第152話 ポール・サイモンの HEARTS AND BONES ㉑「Train in the Distance」前篇~『深読み ライフ・オブ・パイ&読みたいことを、書けばいい。』
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1984年x月x日
坂本博士の屋敷
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ぅぅ… ぅぅぅぅ…
何度見ても泣けるシーンで御座いますね…
この沢尻の胸も、こらえきれぬ想いで、溢れんばかりで御座います…
ぅぅ… ぅぅぅぅ…
もん坊ちゃま… これをどうぞ…
グスン…グスン…
ありがとう… エリカさん…
あらまあ、あなたたち。また観てるの?
よく飽きないわね、毎日毎日…
あ、深代様…
あたし、ちょっと出かけてくるから、お庭の掃除よろしくね。
お父様には内緒よ。またいつものように。
はい。かしこまりました。
夜までには帰ってくるから。じゃあ行ってきまーす ~♡
ねえエリカさん… もう1回観てもいい?
今日はこれで最後にするから…
いけません。
ほどほどになされたほうが…
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佳世実様がニューヨークへ旅立ってからというもの…
来る日も来る日もこの映画ばかり見ては、悲しみに暮れていらっしゃる…
これ以上はお身体にも触りますよ…
だって… 急に行っちゃうなんて…
しかも、高校も大学も向こうの学校に通うなんて、ぜんぜん聞いてなかったし…
最初は、夏休みの間の短期留学って言ってたのに…
佳世実様も、いろいろ思うところがあったのでしょう…
このお屋敷からいなくなってしまわれたことは寂しいですが、これは佳世実様の選んだ道…
佳世実様は、自分の人生を歩み始めたのです…
自分の人生を…
そう。だから悲しんではいけません。
「人として」の教えをお忘れになりましたか?
人として…
人と出会い… 人に迷い… 人に傷つき…
そして、人と別れる…
その通りです。
もん坊ちゃまが最初にこのお屋敷に来られた日に、坂本博士が仰っていましたよね…
ん? エリカさん、なんで知ってるの?
あっ… その… き、聞いたんです。坂本博士から…
と、とにかく…
これ以上『銀河鉄道999』のラストシーンに浸るのはやめにしましょう…
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佳世実様は旅立ったのです、メーテルのように…
だから、もん坊ちゃまも鉄郎のように…
自分の道、自分の人生を、力強く歩むのですよ…
うん… わかった…
ふっふっふ…
そろそろプランCに取り掛かるとするか…
今度こそ、歴史の流れから消えてもらうぞ…
深読み探偵 岡江 門…
2019年9月19日
スナックふかよみ
さてと。
それじゃあ次の曲に行きましょ。
よろしく。深読み探偵さん…
あ、はい…
7曲目は… 過ぎ去りし日々を歌った曲…
『Train In The Distance』です…
邦題は『遥かなる汽笛に』か…
また切なそうな曲ね…
ポォーーーーー!
今、万感の思いを込めて汽笛が鳴る…
今、万感の思いを込めて汽車が行く…
ひとつの旅は終わり、また新しい旅立ちが始まる…
さらばメーテル、さらば銀河鉄道スリーナイン…
さらば、少年の日…
それ999の城達也じゃん!ちょー懐かしい!
覚えてる岡江クン?
たしか岡江クンが中学生になったばかりの頃だったかな…
毎日のようにビデオ観ては泣いてたわよね、あのラストシーンで(笑)
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ふぉーっふぉっふぉ。
(この老人… 何を知ってる? もしや37年前、あの二人と接点があったのか?)
教官… 教官ったら! 聞いてますか?
え?
そろそろ深読みを始めましょう。
あ、ああ… そうだね…
じゃあまずは曲を聴いてみようか…
なんかこの歌詞…
切なさを通り越して、ちょっと重くない…?
甘い夢から一瞬にして覚めて、現実を見せつけられるというか…
歌詞はこちらになります。
ひとくちメモによれば、ポール・サイモンの最初の結婚と、息子の誕生、そして離婚後の家族関係を歌ったものだそうです…
やっぱりね…
1番で歌われる「2人の出会い」からして、どこか不穏な未来を予感させるもの…
ある日の夜、ポールは彼女に一目惚れしたけど、彼女には「夫がいた」って…
しかも、そんなことお構いなしに、必死になって彼女をモノにしようとする…
これって不倫ですよね?
