第115話「ポール・サイモンの ONE TRICK PONY ④ That's why God made the movies 後篇」
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2019年9月19日
スナックふかよみ
そんな撮影中の出来事が1979年から1980年にかけて起こり、5月に『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』が公開され、6月に『ブルース・ブラザーズ』が公開される…
どちらも大ヒットを記録し、キャリー・フィッシャーはますます注目を浴びるようになった…
そんな中ポール・サイモンは、さまざまな想いを胸に『ONE TRICK PONY』の脚本を書き、サントラ・アルバムを制作…
映画は10月に公開された…
つまり、そういう一連の出来事を踏まえて、ポール・サイモンの歌と映画は作られたってこと?
心配でしょうがないキャリー・フィッシャーのことを思いながら?
その通り。
だからポール・サイモンは、映画『ONE TRICK PONY』の中で『That's why God made the movies』が使われるシーンに、ある細工を施した…
おそらくキャリー・フィッシャーに向けた、ポール・サイモンの秘密のメッセージだ…
わかるかな?
Paul Simon『That's why God made the movies』
メッセージも何も…
映画の中で息子と一緒に『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』を観に行ってるじゃないですか!
しかも劇場のショーウィンドウに飾られていたハリソン・フォードのポスターをジッと見つめてるし。
他の部分は反射してよく見えないのに、ハリソン・フォードの顔だけはハッキリと映されてた。
明らかに狙ったショットよ…
このシーンは、ポール・サイモン演じる主人公ジョナが、別れた妻から息子を一日預かり、一緒に映画を観に行くというもの…
おそらく実生活であった出来事を、そのまま再現していると思われる。
ポール・サイモンは、1980年の5月、『スター・ウォーズ』が大好きな息子を連れて『帝国の逆襲』を観に行ったはずだ…
なぜわかるの?
そのことを匂わせる歌を、1986年発売のアルバム『GRACELAND』(グレイスランド)の中で歌っているんだ…
このアルバムって、エルビス・プレスリーと南アフリカのことを歌っているんじゃなかったっけ?
そういえば、先程の『That's why God made the movies』の映像の中で…
ポール・サイモンが「ELVIS PRESLEY」と書かれたTシャツを着ていました…
息子と鏡に向かうシーンで…
表題曲にもなっている『グレイスランド』って、ポール・サイモンが9歳になった息子と旅をしながら、テネシー州メンフィスにあるエルビス・プレスリーの家「グレイスランド」へ向かうって内容の歌じゃなかった?
もしかして、これが伏線だったの?
違うんだよね。
え?
実を言うと、『グレイスランド』という歌は「エルビス・プレスリー」とは、何も関係ない。
ポール・サイモンと息子が向かった「グレイスランド」というのは、エルビスの家のことじゃないんだよ…
ポール・サイモンは「嘘」をついてるんだ。
エルビスとは何の関係もない歌? ポール・サイモンの嘘?
じゃあ何の歌なの?
キャリー・フィッシャーへの歌だ。
アルバム『グレイスランド』の中のほとんどの曲は、キャリー・フィッシャーに向けられたものなんだよ。
は?
詳しくは『グレイスランド』の解説の時に話す。
まさか、このまま『グレイスランド』まで深読みしていくのですか?
『ONE TRICK PONY』は1980年のアルバムで、『グレイスランド』は1986年のアルバムです…
その間にも、もう一枚アルバムが…
もちろん全部やるよ。
1980年代にポール・サイモンが「阪神タイガースの帽子」を被っていた理由を完璧に理解するためには、『グレイスランド』まで解説しなければならない…
そして、そこまでやって初めて『ライフ・オブ・パイ』の主人公パイのモデルがポール・サイモンである理由がわかるんだ…
壮大すぎる…
ここまで来たら、もう教官にお任せします…
うふふ。朝までコース確定ね。
もしかしたら昼になっちゃうかも(笑)
ねえねえ。
「鏡に向かう男と少年」といえば、トリュフォーの『野性の少年』じゃん。
やっぱりポール・サイモンが『That's why God made the movies』の中で歌っている映画って『野性の少年』のことなんじゃない?
歌詞の中に『野性の少年』という名が出てきたり、トリュフォーが撮ったように子供と一緒に鏡に映るシーンが出てくるのは「おとり」だ。
つまり、意識をそちらに誘導するためのダミー…
マジで?
もう一度、あのシーンをよく見てごらん。
何か気付かない?
ポール・サイモンは「ある映画」のことを伝えようとしているんだ…
ある映画?
エルビス・プレスリーのTシャツを着て…
可愛い子供と二人で並んで、シェービングクリームを顔に塗って…
そんなのあったっけ?
あっ!
も、もしかして…
何よ?
『ブルース・ブラザーズ』ですよ…
ラストシーン手前で、エレベーターに並んで乗るジェイクとエルウッド…
二人の顔の汚れを、泡に置き換えたってこと?
