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高校3年の夏。教室に鳴り響く拍手。キャプテンの涙。

あれは1993年の夏。
私が、まだうら若き高校生だった頃。
まだこの世にルーズソックスというものが流行ってなくて、女子高生が短いくるぶしまでの靴下を履いていた頃。

私が通っていた高校の野球部が、「夏の甲子園」を目指す 愛知県予選の初戦を迎えた。

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うちの野球部は全然強くなかった。ていうか、むしろ弱かったと思う。
創立してから今まで甲子園なんてかすったこともないし、私自身、高校2年の頃は予選の結果すら知らなかった。
朝食の最中、新聞を見た父から「お前の高校、1回戦で敗退したんだな」と言われて「あ、そう」と返すぐらい興味がなかった。

でも3年生になって、ちょっと気持ちが変わった。

それは、野球部のキャプテンが同じクラスになったこと。
そのキャプテンが、仲の良い友達の彼氏だったこと。
私が所属していた吹奏楽部が、試合の応援へ行くことになったこと(がしかし、金管楽器のみの参加だった。私はフルートだったので除外された)。

そして、高校最後の試合だ、ということ。

そういうのが重なって、同じ吹奏楽部のクラリネット担当の友達と「わたしたちも見に行きたいよね…!」と盛り上がり、放課後、球場へ行くことにした。

試合は午後2時ごろから始まっていて、野球部の部員や応援の生徒たちは早退して参加していた。

急がないと、試合に間に合わない。

私と友達は授業が終わるや否や、駅までダッシュし、球場の最寄駅からはタクシーに乗った。

「市民球場まで!お願いします!」

息を切らす私と友達から緊迫感が伝わったのか、制服を見て「応援だな」と思ったのか、運転手さんはメーターを倒さず初乗り料金で我々を送り届けてくれた。高校生に優しい運転手さんだった。感謝。

球場に着くと、すでに7回だか8回の終盤戦だった。
残念なことに負けていた。でもまだ挽回できる。そんな点差だった。

「いけるよー!がんばれー!」

吹奏楽部の仲間や先生たちと一緒に応援した。
他のクラスメイトや生徒たちも、あとから続々とやってきた。

9回表、相手の高校の攻撃。
ヒットが続き、塁に選手が出ていた。
1人だったか2人だったかは覚えていない。
でも「ここをなんとか無失点で乗り切れば、裏でなんとかできる」そんな空気だった。

そのとき、バッターがボールを打ち上げた。
高く上がったフライ。
これを取ればスリーアウト交代。

そのボールは、キャプテンの頭上に落ちてきた。

「取れー!!」みんなが叫んだ。


キャプテンは、ボールを落とした。


相手高校は追加点を取り、9回裏、うちの高校は無失点で終わった。

負けた。初戦敗退。

野球部の夏は終わった。
みんな拍手をして健闘を讃えた。
キャプテンは泣いていたし、チームメイトも泣いていたし、キャプテンの彼女も泣いていた。

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でも、私が忘れられないのは、この試合の翌日のことだ。

朝、いつも通り登校して、教室でみんなが適当にざわざわしていた時のこと。

キャプテンが教室に入ってきた。

クラスの半分近くが試合を見に行っていたので、なんとなく一瞬空気が止まった。気がした。

その瞬間、1人の男子生徒が「おつかれ!」そう言って立ち上がって、キャプテンに向かって拍手をはじめた。

それに賛同するように、みんなが彼に向かって拍手をした。
パチパチパチという拍手の中に「おつかれ!」「かっこよかったぞ!」という声が混じった。
あたたかい、とてもあたたかい拍手だった。

キャプテンは、握りしめた拳で涙を拭った。


私にとって、高校野球の思い出はこのあたたかい拍手とキャプテンの涙だ。
青春の1ページ。

はたして、あの場面を覚えているクラスメイトは、いるのだろうか。

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ちなみに、最初に立ち上がって手を叩いた男子生徒は、このあと私の想い人となった。結局思いも告げずに終わったけど。淡い恋の思い出。こちらも青春の1ページ。

#高校野球の思い出

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