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パリ市庁舎前でキスをした訳

【スキ御礼】「ロベール・ドアノーが撮った「巴里祭」

ロベール・ドアノーの写真「市庁舎前のキス」(タイトル画像の書籍の表紙)は、厳密なドキュメンタリー写真ではなく、演出写真だったのだという。

1950年に『ライフ』誌が、パリを世界一ロマンティックな都市として紹介する記事に使うため、抱き合うカップルのシリーズ写真としてドアノーが撮ったものだそうだ。

写真展のカタログに当時の記事が掲載されている。
見出しには次のように書かれている。

SPEAKING OF PICTURES…
In Paris young lovers kiss wherever they want to and nobody seems to care 

(写真は語る… パリでは若い恋人たちは望むなら所かまわずキスをする。そしてそれを気にかける人もいないように見える。)

『ライフ』誌にはじめて掲載された「市庁舎前のキス」
アプトインターナショナル『ロベール・ドアノー写真展カタログ』1996年
※日本語訳は筆者

掲載されている7枚の写真は、どれも若い恋人がキスをしている。
その場所は、オペラ座、パリ市庁舎、セーヌ川の橋、警備員の前など。

後に発行された写真集に掲載された写真「市庁舎前のキス」には、本人のコメントが付されている。

❝1871年火事で焼けたパリ市庁舎が,1874年バリューとドゥペルトによって再建されたことなど,若いふたりにはどうでもいいことだった.❞

ロベール・ドアノー『ロベール・ドアノー写真集 パリ』岩波書店 2009年


1870年、フランス帝政は、普仏戦争に敗れ、政府はドイツに降伏して臨時政府が成立した。
1871年には、屈辱的な講和条約に反対し、社会主義者やパリの民衆が革命的な自治政府を樹立した(パリ=コミューン)。
このパリ=コミューンは、パリ市庁舎を本部に定めたが、5月21日から臨時政府側と反コミューン派の戦闘が始まり、反コミューン派が市庁舎に近づくと、コミューンの支持者が市庁舎に火をつけたのである(血の週間)。


「血の週間」
奥がコミューン軍。その奥の燃えている建物がパリ市庁舎だろうか。

「市庁舎前のキス」が演出写真であるならば、逆に言うとドアノーのコメントがその演出の意図を示しているとも思える。
どんな場所でもキスをする恋人たちは、パリの革命の歴史の象徴でもある市庁舎の前でもキスをする、という構図の写真を撮るために、比較の対象に市庁舎を選んだのだろう。

あらためて『ライフ』誌に掲載されたほかの写真を見ても、見出しの編集意図に沿った写真が選ばれ撮られている。
セーヌ川の橋では、一人の老女に見つめられながらキスをする恋人たち。
立哨の警備員の脇で、キスをしても咎められない恋人たち。
歩道の通行の邪魔になりそうなところでキスをする恋人たち・・・。

「市庁舎前のキス」が演出写真だったことが各書に記されている。
掲載された雑誌の紙面を見る限りでは、ドアノーの作品を紹介する記事ではない。記事の編集意図に沿って、掲載する写真のカメラマンにドアノーを起用した、というのが実態に近いのではないだろうか。
写真のキスは演出だったのかどうか、というより前に、はじめから雑誌の記事に掲載するために撮られた商業写真だったと思うのが理解しやすい。

☆現在のパリ市庁舎について、吉岡瑞貴 さんが記事にされています。
ご紹介します。

(岡田 耕)

*参考文献(引用のほか)
ロベール・ドアノー『ドアノー写真集 パリ散歩 1932-1982』岩波書店 1998年
『詳説世界史 改訂版』山川出版社 2022年

写真/岡田 耕

ありがとうございました。





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