そして二人は逮捕され…
刑務所で『監獄ロック』を歌う…
あっ!エルビス!
Elvis Presley『Jailhouse Rock』('57)
そういうこと。
『That's why God made the movies』をバックに子供と過ごす一日を描いたシーンで、ポール・サイモンは『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』と『ブルース・ブラザーズ』の存在を映像に落とし込んだ…
なぜならこの曲自体が、その2つの映画を歌ったものだから…
どちらも当時ポール・サイモンが交際していたキャリー・フィッシャーが出演している映画…
ちなみにあのシーンで、ポール・サイモン演じる主人公ジョナが、最初に目を留めたもの…
何だったか気付きました?
最初に目を留めたもの?
「魚」です…
キャリー・フィッシャーの苗字「Fisher」は「漁師」という意味ですから…
そしてポール・サイモン演じる主人公の名は「Jonah」…
ヘブライ聖書『Jonah(ヨナ書)』で、大魚に飲み込まれる男の名…
つまり、ポール・サイモンは…
キャリー・フィッシャーという大魚に、すっかり飲み込まれてしまっていた自分を歌にした…
うふふ。そういうこと。
では、改めて歌詞を考えてみよう。
1番では「母」と「子」の別れが歌われていた。
「母」は「すぐ戻るから大丈夫」と言い、「子」は「まだ僕は生まれたばかりなのに」と心配する…
彼女は言った。「バイバイ、坊や。バイバイ」
僕は言った。「どこに行っちゃうの?僕は生まれたばかりなのに」
彼女は言った。「ちょっとの間よ。すぐ戻るから」
それが彼女のいつものやり方
そういうわけで、神は映画を創ったのさ
母に捨てられた子の哀しみね。
『ブルース・ブラザーズ』のジェイクとエルウッドも、生まれてすぐに母親に捨てられ孤児院で育ったわ。
そして「母」はキャリー・フィッシャーで、「子」はポール・サイモン…
二人で幸せな時間を過ごした後、いつもこんな感じのやり取りがあったのでしょうか…
「すぐ戻る」とか「絶対に連絡する」とか言いながら、音信不通になってしまうキャリー・フィッシャー…
それが不安で仕方ないポール・サイモン…
出だしの「僕が生まれた時、ママは死んだ」は?
別に死んだわけじゃないでしょ? キャリー・フィッシャーは、ただ出て行っただけ。
てか、ポール・サイモンも「生まれた」わけじゃないし。
いちいち大袈裟なカップルじゃない?
詩的表現よ。「愛が生まれた日」とか言うでしょ。
いや…
ここでの「生死」は、文字通り「生死」を意味しているんだ…
は?
同じ歌詞で始まる3番に、その答えが隠されている。
3番は、1番の前半と同じ歌詞が繰り返され…
後半で突如、「子」である「僕」が「狼に育てられる」という展開になっていた…
あの日から
僕はひとりで生きてきた
かの有名な、野性の少年
狼に拾われ、育てられた
実はこれ、ある有名な故事というか神話を引用したものなんだ。
わかるかな?
もしかして…
ローマ建国神話?
その通り。
生まれてすぐに母親から引き離され、イタリア半島中部を流れるテベレ川に捨てられた幼子ロームルスとレムスは、下流で精霊に拾われ、メス狼の乳で育てられる。
そして成長したロームルスは、父親譲りの軍事能力を発揮し、周辺地域を平定してローマを建国した…
余談ではありますが…
ローマ建国については、塩野七生の『ローマ人の物語』第1巻を読むとよくわかります。
Cメロで「僕に乳をふくませて」ってポール・サイモンが歌っていたのは、ポールが「おっぱい星人」だという意味だけじゃなくて、コレのことも言ってたのね!
ちなみにロームルスとレムスを産んだ母親は、その後どうなったんですか?
母親は、出産後に川へ突き落とされて溺死したとも、投獄され獄中死したとも言われている…
まさに「僕が生まれた時、ママは死んだ」だ…
ちなみに、その母親の名は「Rhea Silvia(レア・シルウィア)」…
「レア」は「イリア」とも「レイア」とも呼ばれる…
レイア?
レア姫は、父王と叔父の王位継承闘争に巻き込まれ、王家本流の血を根絶やしにするため、子が作れぬように処女のまま神殿に巫女として幽閉された…
だけど神殿に軍神マルスが忍び込んできて、二人は結ばれ、双子を授かる…
それが、後にローマを建国するロームルスというわけ…
『スター・ウォーズ』でキャリー・フィッシャーが演じたレイア姫のモデルになった人物よ。
やっぱりポール・サイモンは、キャリー・フィッシャーのことを歌っていたのね…
ちなみに…
軍神マルスがレア姫を誘惑する場面を描いたルーベンスの有名な絵は…
『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』で、完璧に再現されている…
『軍神マルスとレア・シルウィア』
ピーテル・パウル・ルーベンス
マジで?
