第167話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㊱「Rene and Georgette Magritte with their dog after the war」XⅢ~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
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2019年9月19日
スナックふかよみ
ルネ・マグリットの作品は「難解」だとか「意味なんてない」と考える人が多いんだけど、実は、ほとんどすべての作品に元ネタがちゃんとある。
確かに「描かれているもの」には、ほとんど意味は無い。だけど、その裏には「見えなくなった別の何か」が隠されているんだよね。
奇妙な暗殺者を描いた『The Menaced Assassin(アサシン・メナス)』が、アンドレア・マンテーニャの『磔刑図』を、かなりの忠実度で「再現」していたみたいに。
マグリットの絵は「何が見えるか」よりも「何が見えなくなっているか」が重要なんだ。
他のもそうなの?
じゃあ、最後にちょっと話しておこうかな…
マグリットの絵の楽しみ方を…
はたして、ちょっとで済むかな?
え?
何でもない。気にするな。
目には見えぬ声なき声を、代弁したまでのこと。
お主はお主の信じる道を行け。
はい… それでは…
誰もが知っている「超有名な映画」に大きな影響を与えたマグリットの「宗教画」を紹介して、この話は終わりにしましょう…
超有名な映画に大きな影響を与えたマグリットの宗教画?
そう。
その映画は、あまり映画に興味がない人でも、絶対に知っている超有名な作品…
観たことない人を探すのが難しいくらいに…
何だろう?
まずはマグリットの絵から見てもらおうか…
この絵だ。
『The Annunciation』
Rene Magritte
なにこれ?
アナンシエーション?
「受胎告知」ってことですか?
その通り。マグリット版『受胎告知』だ。
これが「受胎告知」?
目には見えないけど、どこからどう見ても「受胎告知」でしょ?
は? わけわかめ。
『受胎告知』といえば…
名だたる画家が必ずと言っていいほど描いたテーマ…
レオナルド・ダ・ヴィンチしかり…
エル・グレコしかり…
エル・グレコ版『受胎告知』は、マイク・ニコルズ監督作品『ヴァージニア・ウルフなんかこわくない』のラストシーンで再現されていたよね。
さらには、ボッティチェリしかり…
そして、深読み界隈では「ネタの宝庫」と言われる…
フラ・アンジェリコしかり…
フラ・アンジェリコ版『受胎告知』は、ルネ・クレマン監督作品『太陽がいっぱい』で完璧に再現されていたよね。
というか、アンジェリコ版『受胎告知』から、原作にはない映画オリジナルのストーリーが作られていた。
あの有名なラストシーンも…
それはいいんだけど…
これら巨匠たちの『受胎告知』と、マグリット版『受胎告知』は、あまりにもかけ離れているわ…
あの2つのチェスの駒が、天使ガブリエルと処女マリア?
あの「白い謎の物体」と、背後に描かれた「光沢のある玉々とヒダヒダの幕」は何?
タマタマとヒダヒダといえば決まっておるじゃろ。
はいはい。
あの白い謎の物体の模様…
どこかで見たような気がします…
あっ!わかった!
『スター・ウォーズ』のストームトルーパーじゃない?
おお友よ、このような深読みはない。
大友? 康平?
確かにストームトルーパーの顔っぽい場所もありますが…
模様が多すぎます…
じゃあ、どこで見たの?
紙切り名人、林家正楽のライブだったかなあ…
紙を扱わせたら世界一の林家正楽の作品?
何を切ったものなのよ?
おそらく、百目…
ひゃくめ?
水木しげるの描いた妖怪「百目」にそっくりです…
ほら、背景も…
確かにクリソツだけど、さすがにこれはないでしょ…
なんでマグリットが日本の妖怪なんか描くのよ…
しかも「受胎告知」という名前の絵の中に…
ですよね…
いや。ある意味「百目」で合っている…
はい?
あれも「百目」といえば「百目」だ…
もしかしたら元祖「百目」かもしれないな…
どゆこと?
大切な宝物を守るため、身体一面に「目」がついている天使…
ケルビム(Cherub:ケルブ、ケイレブ)だ…
ケルビム?
ベートーヴェン交響曲第9番、通称「第九」の『歓喜の歌』 に出てくる「立ちはだかるケルビム」のこと?
そう。
第九の歌詞がそのまま映画のストーリーになっているコーエン兄弟の傑作『RAISING ARIZONA(邦題:赤ちゃん泥棒)』にも出てくるケルビムだ。
モーセが神から授かった「契約の石板」を守るため、アーク(聖櫃)の上についてる天使ですね…
スピルバーグの『インディ・ジョーンズ』にも出て来ました…
ケルビムの本来の役割は、楽園から追放した人間が戻って来ないように、エデンの園の東で門番をすること…
楽園の中央には、その実を食べれば神と同じように永遠の命が得られる「命の木」が生えている…
それを、よこしまな人間たちから守るため、ケルビムは入口で見張っているんだ…
細かい特徴は以下の通り。
身体は持たず、四つの翼と四つ顔があった。
顔のひとつは人間のようであり、右に獅子の顔、左に牛の顔、後ろに鷲の顔を持っていた。
四つの翼は、一対が大空にまっすぐ伸びて互いにふれ合い、他の一対が体をおおっていた。
あらゆることを見逃さないよう、翼全体に目がついていた。
神から与えられた炎の剣をもち、それが高速回転することで炎の車輪となり、どこへも瞬間的に移動することができた。
翼の下には、人の形をした「神の手」が見えていた。
つまり、ケルビムの背後に描かれている「光沢のあるタマタマとヒダヒダの幕」は…
楽園の入口ってこと?
