シン・日曜美術館「トム・ウェイツのTom Traubert's Blues」(深読み プリンス⑧)
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1989年5月某日(日曜)午後
藪蔦屋 りうていの間
では次に3番を見ていこう。
3番と最後の7番だけは他に比べて1.5倍の長さになっている。
重要なことがたくさん歌われているからだ。
ようし。もうコツがわかって来たから僕がズバッと読み解いてやる。
ふふふ。トム・ウェイツが何を言っているのか、わかるかな?
Now the dogs are barking
and the taxi cab's parking
A lot they can do for me
犬は吠えている?タクシーは止まっている?
奴らは俺のためにやれることはたくさんある?
さあ、何のことだ?
犬はローマ兵のことかな。権力者に従順な者を「犬」って呼ぶだろう?
止まっている「taxi cab」は?
うーむ。ゴルゴダの丘にはタクシーらしきものは止まってないよなあ…
ローマ兵が乗っていた馬のことかな?
ははは。まるで話にならん。
君はその程度の深読みしか出来ないのか?
よくも言ったな。それじゃあトム・ウェイツは3番で何を歌ってるんだよ?
「犬」は「神」だ。
は?
DOG(犬)は反対から読むと、GOD(神)になる。
文学における定番中の定番ネタだぞ。もう忘れたのか?
あっ、横溝正史の『犬神家の一族』…
その通り。
『犬神家の一族』で「逆さ言葉」のトリック「スケ・キヨ(佐清)⇔ヨキ・ケス(斧・消す)」が使われたのも、そもそも「犬神」が「DOG GOD」であることに由来する。
死んだ犬神佐兵衛はイエス・キリストが投影された人物であり、犬神家の家宝「斧琴菊(よきこときく)」とは「受胎告知・福音」のことだからな。
犬は神… つまり「吠えている」のは神…
あっ!わかったぞ!
十字架上のイエスのことだ!イエスはいくつかの言葉を叫んだ!
その通り。
2番で「Everything's broken(万事順調に進んでいる)」と歌われたのは、このためだ。
『ヨハネによる福音書』には、こう書かれているからな。
19:28 そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。
やられた…
それじゃあ「parking」している「the taxi cab」は何だ?
トム・ウェイツは「the taxi's parking」ではなく、わざわざ「the taxi cab's parking」とした。
ここがポイントだ。
つまり「cab」が重要ってことか?
その通り。
「I dry(わたしは、かわく)」と言った「俺」の近くに「parking」していた「cab」とは「kab」のことだ。
kab? 何だそれは?
「kab」とは、聖書の時代に使われていたヘブライ世界の乾量単位(dry measure)のこと。
飲みやすいようにカップ七分目くらいで注がれたワイン1杯を1eggsと言い、6eggsで1log、4log(24eggs)で1kabと言った。
現代の単位に換算すると「kab」は約2リットルになる。
「俺」のそばに「parking」していた「約2リットルのワイン」といえば…
「酸っぱい葡萄酒」だな。
19:29 そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
19:30 すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。
なるほど。確かにそうだよな…
酔っぱらいの「俺」が彼らに求めていた「A lot they can do for me」とは「酒をくれ」ってことだから…
もちろんイエスは酒が飲みたくて「わたしは、かわく」と言ったわけではなく、預言成就のために「悪い酒を飲まされそうになる」という出来事を起こす必要があった。
それと同じようにトム・ウェイツも酔っぱらいのフリをしているだけで、すべてはイエスの物語を再現するためのことだったというわけだ。
すべて計算された歌詞なんだな…
すべてが定められていた「神の計画」と同じように…
だから、こう続く。
I begged you to stab me
You tore my shirt open
And I'm down on my knees tonight
俺はお前に「突き刺してくれ」と頼んだ…
これはイエスの脇腹を槍で突き刺したローマ兵ロンギヌスのことだな。
19:34 しかし、ひとりの兵卒がやりでそのわきを突きさすと、すぐ血と水とが流れ出た。
これによって旧約の預言「彼らは自分が刺し通した者を見るであろう」が成就した。
ロンギヌスは目に障害を持つ者、もしくは目の見えない盲人だったとされる。
しかしイエスの脇腹を槍で刺した際に飛び散った「血と水」を顔面に浴びたことにより、奇跡が起きて目が「開いた」と言われている。
つまり「you tore my shirt open」の「shirt」は「shut」の語呂合わせだな。
すると「And I'm down on my knees tonight」は、イエスの遺体を十字架から降ろす場面のことか…
日暮れの時間が近づいて来たので、処刑を早く終わらせるために、罪人の足の骨を折ることになった…
しかしイエスはもう絶命していたので、ローマ兵はイエスの骨を折らずに十字架から地面に降ろした…
これによって旧約の預言「その骨はくだかれないであろう」が成就された…
その通り。だからこう続く。
Old Bushmill's I staggered,
you'd buried the dagger
In your silhouette window light
「俺」は「ブッシュミルズ」で酩酊した…
なぜアイリッシュウィスキーの「ブッシュミルズ」なんだろう?
