第162話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉛「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」Ⅷ~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
それでは次に、2番の歌詞の中のミステリーを解き明かすとしようか。
ニューヨークのクリストファー通りを歩いていたマグリット夫妻が…
メンズ・ストアで立ち止まり、そこに飾られていたマネキンを見て涙を流す…
そのマネキンの外見は、4つのコーラスグループのようだった…
そして突如、笑い声が空にこだまして…
最後はなぜかフランス語で締め括られる…
ああ…
素晴らしいの一言だね。
僕には、その情景が、ありありと目に浮かぶ。
え? この意味不明の歌詞の情景がですか?
そうだよ。
一見不可解にも思える2番の歌詞は、マグリットの「絵」をもとにして書かれている…
2番の歌詞の謎は、その「絵」を読み解くことで、全て説明がつくんだ…
その絵を読み解けば、歌詞のすべてが説明つく?
いったい、その絵とは?
誰もが知っているルネ・マグリットの代表作だよ…
まるで空から降る雨粒のように…
男たちが宙に描かれた絵…
『Golconda』…
『Golconde』
Rene Magritte
この絵はさすがに知ってるわ。
超有名だもんね。いろんなパロディ作品が作られるくらいに。
では、この場所が「クリストファー通り」なのですか?
そうだよ。
この絵はルネ・マグリットが「クリストファー・ストリート」を描いたものだ。
知らなかった…
まさかこの有名な絵が「クリストファー通り」を描いたものだったとは…
てっきりインドにある古都の名前を適当につけたとばっかり…
この絵の解説では、マグリットの談として、いつもそういうふうに紹介されますから…
「ゴルコンダとはインドの古都であり、その富で知られていた。いわば幻の都のようなものである。わたしにとって空を歩くことは、まるで奇跡のようなものだ。」(ルネ・マグリット)
ダメだよ。作者の言うことを真に受けちゃ。
マグリットのような遊び心があって天才肌の人たちは、本当のことなんて滅多に言わないから。
ポール・サイモンやボブ・ディランやカズオ・イシグロや村上春樹と一緒。
だけどなんでインドでカモフラージュを?
そのままタイトルも『クリストファー通り』にすればよかったのに。
それじゃあ面白くない。ストレート過ぎる。
なんで?
この絵を見て「あ!これってニューヨークのクリストファー通りじゃん!」って気付く人いないでしょ?
僕がいつ「ニューヨーク」と言った?
ポール・サイモンだって、この歌の中で一度も「ニューヨーク」と言っていないんだけど…
え? でも…
残念だけど…
ニューヨークに、こんな場所はないわ…
そうなんですか?
「CHRISTOPHER ST.」に、こんな風景の場所はない…
あたし、近くに住んでたことがあるから、これは確かなこと…
へえ。文代さんはニューヨークに住んでたことがあるんですか。
トレンディドラマに出てくるイケてるヒロインみたいでカッコいいなあ。
あたしの妹も昔NYに住んでたわ…
バブル時代はいっぱいいたのよ、ニューヨークのマンハッタンで暮らす日本人が。
・・・・・
だけどニューヨークではないとすると、別の街にある「クリストファー・ストリート」の風景なのでしょうか?
もしかしてインドのその町にもあるとか…
やれやれ。もう1番のことを忘れたのかい?
1番?
1番に登場する「スイートルーム」のある場所は、どこだった?
着ていた服を脱ぎ捨て、月に照らされながらダンスをした部屋は、いったいどこにあったかな?
それは…
ゴルゴダの… 丘です…
では、2番の元ネタである絵のタイトルは?
ゴルコンダ…
あれ?
ゴルゴダとゴルコンダ?
なんだか、よく似てるわ…
そりゃそうだろう。
似ているから、マグリットはこの名前をつけたんだ。
マジで?
この絵は「クリストファー・ストリート」の「ある地点」から見た風景を描いたもの…
そして、正面の赤い屋根の建物こそが「ゴルコンダ」…
つまり「ゴルゴダの丘」に他ならない…
ええっ? あの建物がゴルゴダの丘!?
だって、いくつも十字架が立ってるでしょ?