その通り。エデンの東にある入口だ。
ということは…
その外に「チェスの駒」として描かれた「カップル」は…
アダムとイヴ?
だね。
肝心の天使ガブリエルと処女マリアは?
「受胎告知」の主役は、この二人でしょ?
天使ケルビムとアダムとイブは「受胎告知」と何も関係無いじゃん!
目に見えるものは、いつも別の何かを隠している…
何度言わせれば気が済むのじゃ?
へ?
マグリットのアートとは…
「何か」を描くことによって、そこにはない「別の何か」を表現するというもの…
つまりマグリットは…
カンバスの中央にデカデカと「天使ケルビムと楽園の入口」を描くことで…
見えなくなってしまった「受胎告知」を表現した…
そういうこと?
だね。
あーーーっ!わ、わ、わかりました!
え?何々?
フラ・アンジェリコの『受胎告知』ですよ!
さっき挙げた昼バージョンじゃなくて、夜バージョンの!
『The Annunciation』
Fra' Angelico
え?
マリアの家の奥にある丘の上ですよ…
天使ケルビムによってエデンの園を追放されるアダムとイブ…
まあ…
その通り。
マグリットは、フラ・アンジェリコの絵の「一部分」を別アングルから描くことで…
自分流の『受胎告知』を表現したんだよ…
マジですか…
だけど、なぜフラ・アンジェリコの『受胎告知』には、「楽園を追放されるアダムとイブ」が描かれてるのかしら?
他の画家の『受胎告知』には、そんなの描かれてないのに。
いくつか理由は考えられるけど…
おそらく「受胎の不安」を強調するためじゃないかな。
マリアとシンクロさせて…
受胎の不安?シンクロ?
多くの『受胎告知』に描かれるマリアは、悲しみと不安が入り混じった表情をしている…
突如として目の前に現れた天使から「受胎」を知らされたわけだから動揺するのも無理はない…
このとき彼女は、夫となるヨセフと婚約中の身で、もちろん、男を知らない処女だった…
だから最初に天使ガブリエルから「おめでとうございます。お子さんが出来ました」と言われた時、マリアはこう答えている…
「まだ夫も知りません(男を受け入れていない)のに…」
ユダヤの律法では、夫以外の男の子供を孕んだら、石打ちによる死刑だ…
はたして夫ヨセフはこの話を信じてくれるだろうか…
マリアが緊張した面持ちになるのも仕方ないだろう…
その時のやり取りを、フラ・アンジェリコは『受胎告知』夜バージョンに描いた…
ああ、なるほど…
イブも楽園にいた時は「受胎の不安」なんて全くありませんでした…
なぜなら、家族を増やしたかったら、神が一夜のうちに「コピー」を作ってくれるから…
だけど楽園の外では、そうはいかない…
アダムの種を自分の体の中で受胎させ、長い妊娠期間を経て、苦しい出産というものを経験しなければならなくなった…
昼バージョンのイブの重苦しい表情は、それを表している…
そういえば、あの「切り絵模様」は…
昼バージョンの楽園の「細かい葉っぱ」にも見えるわ…
玉々は楽園の果実で…
おそらく、そうだろう。
マグリットは、フラ・アンジェリコの『受胎告知』昼夜どちらのバージョンも「見える」ようにしたかった…
だから昼のようにも夜のようにも見える雰囲気に描いたんだね…
なるほど…
それでは教官が最初に言っていた話に戻りますが…
『受胎告知』にインスパイアされて作られた「映画に詳しくない人でも必ず知っている超有名な映画」って何ですか?
まだ気付かない?
わかるわけないじゃん。ヒント頂戴よ。
いいよ。
まず背景には、光沢があってメタリックなヒダヒダの幕…
幕には光る複数の球体もついている…
その幕の前には、炎の剣を持ち、自由自在の車輪に乗る赤い天使…
少し離れたところにいるカップルの女の方は不安な表情をしていて…
男は右手を気にしている…
そして、もうひとりの男が、カップルの男の方を突き飛ばす…
ただ絵の説明を、そのまま復唱しただけのような気もするけど…
だって「そのまま」なんだから仕方ない…
超有名な映画の、超有名なシーンとね。
メタリックなヒダヒダの幕と、光る球体…
その前にいるのは、炎の剣を持ち、自由自在の車輪に乗る赤い天使…
嫌そうな顔をする女と、男を突き飛ばす、もうひとりの男…
何だろう?
わしが思うに…
ポール・サイモンの『Rene and Georgette Magritte with their dog after the war』の歌詞を深読みしとった時にも出て来た映画じゃろ…
さすがですね。その通りです。
ふぉーっふぉっふぉ。
あれは、わしの大好きな映画なんじゃ。
特に、あのシーンが…
思い出しただけでも、歌いたくなるわい(笑)
あっ…
もしかして…
わかったの?
おそらく、これのことですよ…
『BACK TO THE FUTURE(バック・トゥ・ザ・フューチャー)』の…
ダンスパーティー…
ええーーーっ!?そうなの?岡江クン!?
そうだよ。そっくりだったでしょ?
た、確かにそんな気もするけど…
詳しく教えてよ!
いいだろう。
それでは『受胎告知』と『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の関係について、少しだけ話そうか…
つづく
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