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【開催レポート】おいしい流域 第3回 -のり:大森 のりと、経済の、密接な関係-

山から海までのつながりを食を通じて体験する「おいしい流域」イベントの第3回を、東京都大田区 大森にて9月14日(土)に開催しました。

おいしい流域プロジェクトとは?
おいしい流域プロジェクトは、食を切り口に山から川、そして海までの繋がりについて、子どもたちと共に学ぶプロジェクトです。今年は多摩川流域を題材として全6回のイベントを開催し、山の湧水から始まり、川上から海に至るまでの各回を重ねるごとに下っていくことで、水とともに人々が形成してきた流域における食文化と自然環境、土地の歴史や文化について知り実際に食べて触れて体験していきます。

参加者にお配りしている流域マップ

第1回では、水の循環システムの仕組みや山が水に与える影響、第2回では、上流域での川魚の生態系や木の山に対する影響を学びました。
そして第3回となる今回のテーマは、【のり:大森 のりと、経済の、密接な関係】。海苔が成長するためには、太陽の光と、山から川を伝って流れてくるミネラルなどの養分が必要です。今回の舞台である東京都大田区の大森エリアは、かつて海苔の名産地でした。しかし戦後、流域の宅地化や工業化によって海苔の養殖が難しくなってしまいました。海苔養殖が困難になってしまった背景に注目しながら、海にとっての山の恵みの大切さを体験します。

この記事では、「おいしい流域」第3回目の様子をお届けします!




この講義のキュレーター


大森 海苔のふるさと館

平成20(2008)年、「大森 海苔のふるさと館」は、「海苔の本場」とも称された東京都・大森に開館しました。国指定の重要有形民俗文化財「大森及び周辺地域の海苔生産用具」(881点)を含む約150点の資料の展示を中心とした、地域文化の伝承と創造の場です。

・博物館館長 小山さんによる講義「海苔とは何か、歴史から作り方まで」
当館の館長である小山さんより、海苔の生態系や海苔漁業の歴史の変遷を、館内の展示とともに伺います。

まずは、汽水域や海苔の生態系についてお話いただきました。大森エリアでの海苔生産は、江戸時代の中頃から始まりました。しかし、東京都沿岸部の埋め立て計画に応じるため、昭和38年の春にその歴史に幕を閉じました。
かつて東京湾が海苔づくりに適していた理由は、
①波が静かで遠瀬の海であること
②栄養豊富な川(多摩川や隅田川など)が流れ込む汽水域である
ということが挙げられます。川と海が繋がり、栄養が十分に流れ込んできたことで美味しい海苔作りが可能になったということを学びました。

そして1階に移動し、船の模型の前で海苔漁業の歴史についての動画を見ながら、昔の人々がどのように海苔を作っていたのか視覚的に理解を深めました。

海苔を作るには、非常に大変な作業が伴います。
まず千葉の漁場に海苔網を持って行って胞子付けをし、時期になると船で網に付いた海苔を収穫しに行きます。海苔の生産が拡大するにつれて、岸から遠い地点までエンジンのついた船に小舟を乗せ、漁場まで行くようになったそうです。
昼間に海苔を収穫した後、夜中の2時3時から海苔付け小屋で四角い形の枠に海苔を入れる作業が始まります。

太陽が昇ってきたら、天日で干します。乾くとピリピリ!と海苔が鳴く音がするそうです。
昔の大森エリアではこうした海苔づくりを中心とした生活の風景が多くの家庭で見られましたが、それももう見られなくなってしまったことを、少し残念に思いました。

最後に、3階にて展示を見学しました。
展示されている海苔下駄を履き、ヒビ(竹でできた、海中で海苔を付着、成長させる用具)から海苔を収穫する当時の作業を疑似体験しました。

「こんな風に昔の人たちはやってたんだ!」と子供たちも楽しそうに試していました。

・江戸料理研究家 うすいはなこさんによる「海苔焼きの実演」
海苔の基本的な生態および歴史について学んだのちは、江戸料理研究家 うすいはなこさんによる海苔焼きの実演。乾海苔を電熱器で焼き、焼く前と焼いた後の香りや味の違いについて体感しました。

この日は10枚で約400円と2,000円の2種類の海苔を焼きました。
価格が違うとどのように味わいや見た目に変化があるのか?焼くとどのように変わっていくのか?参加者全員でいろんな疑問をめぐらせました。実際に食べ比べると、「全然違う!」とその食感の違いに驚いていました。
ちなみに、歌川広重の浮世絵では、焼いて海苔の色が緑色に変化した様子がきちんと描かれていたそうです。

海苔焼きの後は、暮らしの中でどのように人と海苔が接続していたのかをお伺いしました。
浅草エリアで海苔の生産が盛んになった理由は、江戸時代にこの地域に吉原があり、版元における和紙すき技術が優れていたからです。その後生類憐れみの令で魚を取ることが禁止され、浅草の浜で魚を取るのも禁止されたため、海苔生産が江戸管轄ではない大森の方に流れてきました。
江戸時代には、焼き海苔は鯛一尾よりも高価だったため、献上品としてそのまま食べられることが多かったそうです。
海苔が高価な理由には、
①光合成が必要であるため、室内では育たない
②海の温度が高いと海苔が付かない
③湿気を避けるのが大変
といった生産条件の厳しさが挙げられます。
海苔は、夏の間は貝殻の中で過ごし、水温が上がると胞子が貝殻から出てきて、それが竹や網に付いて伸びてきます。当時海苔が網に付くか付かないかは運であったことから、海苔は「運の草」と呼ばれていました。その後養殖により生産が安定し、一般庶民の食卓に海苔が並ぶようになったのは明治に入ってからのことでした。現在でもお歳暮で海苔を送り合うのは、「来年良い運が付きますように」という意味があります。