あの窓の形状は、どう考えても十字架だよね…
あ… 確かに…
ちなみに、インド南部の丘陵地帯にある古都ゴルコンダは、小高い山の上に作られた城塞都市だった…
なんだか… 既視感が…
どう見ても、これにしか見えないよね?
イエスが生きていた頃のエルサレムの風景に…
そっくり…
しかも「ゴルコンダ」とは「羊飼いの丘」という意味…
そしてエルサレムは、羊飼いから王になったダビデが、丘の上に作った都…
なんと…
名前だけでなくバックボーンまでそっくりだから面白いよね。
ルネ・マグリットが絵の題名につけたくなったのもわかる。
ちなみにゴルコンダは、かつてダイヤモンドの生産地として世界に名を馳せたことで知られる。
まだ南アフリカや南米でダイヤモンドが採掘される前、世界の王侯貴族が所有していたダイヤモンドのほとんどは、このゴルコンダ産だったんだよ。
そうなんだ… 知らなかった…
ゴルコンダのダイヤモンドのことは、また後で触れるから覚えておいて欲しい。
この歌の「もうひとつの読み方」に関係しているから…
もうひとつの読み方に?
何だかわからないけど、わかったわ…
しかし教官…
あの絵に描かれた建物が「ゴルゴダの丘」であることは理解できたのですが、それがなぜ「クリストファー通り」にあるのですか?
そもそも「CHRISTOPHER STREET」という言葉の意味を考えれば、すぐにわかることなんだけど…
CHRISTOPHER STREET の意味?
「CHRISTOPHER」という名前は「キリストを担う・背負って運ぶ」という意味だったよね…
そして「クリストファー・ノーラン」は「キリストを運ぶ・走るのは禁止」という意味じゃったな。
そうなんですか!?
冗談に決まっとるじゃろ。ふぉーっふぉっふぉ。
つまり2番でマグリット夫妻が歩いていたのは…
「ゴルゴダの丘」が見える「キリストを担って運ぶ道」ということなの?
そう。
いわゆる「VIA DOLOROSA(ヴィア・ドロローサ」…
イエスが十字架を背負って歩いたとされる「苦難の道」のことだ…
でも、イエス・キリストが歩いているのに「キリストを担って運ぶ」は変じゃない?
自分で自分は背負えないでしょ?
キリストを背負っていたのは「Simon」だ。
サイモン? ポール・サイモンが?
Paul Simon
その「Simon」じゃない。
北アフリカの植民都市キレネから遥々エルサレムへ巡礼に来ていて、なぜかイエスの十字架を背負うことになった Simon of Cyrene…
通称、キレネのシモンだ。
『イエスを助けて十字架を運ぶキレネ人シモン』
マーティン・フォン・フォイエルシュタイン
あ、福音書にチラッと名前が出てくる人ですね。
その通り。
一度しか名前が出てこないけど、とても重要な役割を担わされるんだよね…
マタイ、マルコ、ルカの共観福音書では、イエスの裁判が終わってゴルゴダの刑場へ向かうために歩いていたら…
たまたまそこにいた旅人シモンが役人の目に留まり、なぜかイエスの代わりに十字架を背負うことになる…
『ルカによる福音書』
23:26 彼らがイエスをひいてゆく途中、シモンというクレネ人が郊外から出てきたのを捕えて十字架を負わせ、それをになってイエスのあとから行かせた。
そして、その後に有名なセリフが出るんですよね。
ボブ・マーリーの『NO WOMAN, NO CRY』の元ネタにもなったイエスの言葉が…
23:27 大ぜいの民衆と、悲しみ嘆いてやまない女たちの群れとが、イエスに従って行った。
23:28 イエスは女たちの方に振りむいて言われた、「エルサレムの娘たちよ、わたしのために泣くな。むしろ、あなたがた自身のため、また自分の子供たちのために泣くがよい。
23:29 『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が、いまに来る。
だけどこの部分、いまいち腑に落ちないのよね…
『不妊の女と子を産まなかった胎と、ふくませなかった乳房とは、さいわいだ』と言う日が今に来るって、どういう意味なの?
