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【書評】渡邉大輔、相澤真一、森直人、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター編『総中流の始まり 団地と生活時間の戦後史』(青弓社、二〇一九)

渡邉大輔、相澤真一、森直人、東京大学社会科学研究所附属社会調査・データアーカイブ研究センター編『総中流の始まり 団地と生活時間の戦後史』(青弓社、二〇一九)は一九六五年に神奈川県の六つの団地を対象として行われた統計「団地居住者生活実態調査」のデータを分析する一書です。一九七〇年代からしばしば言われるようになる「総中流」の生活様式が萌芽した時代において、団地という空間で人々がどのような時間を生きたのか、統計から風景を復元することによって推察してゆくというコンセプトになっています。


小学生が夏休みの生活表に書くような一日や一年を均質に捉える時間意識は、天気や季節に左右される農業中心の社会を考えればわかるように自明のものではなく、近代において、学校・工場・軍隊によって時間観念が身体化され、産業構造の転換によって就労形態が時間によって規律されるようになり、またラジオやテレビなどが開始した定時放送によって生活時間が組織化されたことで、はじめて成立したものです。敷衍して、高度経済成長期の団地は、近代的な時間意識が一般化し、雇用労働者が集合し、居住者がメディア環境のなかで生活していたことから、一九七〇年代に総中流と呼ばれることになる感覚を生み出す母胎となった標準的なライフスタイルが存在していたと考えられる、という仮定から出発するのが第一章「普通の時間の過ごし方の成立とその変容」(渡邉)。しかし統計分析の結果、団地では仕事と家事・育児は性別役割分業による生活が営まれていたことは共通して見いだせるものの、その内実は必ずしも画一的とは言いがたい様相を呈していたらしい、という結論に至ります。妻と夫、平日と休日といったさまざまな要素がいかなる関係によって結び合い、生活時間を規定しているのかを分析する章です。

第二章「団地での母親の子育て」(石島健太郎)では、母親の育児時間を左右する要因の分析を通じて、団地における「子育て」の諸相が描き出されます。本章では、父親が育児参加すれば母親の育児時間が減少する傾向は見られないものの(夫婦の養育時間に総和はないということになる)、未就学児が多いほど母親の育児時間は増加し、就学時が増えるほど母親の育児時間は減少することとなる、という分析ののち、さらに、現在ママ友と呼称される母親同士のコミュニケーション関係がいかなるものであったか推定してゆきます。団地内にはコミュニティ意識が希薄だとされることが多くありますが、実際には、入居の早かった層では同じ団地に住む主婦を全員知っていると解答した主婦が三〇・五パーセントもあり、地縁的連帯はなくとも独自の市民意識が形成されていました。こうしたコミュニティが母親の育児時間に及ぼした影響が数字の上で明らかになってゆくのが本章の見所の一つです。

第三章「団地のなかの子どもの生活時間」(相澤)は、小中高生の生活リズムが整理されたうえで、当時の子供たちを巡る社会状況が描出されます。すでに「四当五落」という語があった時代でありながら、高校生の睡眠時間は平均して七時間であり、それ以下の生徒はごくわずかであった(現在より一時間以上長い)、学習塾に通う子供は一〇パーセントであり、小学校高学年に集中する(現在は高校受験を控えた中学生)……といった興味深い事実が矢継ぎ早に示されてゆきます。子供が労働力となる時代は終わり、放課後は家庭学習とテレビ視聴という画一的で現代的な子供像に接近しつつも、受験が大衆的に受容されておらず、習い事も一般化していないという過渡的なこの時代の様子が垣間見える一章です。この調査の四年後にあたる一九六九年には、三角比を中学校で教えるようになったことなどで知られる学習指導要領の難化が起こり、以後、子供たちをめぐる学習の状況は変容してゆくのですが、一九六五年という単年度の統計ではその事実を加味することができない、というところに統計分析の難しさを見ました。

第四章「団地のなかのテレビと「家族談笑」」(森直人、渡邉、相澤)では、団地生活におけるテレビのありようがテーマとなります。多くの団地で取り入れられた2DKの家庭で六畳間の中心にあったテレビは家族の談笑と不即不離のものであり、一九六〇年のNHKの調査において食後がピークであったテレビ視聴の時間帯は、一九六五年には食事を飲み込む山と二〇時前後のもう一つの山をつくるようになっていました。学歴が高くなるほど増加する読書時間とは対称的に、テレビを見る世帯と見ない世帯の差に学歴は関与しない、という結果から、テレビは国民の「白痴化」を促したものではなく、むしろ社会の情報にアクセスできなかった人たちにとっての強力なメディアであった(佐藤卓己のいう「一億総博知」)とする分析が本章の核でしょう。テレビは全階層の家庭にゆきわたり、かつて街頭で共有されていたボクシングやプロレスの勝敗はお茶の間の家族が共有するものとなってゆきます。朝、支度をしながら時計代わりにし、昼、「ながら見」をして、夜、娯楽としてゴールデンタイムに見るという、一日の中にテレビのある生活が成立した時代です。決して広くはない部屋にあるゆえに家族はテレビを共有し、テレビを囲んで談笑しますが、この風景はまさに、全階層を横断する総中流の母胎となってゆきます。

第五章「団地と「総中流」社会」(祐成保志)は、他の章とは毛色が異なり、団地生活を規定した部屋の構造を歴史的に整理したものです。一九五〇年に持ち家推進の住宅金融公庫法が、一九五一年に貧困層向けの公営住宅法が成立し、その中間層に向けては一九五五年に日本住宅公団が発足しました。この三本柱によって住宅供給体制が整い、一九六六年には住宅建設計画法が成立して一九七〇年度までの一世帯一住宅が目指されます。こうした戦後日本の住宅政策と併走する形で進んだ、東大建築科の吉武泰水研究室の研究、とりわけ団地の標準的規格である「51C型」とその発展が叙述の主眼となっています。

本書で明らかになる一九六五年の団地の生活風景は、従来漠然と想像されていたものをおおかたなぞるものであったり、そこからは逸脱するものであったりとさまざまですが、結局のところは、のちの「総中流」の源流となった、ごくありふれた人々の営みのバリエーションです。しかしそれらを統計分析という社会科学的な手続きによって、より根拠を持つかたちで復元している点に本書が収める研究プロジェクトの意義があることは、言を俟ちません。分析手法は巻末の「「団地居住者生活実態調査」の概要とデータ復元について」(渡邉、森、相澤)に概説されています。

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