ポール・サイモンって真面目で神経質な感じがしますし、女性にもガンガンいくタイプに見えないから、かなり意外です…
花嫁を強奪した『卒業』のベンジャミン君みたいな感じじゃったのかのう…
ふぉーっふぉっふぉ…
結局、ポール・サイモンは彼女を略奪婚して、2番では二人の間に息子が生まれる…
最初のうちは幸せだったけど、やがて二人は別れることに…
そして3番では、離婚後の二人について歌われます…
もう他人同士だけど、子供のために、時々「夫婦もどき」を演じなければならない二人…
これ、結構つらいみたいよ。最初のうちは特に…
しかもポールは、「結婚」自体に対する二人の考え方が食い違っていて、かなりの口論になると歌います…
一応その後はフォローしてますが…
ちょっと赤裸々すぎますよね…
なんだか映画『ワン・トリック・ポニー』みたい…
あれってまさに、この歌みたいな話だったじゃん…
結婚観や家族観の違いで別れてしまい、その後は子供のために「いいパパとママ」を演じる男と女の話…
あのアルバムにあったほうが、しっくりくる曲だと思うけど…
そうだね。
確かに『ONE TRICK PONY』に入っているほうが似合う曲だ。
もしかしたら元々そのつもりで作った曲なのかもしれない。
だけど諸事情により、映画には使われなかった…
そしてポール・サイモンは、あんなふうなアウトロ、つまり終奏(コーダ)を加えて、このアルバムに入れることにした…
なぜなら、このアルバム『HEARTS AND BONES』は、本来『THINK TOO MUCH』という名前で発表されるはずだったから…
そういえば、不思議な終わり方だったわね。
すっごく考えさせられるっていうか…
What is the point of this story
What information pertains
The thought that life could be better
Is woven indelibly
Into our hearts
And our brains
この物語のポイントは何だろうか?
何を言わんとしているのだろうか?
人生をよりよいものにしたい想いは
誰の中にも最初から織り込まれている
僕たちのハートの中に
僕たちの脳の中に
うーむ。どういうことでしょうか…
「この物語のポイント」は「人生をよくしたい」ことであり…
だけどそれは「最初から私たちのハートや脳の中に織り込まれている」と?
その通り。
最初から答えは用意されている。『ライフ・オブ・パイ』のように。
え?
『ライフ・オブ・パイ』は、人生に苦悩する作家ヤンが、謎の男パイから奇妙な2つの話を聴くというストーリーだ。
パイが語った話とは「4頭の動物と漂流した話」と「4人の人間が漂流した話」の2つ…
その2つを組み合わせると、作家ヤンが求めていた「神を信じるようになる話」になるというオチだった。
そして実は、その答えは最初から、作家の前にも我々の前にも用意されていた。
なぜなら、パイの話はすべて「嘘」だったから。
「インド人」とは「ユダヤ人」のことで…
「故郷ポンディシェリ」とは「エルサレム旧市街地」のことで…
「パリのプール」とは「パレスチナのヨルダン川」のことで…
「人の血肉を喰う」は「キリストの血肉を受ける」ということ…
そして「トラのリチャード・パーカー」とは「神」のこと…
こんなふうに、パイの語る話はすべて「聖書の再現」になっていた…
つまり、最初から「神についての話」をしていたんだ…
TRAiNG。
じゃあ『ライフ・オブ・パイ』は、この歌からインスパイアされた物語だと言うの?
おそらくそうだろう。
この歌も「2つの話」を組み合わせて「神を信じるようになる話」が出来上がる仕組みになっている。
しかも登場人物は「4名」だ。
2つの話で、登場人物が4名?
「出会い⇒結婚⇒離婚」と連続した話でしたし、登場人物も、ポール・サイモンと、最初の奥さんと、息子さんの3名では?
違うんだよね。
それは「表向き」の解釈に過ぎない。
そもそも、このアルバムにおける「heart」と「brain」は何を意味していた?
「heart」はキリストの血を表す「聖杯」、つまり「イエス」で…
「brain」はミケランジェロが描いた「脳」、つまり「父なる神」でした…
その通り。
だから曲の題名が『Train in the Distance』なんだよ。
「遠くで聴こえるような気がするTRAINの音」とは、「神の声」であり「福音」のことを意味している。
ゴスペル音楽でもお馴染みだね…
わしに一曲歌わせてくれんか?
TRAINの歌といえば、これをおいて他には無かろう…
ロッド・スチュワートのカバーでも知られるカーティス・メイフィールド最大のヒット曲『PEOPLE GET READY』は、主イエス・キリストの手によって天国へと旅する過程を歌ったもの…
そしてそれは旧約聖書の「出エジプト」にも重ねられている…
というか、そもそもイエス・キリストの物語が出エジプトに重ねられているから、そうなっているとも言えるんだけど…
そうなの?
だってイエスの十字架刑は「過越」の前後に行われたでしょ?