『インターステラー』の老マーフが言ってたみたいに、自分の子が死ぬところを見るのが最大の不幸だから、ってこと?
イエスはエルサレム神殿が崩壊すると預言した。
「エルサレム」とは旧約で約束された「蜜と乳の流れる地」の象徴だ。
そしてイエスは「新約の時代」が来ると宣言した。
新約の重要なポイントは場所が限定されないこと。「イエスはキリストである」と信じる者が集う場所「教会」こそが「新しいエルサレム」だとしたことにある。
つまり「もはや蜜と乳の流れる地は必要ない」ってことだね。
なるほど。そういうことか。
そういえば…
道の途中でイエスにつき従って来た女たちが「泣く」とか、「旅行者」とか、キレネ人シモンの登場シーンは、なんだか2番の歌詞みたいですね…
That brought tears to their
Immigrant eyes
当然だろう。その場面が基になっているんだから。
『Rene And Georgette Magritte With Their Dog After The War』の2番は「CHRISTOPHER STREET」、つまり「キレネ人シモンがイエスの十字架を背負って歩いた道」が舞台になっている。
だからこの絵の視点は…
「手前右手の建物の前」から、前方の少し離れたところにある「十字架が立ち並ぶゴルゴダの丘」を眺める構図になっているんだ。
手前の建物も意味があるの?
画面から思いっきり切れてるけど…
なぜルネ・マグリットは、あんな中途半端な建物を描いたのでしょう?
全部、赤い屋根の建物と男たちでもいいのに…
あれって要ります?
天才は意味のないことはしない。
あの「手前右手の建物」があるから、絵の中の物語が奥行きのあるものになっているんだよ。
あの建物の前で、シモンはイエスの十字架を背負ったんだ。
つまりこの絵は「シモンの目線」で描かれているということ…
シモンが十字架を背負った場所から見えた風景…
ということですか?
その通り。
現在そこには「キレネ人シモンのチャペル」が建てられている。
ポール・サイモンは、これを「メンズ・ストア」と表現したというわけだ。
きっとキャリー・フィッシャーと新婚旅行でエルサレムを訪れた際に、ここを見学したんだろう…
「シモンのチャペル」が、メンズ・ストア…
本当にそこからゴルゴダの丘が見えるの?
今は建物がたくさんあるから見えない。
というか、ゴルゴダの丘は地中に埋まってしまっているからね。
だけど、地図で確認すると…
確かに「シモンのチャペル」の角を曲がると、ちょうど正面にゴルゴダの丘が見える位置関係になっている。
それが、あの絵の構図…
そして、2番の最後だけがフランス語になっているのも、ここから説明がつく…
ルネ・マグリットとポール・サイモンが「クリストファー・ストリート」に喩えた「ヴィア・ドロローサ」は、フランシスコ会が開発・整備し、管理・運営していたもの…
もちろん「シモンのチャペル」もフランシスコ会が作った…
フランシスコ会とは、アッシジのフランチェスコが創設した歴史ある修道会よね?
その通り。
ちなみにフランチェスコは本名をジョヴァンニ・ディ・ピエトロ・ディ・ベルナルドーネという…
「フランチェスコ」というのは「フランス人」とか「フランス語を喋る奴」という意味…
これは彼の母親がフランス人で、幼い頃からフランス語の歌を子守歌にして育ち、大人になってからもフランス語の歌をよく歌っていたことからつけられたニックネームだった…
だからポール・サイモンは、2番の最後をフランス語で歌ったのね…
そういえば、キャリー・フィッシャーは親子三代にわたって洗礼名がフランシスでした…
祖父が熱烈な聖フランチェスコの信奉者だったから…
Carrie Frances Fisher (1956-2016)
だったね。
さて、2番の歌詞で残る謎は2つ…
なぜメンズ・ストアのマネキンが4つのコーラスグループのようだったのか…
そしてなぜ、宙に笑い声がこだましていたのか…
それもやっぱりマグリットの絵に関係してるのよね…
もちろん。
天才詩人ポール・サイモンは、マグリットが仕掛けたトリックを、ちゃんと見抜いていたんだ…
つづく
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