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【開催レポート】村上春樹『街とその不確かな壁』読書会 2023年4月16日(日)

2023年4月13日。村上春樹さん6年ぶりの新作長編小説『街とその不確かな壁』が発売されました。
水野ゼミの本屋では、その3日後、4月16日に、本書を課題本とした読書会を開催。
後世にも読み継がれるであろう、世界的な大作家の新作を、発売日に母国語で読むことができる幸運を、皆さんと共有しよう、という趣旨の読書会です。
参加条件は、本書の読了。
650頁を3日間で読了という厳しい条件にも関わらず、5名の方々にご参加いただきました。
お一人は雑誌取材の記者の方。大部の小説を発売3日間で読了して読書会に集まる人々に興味があった、とのことです。
練達の村上主義者(ハルキスト)の会合と思われたのかもしれません。
しかし5名の内、2名は、村上春樹さんの作品を初めて読む、という方でした。

私たちが主催する課題本形式の読書会では、正しい読み方を求めません。
人それぞれに異なる読み方があるので、どのような意見も否定せず尊重する。他者の読み方を知ることで、自身の読み方の幅を広げよう、という趣旨の読書会です。
今回は、性別、年齢、読書歴も異なる方々にご参加いただき、多様な感想、意見、疑問が出ました。
以下はそのご紹介です。書評ではありません。

写真の下からの記述にはネタバレがあります。ご注意ください。

8時30分開店の店舗に、早朝5時半に買いに行った水野ゼミ(松)さん。
「iPhone発売みたいに行列ができるのかと思っていました」とのこと。
8時半まで次のお客様は来ませんでした。

まず村上さんの作品に初めて触れた20歳代の方々の感想は以下の通り。
・ とっつきにくく難しいと思っていたが、同世代の恋愛から始まり、違和感なく読むことができた。
・ 直前にイタロ・カルヴィーノを読んでいたが、共通する何かを感じた。
・ 面白さで言うと、10段階の6か7。面白いが、熱中して読むほどではない。
・ 「イエロー・サブマリン」は曲しか知らないので、ヴィジュアル・イメージは想像できない。

一方、村上さんの作品を読んだことがある方々は、従来の作品と比較した感想が多くなります。
・ 「やれやれ」が登場しない。
 主人公にとっての不測のトラブルが起こらない。トラブルは予測できる想定のもの。冒険や挑戦の要素が少なく、老成した作品という印象。
・ 固有名詞が少ない。
 かつてのきらびやかでポップな彩りを与えてきた固有名詞が減少。抽象度の高い表現が多い。全体的に暗く重い印象。料理の記載も減っている。
・ 過去の作品のモチーフが随所にちりばめられている。この点は「あとがき」で村上さんご自身も書かれている。
 「世界の終りとハードボイルドワンダーランド」その他で多用されたパラレル・ワールドはもちろんだが、高校時代の恋愛、突然の音信不通、学業に身が入らない大学時代、淡々と日々をやり過ごす会社勤め、図書館など、これまでの村上作品を彩ったモチーフがぎっしり詰め込まれている。
 この詰め込み方には、集大成のような印象を受け、最後の長編なのでは、とも感じる。

性描写があまり出てこない点は、従来の作品との違いでは、という指摘もありました。
・ カフェ店主の女性がアセクシュアルである点も興味深い。

また、現在の社会課題も、さりげなく落とし込まれている、との指摘も。
・ 第二部の舞台は福島県。しかし3・11には触れない。
・ ロシア五人組は、ウクライナ情勢に対する何らかのメッセージなのか?
・ 飲酒シーンが少ない。
・ 図書館の民間委託。

先行作品の引用、影響も本書を楽しむ一つのポイント。
・ ガルシア=マルケスは、『コレラの時代の愛』が引用されていますが、作品全体に「マジック・リアリズム」が感じられる。
・ マザーグースも引用されているが、他の点でも影響を感じる。
ちなみに私は水曜日生まれではありませんでした。

謎が残る点も。
・ 名前が付いた登場人物と、名前の無い登場人物との違いは?
・  葱の意味は?
・ 「M**」はどう読む?

読書会終了時には、本書をもう一度読みたい、旧作も読んで比較したい、という方が多かったように思います。
課題本を再読したくなるのは、良い読書会だったことの証左だと思います。
私も少し時間を置いて、ゆっくり再読したいと思います。

「いいよ。ピザは悪くない」
「マルゲリータでいいかしら?」
(村上春樹『街とその不確かな壁』(2023年、新潮社)578頁)

文責:水野五郎

以上

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