反乱軍の秘密基地内で、ハリソン・フォード演じるハン・ソロが、キャリー・フィッシャー演じるレイア姫を挑発するシーンだ…
よく見てごらん…
STARWARS Episode 5 "The Empire Strikes Back"
確かに、構図は似てるような気がするけど…
「完璧に再現」は、ちょっと言い過ぎじゃないかしら…
あのシーンってさ、通行人がウザいわよね。
あそこで通行人、必要?
あっ!
何よ?
ハン・ソロとレイア姫の間を…
わざわざ割って入って通り過ぎる男がいました…
だから、あんな通行人って要る?ってハナシ。
彼は童顔で、武器弾薬が入った箱を持っていました…
は?
そして…
ハン・ソロの後ろを通り過ぎる男は…
なぜかゴーグルのついた帽子を深々と被っていました…
それがどうしたのよ?
顔出しNGだったんじゃない? ワケアリの撮影スタッフだったとか。
あれは… 天使の再現ですよ…
弓矢の束を腰に下げて両者の間に割って入る天使と、ゴーグルのついたヘルメットを持った天使…
どんだけ!?
「スター・ウォーズ」という物語は、新旧約聖書・ギリシャ神話・ローマ神話などを元ネタにして作られている…
だから、それらの名場面を描いた有名絵画が、いくつも再現されているんだよ…
映画に限らず、小説でも音楽でも、こういうのって多いわよね…
絵は多くのインスピレーションを与えてくれる…
J・D・サリンジャーもポール・サイモンもボブ・ディランもカズオ・イシグロも村上春樹も、みんな有名絵画からインスピレーションを得て、作品の中に落とし込んでいるわ…
野島伸司もね。
その話はまたいつかゆっくり聞かせてもらうとして、今は『That's why God made the movies』の話。
なぜ2番で、産着を着ていた「僕」は、姿をくらましたの?
母であるレア姫と離れ離れになったロームルスは、川に流されて拾われたわけでしょ?
姿を消したわけじゃないじゃん。
2番の「僕」は、1番や3番と同じ「レアの子」なんだけど…
「別のレア」の子なんだ…
別のレア? 他にもレアがいるの?
全然レアじゃないじゃん。
ローマ建国神話のレア(レイア)には元ネタとなった人物がいる。
ギリシャ神話のレアー(レイア)だ。
レア―って、ゼウスのお母さんだっけ?
その通り。
レア―はクロノスとの間にたくさんの子を産んだんだけど、クロノスは最高神という地位を奪われるのが怖くて、子供が生まれると食べてしまっていた…
知ってる、その話。
自分が父ウーラノスの男性器を切断して最高神の地位を奪ったから、自分もそうなることが怖かったのよね。
『クロノスに去勢されるウーラヌス』
ジョルジョ・ヴァザーリ
そしてレアーはゼウスを産み、クロノスはいつものように食べてしまった…
ん? ゼウスって最高神になったんですよね?
生まれてすぐに食べられたってオカシクないですか?
クロノスが食べた赤ん坊は、実は「大きな石」だったんだ。
本物のゼウスは、クロノスに見つからないように逃げていたんだよね。
え?
これ以上自分の子供を食べられたくないと考えたレアーは、クロノスに見つからないようにこっそりゼウスを産み…
ゼウスの代わりに大きな石を細長い布でぐるぐる巻きにして、クロノスに渡した…
『クロノスにゼウスの身代わりを渡すレアー』
クロノスはそれを「産着に包まれたゼウス」だと思い込み、飲み込んだ…
それで安心していたんだけど、本物のゼウスはとっくに逃げた後だったというわけ。
2番の歌詞…
Well, I laid around in my swaddling clothes
細長い布に巻かれて寝かされていた僕
が…
I stole away into the night
Hoping things would work out right
こっそり抜け出して姿を消した
すべてうまくいくと期待しながら
というのは…
レアーの息子ゼウスが生まれた時の逸話を歌っていたんですね…
なぜならギリシャ神話のレアーも…
キャリー・フィッシャー演じるレイア姫のモデルだから(笑)
やられたわ。
そしてCメロにおけるポール・サイモンの、訴えかけるような切なる想い…
ねえ、言ってよ、ねえ
他の男のところになんか行かないって
僕のことを愛してくれるって
ありのままの僕を
愛してくれるって言ってよ、ねえ
もう説明は要らないと思う…
なんてこった…
ポール・サイモンは、キャリー・フィッシャーにゾッコンだったのですね…
完全に彼女のペース、すっかり飲み込まれてしまっている…
キャリー・フィッシャーには、それくらい男を夢中にさせる何かがあったんだろう…
男たちを虜にする何かが…
そんなことを思いながら『That's why God made the movies』を聴くと、これまでと違った聴こえ方になるかもしれません…
そうね。感慨深いものがあるかも…
では、アルバム『ONE TRICK PONY』の3曲目に行こうか。
表題曲でもある『ワン・トリック・ポニー』だ…
つづく
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