深読み 米津玄師の『さよーならまたいつか！（『虎に翼』主題歌）』第10話
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2024年2月某日
（主題歌の依頼から三日目）
都内某所の自宅
（ガチャッ） ただいま…
ワン！
なんだハチワレ… 起きてたのか…
ワン！ワン！
まさか、俺の帰りをずっと玄関で待ってたの？
ワン！ワン！ワン！
そうだったのかい…
ごめんよ、遅くなっちゃって…
ワンワン！ワンワン！
おやおや。お得意の逆立ちだね。
ちゃんと買ってきましたよ。
COLD STONE（コールドストーン）のアイスクリーム。
ハッハッハッハッ…
まあまあ、そんなに興奮しないで。
消えて無くなりゃしないから大丈夫だよ。
さあ一緒に食べよう…
ワン！
ああ、美味しかった…
夜中に食べるアイスって、なんでこんなに美味しいんだろうな…
ワン？
え？ 歌のアイデアは見つかったかって？
ワン！
それがね、それどころじゃなかったんだよ…
ワン！ワン！
うーん、説明しろって言われてもなあ…
何から話せばいいのか、わからなくなる… かな…
ワン？
あはは。確かに今のセリフは『海の幽霊』だった（笑）
♬ワーン、ワワワワーン、ワワワワーン、ワワワワーン♬
え？
♬ワーン、ワワワワーン、ワワワワーン、ワワワワーン♬
もしかして、それは…
映画『BACK TO THE FUTURE』のダンスパーティーの曲『EARTH ANGEL』？
ワン！
『海の幽霊』つながりで「ENCHANTMENT UNDER THE SEA」ってこと？
ワン！ワン！
それがいったいどうしたっていうんだい？
確かに天使に翼は付き物だけど、今回は「虎に翼」の主題歌だからね。
クゥ～ン…
今夜はね、新宿末広亭に行ったんだよ。
深代ママのお店がまだ開いてなかったから、開くまで時間をつぶしに。
末広亭って覚えてる？
ワン？
そうそう。『死神』のミュージックビデオを撮影したところだ。
あの日、まだ幼かった君を部屋にひとりにするのが心配だったから、撮影現場に連れてったんだよな。
スタッフさんたちが交代で君の世話やら遊び相手をしてくれたっけ…
ワン？
うん。おもしろかったよ。
しかもね、末広亭の客席で、深代ママとバッタリ遭遇したんだ。
ワン？
本当さ、嘘じゃないって。
お店の常連さんが出演するから開店時間を遅らせて観に来ていたんだよ。
あんな偶然って、あるんだね…
ワン？
その常連さんは誰かって？
「ねづっち」さんっていうんだけど、君は知らないだろうなあ…
ワワッワワン？
そう。その決めポーズ「ねづっちです」の人。
よく知ってるね、ハチワレ…
♬ワンワワワワワワ、ワン、ワン♬
俺が仕事へ行ってる時に『笑点』で見た？
君は留守番中にテレビを見てるのかい？ ひとりでスイッチをつけて？
ワン！
驚いたな… 君は本当に利口な犬だ…
ワン？
ねづっちさんの謎かけ？
すっごくおもしろかったよ。初めて聞いたけど、あれはマジでヤバいね。
しかも、俺が指名されたんだ。
ワンワン？
そうそう。お客さんからお題を出してもらうリクエストコーナーで。
まさか俺が指名されるなんて思ってもいなかったよ。
嬉しかったもんだから、ついつい２つもお願いしちゃった…
ワン？
最初はね、「イノシシ」をリクエストしたんだ。
今回俺が主題歌を依頼されたNHK朝の連続テレビ小説『虎に翼』のヒロインの苗字が「猪爪」だから。
ワン？
そう。「猪」って変だろ？
ヒロインは寅年生まれで「寅子」という名前なのに、苗字に「猪」がつくんだ。
そのことが妙に気になっていたから、咄嗟に「イノシシ」って言っちゃったんだよね。
ワン？
あれは本当に名人芸だよ。
まったく予測できないお題なのに、一瞬にして謎かけが出来上がるんだもんな。
この意味わかる？
イノシシと掛けまして
銀河鉄道999の星野鉄郎と解く
その心は…
どちらも最後は部品になるでしょう
ワン！ワワン！
そう。星野鉄郎は「ネジ」で、猪は「ボタン」だ。
うまいよね。
ワン？ワン？
２つめは「法律」をリクエストした。
