見出し画像

妻が「薔薇」だということは

【スキ御礼】歳時記を旅する50〔薔薇〕前*ことごとく刺す意あらはに薔薇の棘

童話『星の王子さま』で、王子様がいたという星は、家ほどの大きさだった。そこにある一本のバラは、妻のコンスエロ・ド・サン=テグジュペリがモデルになっているという。
ということは、話の中の「家ほどの大きさの星」とは、作者にとって妻のいる家庭が「星のような家」だったということなのだろう。

二人の現実の家庭が一つの星のようだった、ということはコンスエロの言葉にも見て取れる。

著者アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリは、連合軍の偵察部隊のパイロットとして、1944年7月31日、フランス内陸部の写真偵察のため、出撃後帰還せず、消息不明となる。

その一か月前の6月29日の彼の誕生日に、妻のコンスエロがサン=テグジュペリに手紙を書いている。(原文はフランス語)

レイク・ジョージ、六月末
あなたの誕生日に

愛するトニオ、
 朝6時に起きて、パジャマのまま湖まで駆けていき、足を濡らしました。水は柔らかでした。深紅色の太陽が、隣の山の後ろから出てきました。そして私はあなたのことを思いました、愛する人。あなたのことを思うと、あなたの夢を見るとしあわせです。あなたが世界でいちばん年を取ったパイロットだと知って、心配していますが、もしすべての人があなたに似ていたら!
 村の小さなカトリック教会まで走っていかねばなりません。毎日7時半にミサがあるのです。ここではミサはそれだけです。カトリック信者もカトリックの司祭もとても少ないのです。私は教会の打ち捨てられたようなベンチに座りにいきます。今日、あなたの誕生日に、私があなたに差し上げられるのはそれだけです。だから私は走ります、あなた。服を着なければなりません。教会までは歩いて30分です。
 ではまた。この地球上でもうあなたに会えないとしても、いいですか、私は本当に、神さまのおそばであなたを待っていますから!
 あなたは私の中にいます。植物が土に生えているようにあなたを愛しています。あなたは私の宝、私の世界です。

あなたの妻、コンスエロ
1944年6月29日

コンスエロ・ド・サン=テグジュペリ
『バラの回想 夫サン=テグジュペリとの14年』
文藝春秋2000年
(太字は筆者)

『星の王子さま』はこの手紙が書かれた前年に出版されている。
この手紙を書く時点で、妻コンスエロは作品『星の王子さま』を知っていると思われる。

手紙の後半、妻コンスエロは、地球上ではないところに、「私の世界」を持っている。夫のサン=テグジュペリは、その世界の中で「植物が土に生えているように」妻に愛されている。

地球上ではないコンスエロの「私の世界」は、きっとどこかの星で、そこには夫サン=テグジュペリが植物のようにそこにいる。

妻コンスエロが美しい薔薇に喩えられたならば、コンスエロの世界、地球ではないどこかの星の中にいる夫サン=テグジュペリは、妻からどんな植物に喩えられるのだろうか、と思う。

二人は今、きっとどこかの星で王子様と王女様となって幸せに暮らしているに違いない。

(岡田 耕)


この記事が参加している募集

#読書感想文

191,569件

#海外文学のススメ

3,271件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?