると、新たな主を探すために旅に出なければならなかった。
この「旧い主」から「新しい主」へ移行する期間の旅を「walz(ワルツ)」と呼んだんだ。
「ワルツ」とは、旧い主から新しい主への移行…
ちなみに「walz」はスラングのようなもので、正式名称は「Wanderjahre」という。
ワンダー何?
すまん。僕の発音があやふやだったかな。
「wander」は英語と同じで「ワンダー」つまり「歩き回る」だが、英語の「year」に相当するドイツ語の「jahre」は、僕たち英国人や日本人には発音するのがちょっと難しい。
「ヤー」の後に、くぐもった「ヴェ」だ。
ワンダーヤーヴェ? 何だか「歩き回る神」みたいに聞こえないか?
ははは。やっと気付いたようだな。あの奇妙な歌をオーストラリア国民がこよなく愛する理由に。
まさか、そういうことなの?
ついでに「Matilda」の意味も説明しておこう。
オーストラリアでは、旅をしながら主人を探して働く季節労働者や放浪者をswagman(スワッグマン)と呼んだ。
そのスワッグマンの唯一の財産ともいえるのが「マチルダ」だ。
歌の中でスワッグマンが「マチルダ」の中に「羊を入れた」ことでもわかるように、「マチルダ」はシーツくらいの大きさがある一枚布で、風呂敷のように使われていた。
しかも体に巻けばマントやポンチョのような外套にもなったり、夜は寝具としても使うことが出来た。
外套のようにも使い、夜は寝具にも使った?
それって…
古代ギリシャ人が着ていた服で、ヘレニズム文化の1つとして各地に広まった「Hiamtion(ヒマティオン)」みたいだよな。
亜麻などで織られた1.5mx4mくらいの大きな一枚布で、夜は寝具として使い、持ち主が亡くなった際には遺体の包装布としても使われた…
イエスの遺体を包むためにニコデモが持って来た大きな亜麻布だ…
その通り。
イエスが着ていた「ヒマティオン」は、ローマ兵によって切り裂かれ、くじ引きによって数人に分配されてしまった。
だからニコデモが代わりのものを持って来たというわけだ。
それじゃあ『ワルチング・マチルダ』とは…
イエス・キリストの物語を別の形に言い換えた歌だな。
主人公である一文無しの放浪者とはイエスが投影された人物。
彼は羊と一体化し、地主の怒りを買い、警官に捕まって詰問されても死を恐れないと豪語し、自ら命を絶った。
そして死後も人々の間で彼の声を聞いたという噂が流れた。
ラストはまさに「復活」後のこと。
『And His Ghost May Be Heard (Waltzing Matilda)』
PRO HART
あの水を抜いたら、そのままゴルゴダの丘だ…
『Crucifixion』Andrea Mantegna
その通り。
主の名を出さずに、主の物語を語り、主を称える…
だからオーストラリア人は、あんなろくでもない歌詞の『ワルチング・マチルダ』を、あそこまで愛しているのか…
やっとその理由がわかった…
これらを踏まえてトム・ウェイツは『トム・トラバーツ・ブルース』のサビに『ワルチング・マチルダ』を使ったというわけだ。
コペンハーゲンで出会ったヴァイオリニストの名前が「マチルダ」だったからというのは「うわべ」の理由に過ぎない。
本当の狙いは『ワルチング・マチルダ』の内容にあった。
なるほど。やっぱりカール・ブロッホの絵と関係があったんだな。
それじゃあ次は2番の歌詞を見てみよう。
何が歌われているのか、わかるかな?
I'm an innocent victim of a blinded alley
And I'm tired of all these soldiers here
No one speaks English, and everything's broken,
and my Stacys are soaking wet
俺は穢れなき犠牲者、袋小路の
これはそのまんまだな。
ここの兵士たちにはうんざりだ
これはゴルゴダの丘でイエスの十字架刑を警備していたローマ兵たちのことだ。
これで「No one speaks English」の意味もわかっただろう?
誰も英語をしゃべらない
そりゃそうだ。あそこにいた人たちが「英語」を話すはずがない。
あそこで通じた言語は「ヘブライ語・ギリシャ語・ラテン語」の3つ。
イエスの罪状も、その三言語で書かれていた。
そういうこと。
そして「everything's broken」だ。
すべて滅茶苦茶?
イエスが「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」と言った時、兵士たちが「エリ(父)」を「預言者エリヤ」と勘違いしたことか?
「everything's broken」は「万事順調」という意味だ。
「すべて壊れている」なのに万事順調? なぜ?
「break」には「事が進む」という意味もある。
だから「everything's broken」は「すべてが順調に進んでいる」なんだ。
悪い流れの場合は「break badly」や「breaking bad」と言う。
なるほど。
あの場面で起きた様々な出来事は、すべて「旧約の預言の成就」つまり「神の計画」通りのことだった…
だからトム・ウェイツは「万事順調」と歌ったのか。
そして2番最後のフレーズが「my Stacys are soaking wet」だ。
俺のステイシーはびしょびしょに濡れている
ステイシーは靴のブランドだから、「俺」の足元がひどく濡れているということ…
これはイエスの足から流れる「血」のことだ…
それだけではないぞ、岡江君。
「Stacys」の正式名は「Stacy Adams」だ。
アダム? あっ!
イエスの足から流れる血が十字架を伝って行く先には、アダムの頭蓋骨が…
その通り。
「しゃれこうべ」という意味であるゴルゴダの丘には、かつてアダムが埋葬された場所だったという言い伝えがある。
人類に原罪をもたらした最初の人間アダムの頭蓋骨の上に、贖いの子羊であるイエスの血が流され、それによって旧約での罪は許されたというのが「新約」の肝だ。
カール・ブロッホの絵では十字架の根元がマリアの体で隠れているが、アンドレア・マンテーニャなどの磔刑図では、血が流れる先にアダムの頭蓋骨が描かれる。
だからトム・ウェイツは数ある靴ブランドの中から「Stacy Adams」を選んだのか…
完璧なチョイスだな…
では次に3番を見ていこう。
3番と最後の7番だけは他に比べて1.5倍の長さになっている。
重要なことがたくさん歌われているからだ。
ようし。もうコツがわかって来たから僕がズバッと読み解いてやる。
つづく
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?