「過越」とは、エジプトを出発する前夜に「神の災いを過ぎ越したこと」を記念して行われる祝祭…
あの夜、イスラエルの民たちは、玄関に子羊の血で印をつけて、家族が集まって祈りを捧げながら、神の災いをやり過ごした。
そうしなかったエジプト人たちの家では、大切な跡継ぎである長男が、神によって殺されてしまったんだ。
これが新約では「神によって殺される子イエス」となって再現された。
そしてモーセの奇跡によって海を渡り、シナイ山で神から十戒を授かり、乳と蜜の流れる天国のような約束の地カナンを提示される。
つまりヨルダン川西岸のことだね…
この、エジプトからカナンまでの旅を逆再生すると、だいたいイエス・キリストの物語になっているというわけだ。
だから『PEOPLE GET READY』のオリジナルである THE IMPRESSIONS 版のミュージックビデオも、それを意識したものになっている…
あっ…
海を渡っている… 大勢の人を引き連れて…
リードボーカルである真ん中のカーティス・メイフィールドがモーセで、両脇の2人がモーセのサポート役アロンとミリアムだね。
そういえば…
ボブ・マーリーの代表曲『ONE LOVE』も『PEOPLE GET READY』が元になっているわよね?
その通り。
この曲は「ONE LOVE」のパートと「PEOPLE GET READY」のパートが交互に歌われるという構成になっている。
別個の2つの歌が相互を補完し合う形になっているんだよね。
まるで『ライフ・オブ・パイ』の「4頭の動物の話」と「4人の人間の話」みたいです。
確かにそうとも言える。
しかし、そのことで、ちょっとした「問題」が生じてしまった。
『PEOPLE GET READY』が「出エジプト」を想起させる内容だから、ちょっとマズいことになったんだ…
問題?
だから、多くのカバーバージョンでは「ある歌詞」が歌われない…
どの部分が削除されているか、わかるかな?
これはすぐに気付きますよ。いきなりですから。
Hear the children crying
子供たちの泣き声が聴こえる
ですよね?
その通り。
だけどなぜ?
ボブ・マーリーの怒りのメッセージでしょ、あれって?
泣いている子供たちの声に耳を傾けろ!っていう熱いメッセージなんじゃないの?
『ONE LOVE』単体なら、それでよかった…
だけど「出エジプト」を想起させる『PEOPLE GET READY』と組み合わされたことによって、そっちに引っ張られた「予想しなかった解釈」が生まれてしまったんだ…
歌詞をよく読んで、考えてごらん…
One love, one heart
Let's get together and feel all right
Hear the children crying (One love)
Hear the children crying (One heart)
Sayin', give thanks and praise to the Lord and I will feel all right
Sayin', let's get together and feel all right
どういうことかしら?
1つの愛、1つの心
共に集まろう、きっと大丈夫
子供たちの泣き声が聴こえる
子供たちの泣き声が聴こえる
主に感謝を、主を褒め称えよ、わたしは大丈夫
共に集まろう、きっと大丈夫
あっ…
遠くで聞こえる子供たちの泣き声って…
「過越」の夜に、神によって殺されたエジプト人の家の子供たち…
そう…
そういうふうに聴こえてしまうんだ…
「外では異教徒の子供たちの泣き声が聴こえるけど、主に守られている私たちは大丈夫」とね…
だからカバーでは「Hear the children crying」を歌わないケースが多いというわけ。
これまで色んなバージョンの『ONE LOVE』を聞いたけど、ぜんぜん気がつかなかったわ…
私もです…
まあ、これは余談なんだけどね。
ポール・サイモンの『Train in the Distance』には、まったく関係のない話だった。
「2つの話」を組み合わせて「神を信じるようになる話」が出来上がる仕組み、の話だったわよね?
そして登場人物は、3名じゃなくて「4名」…
そこが、さっぱり意味がわからないんだけど。
どう聞いてもあれは1つの話だし、登場人物も、ポール・サイモン、最初の奥さん、そして子供の3人でしょ?
よく歌詞を読むと、そうじゃないんだよね…
ポール・サイモンは、ちゃんと「書き分けている」んだ…
1番で出会った「カップル」と、2番で結婚した「カップル」は…
別の「カップル」なんだよ…
は? 二組のカップルってこと?
そう。
じゃあ全部で「5人」じゃん! 2番のカップルには息子が生まれたから!
いや。全部で「4人」だ。
女性の方は同一人物だからね…
え? 男の方が別人ってこと?
そうなんだけど…
やっぱり「3人」かな…
はぁ?
わけわかめじゃな。
ふぉーっふぉっふぉ。
教官、これはいったい、どういうことなのでしょうか?
では解説しよう…
ポール・サイモンが『Train in the Distance』の歌詞に仕掛けたトリックの秘密を…
つづく
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