『虎に翼』のヒロイン猪爪寅子は、日本で最初の女性法律家。
つまりドラマのテーマは女性と法なんだ。
ワン？
「イノシシ」の時と同様、ねづっちさんは一瞬にして謎かけを作った。
正直あれを聴いた時は、鳥肌が立ったね。
法律と掛けまして
六甲おろしと解く
その心は…
どちらも「トラ」が歌われるでしょう
クゥ～ン…
さすがにこれはわからないだろう。
実際、末広亭のお客さんたちは誰も…
ワン？ワワン？
そう… その通りだよ…
六甲おろしは阪神タイガース、法律はヘブライ語でTORAH（トラー）…
ハチワレ、君は天才だな…
ワン！
それから深代ママと俺はスナックふかよみへ戻った。
すると、すぐに秀次郎さんが店に入って来た。
ワン？
秀次郎さんは深読み渡世人、いわゆるヤクザもんさ。
深代ママとは古くからの友達らしい。
ワン？
どんな感じの人かって？
着流しがよく似合ってて、俳優の高倉健そっくり。
本人かと思ったくらいだ。
ワン？ワンワン？
そうそう。昭和残侠伝 唐獅子牡丹の高倉健そっくりだった。
よく知ってるね、こんな古い映画を。
ワン？
う～む。あの雰囲気は、本当に入ってそうだったな…
だけどさすがに初対面で「背中のものは？」なんて言えるわけがない。
まあ、お願いしてみたら案外「どうぞ」って見せてくれたんだろうけど。
ワン？
見た目は強面（こわもて）なんだけど、とても気さくで面白い人なんだよ。
秀次郎さんは刑務所から出て来たばかりで、岡江さんのことを深代ママに尋ねたんだ。
お勤めしてる間に岡江さんの消息はわかったのか、ってね。
岡江さんの話、覚えてる？
ワン！ワンワン！
そうそう。深代ママの幼馴染で、深代ママがずっと片思いしている人だ。
深読み探偵として活動していたんだけど、５年前に姿を消したまま行方知れずになっていた。
その岡江さんの消息がようやくわかったと、深代ママは秀次郎さんに告げたんだ…
ワン…？
インド・ベンガル地方の奥地で、岡江さんが乗っていた飛行機の残骸が見つかったそうだ…
遺体はおそらくトラに食べられただろうって…
クゥ～ン…
あの店で岡江さんの活躍ぶりをいろいろ聴いて、いつか会ってみたいと思っていたのに、俺も残念だよ…
一度でいいから、会って話をしてみたかった…
ワン？
それでね、あの店に忘れたままになっていた岡江さんの帽子を、秀次郎さんが形見として貰いたいと言ったんだ。
とても素敵なパナマ帽さ。
ワンワンワンワンワンワンワンワンワンワン？
やっぱりハチワレもそう思った？
俺も夏目漱石の短篇集『夢十夜』のラストシーンを思い浮かべた。
だから秀次郎さんに「和服にパナマ帽は映画『ユメ十夜』の松ケンさんみたいです」って言ったんだ。
ワンワン？
それから秀次郎さんは「唐獅子牡丹」について教えてくれた。
唐獅子牡丹の由来が能の『石橋』であること…
本来は「唐獅子・牡丹・蝶」がセットであること…
花札「猪鹿蝶」の「牡丹に蝶」は、他の２枚「萩に猪・紅葉に鹿」が「花と動物」であることを考えれば本来「牡丹に獅子」となるはずなんだけど、日本の花鳥風月にライオンは違和感ありまくりなので「牡丹に蝶」になったこと…
ワワワワン？
『石橋』は「いしばし」じゃなくて「しゃっきょう」と読む。
知恵を司る文殊菩薩の楽園に通じる橋なんだけど、人間は渡ることが出来ない「光の橋」なんだ。
うっかり渡ろうとすると、谷底へ落っこちてしまう。
橋を渡れるのは、神の使いである獅子だけ。
ワンワワン・ワワンワワ～ワン？
バットマン・キリングジョーク？
そういえば似てるな…
あれも人間には渡れない「光の橋」だった…
ワンッ！ワンッ！ワンッ！
まあまあハチワレ、落ち着けよ。
いったい何を興奮してるんだい？
ワンッ！
まだまだ続きがあるんだよ。
秀次郎さんが『石橋』の話を終えた頃、お店に女性が入って来たんだ。
ワン？
その女性の名は、さくらさん。
近所で「キリコ」という小料理屋さんを営んでいる人だよ。
さくらさんは秀次郎さんを探しに来たんだ。
ワン？
つづく
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