浜辺の見える場所で海苔を巻いたおにぎりを 

かつて漁場であった浜辺が見える当館の飲食スペースで、うすいさんにお話をいただきながら塩むすびに海苔を巻いて食事を取りました。「海苔さえあればおかずになるね」「素材の味が美味しい!」といった声が上がっていました。

塩むすびと焼き海苔

「おむすび」と「おにぎり」の違いについて、うすいさんに説明していただきました。一般的にイメージされる三角形のものは、「おむすび」です。山を見立てて三角形に形作ることで、古くから山にいると信じられていた神と自分達を結び、食べ物をもたらしてくれるように祈った御供物でした。一方で、「おにぎり」は武士など働く人たちのためのエネルギーチャージのためのご飯。一粒でも多く含むことができるように、固く握ったそうです。

自由時間にもかかわらず、江戸暮らしを実践されているうすいさんのお話に釘付け。

海苔生産は、中国が700年代からの長い歴史を持っているものの、日本の技術は世界でトップレベルを誇ります。その理由は、日本が和紙すき文化を持ち、高い技術と手間暇をかけて生産者たちが海苔をつくってきたからです。また、日本の海苔は実は正方形でつくられていない、というお話も印象的でした。日本では古くから1:1.14が黄金比とされ、正方形は避けられてきました。海苔も、19cm×21cmでつくられています。参加者の皆さんは、「じゃあお重はどうですか?」「酒枡は正方形ですか?」と、皆さん興味津々で質問され、海苔から日本人の精神性についての気づきを深めていました。

問屋街巡りでお土産の購入を!

ふるさと館を後にし、一行は海苔の問屋街へ。
江戸時代から培われてきた伝統は、生産が途絶えても海苔の流通業の中に生きています。大森周辺は海苔問屋が多く、現在も海苔流通網の重要な拠点の一つとなっています。当日はその中でも歴史のある2つのお店へ向かいました。
1店舗目は「大黒屋」さん

大正時代から和菓子屋として店舗を構えるこちらでは、海苔を使用した海苔大福と海苔ドーナツを販売しています。こちらに立ち寄り順々におやつを購入後、4代目である店長にお店についてのお話を伺いました。
海苔大福は、「周辺に海苔問屋さんが多いから、大森にちなんだお土産を作りたい」として先代が考案したもので、香り高い高知の四万十の青海苔を使用したお菓子です。実際に購入し食べた参加者は、「ほんのり青のりの味がするけど、甘さを邪魔をしていなくて美味しい!」と言っていました。

現店長は、海苔大福よりもさらに賞味期限が長く楽しんでもらえるものを販売するため、海苔ドーナツを考えたそうです。海苔ドーナツを食べた参加者は、「中身が緑だ!」「香りがすごい!」と声をあげていました。

海苔をお菓子に使用する上では、海苔の味や香りが毎年少しずつ変化することを踏まえ、海苔が実際に手元に届いてから毎年レシピを変えるなど、お店の工夫が窺えました。また、海の海苔から作ると色が悪かったり香りが出なかったりするため、大黒屋さんでは川海苔を使用しているそうです。

2店舗目は、「海苔の松尾」さんへ。
海苔の養殖発祥地であり、海苔の本場として知られている大森の地に、寛文九年(1669年)に創業。350年、絶えることなく品質第一の海苔づくりの伝統と心を伝え続けている海苔の名店です。

大森での海苔の周辺産業や海苔の目利きについてお話をお伺いしました。
海苔の見本を500種類ほど集めて味見をし、ほしい海苔を決め、入札し販売するのが海苔問屋のお仕事です。「どうやってたくさんの海苔を見分けるんですか?」という参加者からの質問に、「500円と1500円の海苔では、顔つきが違う。」と答えられていたのが印象的でした。生産者がどれだけ手間暇かけて育てた海苔なのかは、色やツヤを見ればわかるそうです。近年は11月頃の雨がなく水温が高い、プランクトンのせいで海苔が黄色くなってしまう、などの理由から特に海苔が大不作で、相場の3倍の額を支払って購入しているため、この「目利き」によって本当にほしい海苔を見分けることがより重要になっているそうです。

最後に


海苔は生産に手間暇がかかる分、決して安いものではありません。しかし、ハレの日には良い海苔を、日常使いではちょうど良いものを、と使い分け、買い物時には海苔屋さんに直接足を運び、自分で海苔を選ぶようなツウになってほしい、というお話を最後にはなこさんからしていただきました。
1日を通し、海苔の漁業から周辺産業までをさまざまな方からのお話を聞きながら学びを深め、中流域がどのような構造であるのか、海にどのような影響をもたらすのかを知ることができました。
次回は調布市の深大寺にて湧水とわさび農園の見学を通し、多摩川流域の住宅化が生態系にもたらす影響について学んでいきたいと思います。

詳細は、こちらからご覧ください。


今回お邪魔した場所


📍大森 海苔のふるさと館
海苔の作り方や歴史にあらためて注目しながら、大森における地域文化を学ことができる博物館です。どなたでも無料で入ることができるので、お友達やご家族とぜひ足を運んでみてください!

📍御菓子処 大黒屋
 〒143-0011 東京都大田区大森本町2丁目31−9 大黒屋菓子舗

📍海苔の松尾
 〒143-0012 東京都大田区大森東1丁目6−3 松尾ビル


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