『トム・トラバーツ・ブルース』のサビのメロディ『ワルチング・マチルダ』は元々スコットランド民謡なのに。
「BUSHMILLS」は「酩酊・トリップ」の代名詞として歌に使われる。
Todd Rundgren(トッド・ラングレン)の傑作アルバム『A Wizard, a True Star(魔法使いは真実のスター)』の中の曲『Hungry for Love』が有名だな。
An ounce of sweet Jamaican
A snowy spoon of powder
A half a pint of Bushmill's
なぜブッシュミルズが酩酊やトリップの代名詞に?
ウィスキーなんて他にもたくさんあるだろう?
しかもアメリカ人なら、アイリッシュウィスキーよりも、安いバーボンの方がしっくりくると思うんだけど…
他のウィスキーではダメだ。「BUSHMILLS」でなければならない。
「BUSH」を「MILL」したものを大量に摂取することで「酩酊」するわけだから。
は?
「BUSH」とは、これのこと。
この木が酩酊のもと?
その通り。
この木は北アフリカ・中東地域が原産の「モツヤクジュ」といい、その樹脂を乾燥させると「没薬(もつやく)・ミルラ」が出来上がる。
没薬? ゴルゴダの丘へニコデモが持って来たものか?
19:39 また、前に、夜、イエスのみもとに行ったニコデモも、没薬と沈香とをまぜたものを百斤ほど持ってきた。
『磔刑図』カール・ブロッホ
その通り。
「沈香と混ぜたもの」とあるから、おそらくニコデモは粉末状もしくは溶かして液状にしたものを持って来た。
つまり「BUSH」から作った没薬を、石臼で「MILL」したものを…
だから、BUSHMILLS…
イエスの遺体は殺菌・防腐のために大量の没薬が塗られ、大量の香油と共に亜麻布で包まれた。
もし亜麻布の中のイエスに嗅覚があれば、強烈な香りが充満していて、まさに酩酊・トリップするほどの状況だったに違いない。
つまりトム・ウェイツは、それを「ブッシュミルズで酩酊状態」と表現したというわけか…
そしてトム・ウェイツは「you'd buried the dagger」と続けた。
「bury」された「dagger」が「短刀・ナイフ」じゃないことは、わかるよな?
え?
やれやれ。もう忘れたのか?
堀辰雄も『風立ちぬ』で同じことをしていただろう?
ある印刷記号(約物)を使って…
『風立ちぬ』の記号といえば「⁂」、asterism(アステリズム)…
堀辰雄は「⁂」でゴルゴダの丘に立つ3本の十字架を表現していた…
それと同じことをトム・ウェイツは言っているのだ。
「dagger」とは印刷記号(約物)の短剣符「†」のこと。
欧米で「あの形」はイエス・キリストや死者を意味するので、敬虔なクリスチャンの間では短剣符は避けられることもある。
なるほど…
確かに「dagger」つまり「死者となったイエス」は「bury」埋葬された…
だから3番の最後のフレーズは「In your silhouette window light」なのだ。
これは埋葬された場所を表している。
窓の明かりに映ったシルエットの中に?
どう考えてもシルエットは場所じゃないだろう。
いいや。「シルエット」は場所だ。
イエスの遺体は「シルエット」の中に埋葬された。
は?
そもそも君は「シルエット」が何なのか分かっていないようだ。
シルエットは、くっきりと映る影だろ? 影絵みたいな。
影絵を「シルエット」と呼ぶようになったのは18世紀後半からのこと。
そもそもはケチで有名だったフランスの財部大臣の名前だ。
ケチな財務大臣の名前?
ルイ15世の治世に財務相となったÉtienne de Silhouette(エティエンヌ・ド・シルエット)は、大赤字に悩まされていたフランスの財政難を乗り切るため、ひたすら国民に質素倹約を求めた。
その1つが肖像画の質素倹約。絵具も手間も抑えた低コストな影絵で肖像画を描くことを富裕層に求めたのだ。
当然そんな政策は芸術を愛するフランス国民からは馬鹿にされ、愚策の象徴となった影絵はシルエットと呼ばれるようになってしまった…
それじゃあ大橋純子の『シルエット・ロマンス』は「フランスの無能財務大臣ロマンス」って意味になるのか…
だけどフランスの政治家も「場所」ではないな。
まだ話には続きがある。
エティエンヌ・ド・シルエットの父はバスク地方出身で、「Silhouette」という姓はバスク語の姓「Zilhueta」をフランス語化したものだった。
つまり「シルエット」とは本来「Zilhueta」のことなのだ。
Zilhueta?
バスク語で「洞穴・洞窟」という意味。
しかも、人の出入りが全くない洞窟、未使用の洞穴のことを指す。
つまり「In your Silhouette」とは「未使用の洞穴の中に」…
完璧だよな。
19:41 イエスが十字架にかけられた所には、一つの園があり、そこにはまだだれも葬られたことのない新しい墓があった。
なんてこった…
すごいなトム・ウェイツは…
ははは。感心するのはまだ早い。
4番もすごいぞ。
つづく
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