見出し画像

地球に学ぶ森の学校

#こんな学校あったらいいな


やっと新年度がはじまった。

まだ肌寒い春のはじめ、冬用のジャンパーを頭から被り、白い息を吐きながら学校へと向かう。こんな程度の寒さで服を着込んでいると、きっとシロクマやオジロワシに馬鹿にされるんだろうな。

森はすっかり葉を落として裸のままだが、気の早いブナの木々だけが、うっすらと葉を貯えており、こんな寒いのに春は近づいているのが感じられる。さくさくとした落ち葉を小気味よく踏み歩きながら、浮き足だった気持ちで学校に着いた(教科書もノートもないので、文字通り、身体は軽いわけだが)。

画像12

**********************************

深い森の奥に学校はある。それは昔に栄えた人間の遺跡であり、いまは森の学校となり生まれ変わった。なんでも宗教的な儀礼に使われていた場所らしく、自然に馴染んだ美しさを感じられる。ぼくはこの場所がお気に入りで、ここを学校に選んでくれた地球校長は、やっぱり何でもお見通しですごいと思う。

画像14

**********************************

教室に着くと、真っ先に目に飛び込んでくるのが、巨大な図体の熊さんだ。熊さんは昨年度の冬の天文学の授業中、ぱたりと冬眠に入ったまま、同じ席に突っ伏している。学年は2年生から3年生に変わっているわけだから、先生たちがなんとかして運んできたのだろう。一体、どうやって運んだのかぼくには想像もできない。

熊さんはすごく獣くさいけど、冬でもとても温いので、体温調節のできないトカゲやヘビがたくさん身体に引っついている。本当なら冬眠すれば良いのだが、みんな勉強熱心だからなんとかして学校に来ようとして、熊の身体に引っつくことにしたようだ。

**********************************

「おはよう」とカラスが声をかけてきた。

「おはよう」と挨拶を返す。カラスは気まぐれなので、学校には来たり来なかったりで自由なやつだ。クラスメイトともあまり連まず、一人(一羽)であっけらかんとしている。ぼくはカラスから遊びを教えてもらうのが好きで、真面目なぼくには到底思いつかない遊びを飄々とやってのけるカラスに、少しだけ憧れをもっている。

画像11

**********************************

教室の窓際には、ユリカモメやハクチョウなどの渡り鳥たちが並んで座っている。教室に入ってきたぼくには気づかず、窓の外を気にしてみんなそわそわしているみたいだ。彼ら・彼女らは渡りという長旅を控えていて、冬が終わる頃に温かい南方へと飛び立たなければならない。渡りのタイミングを逃すまいと、しきりに外の気候を気にしており、それで落ち着きがないのだ。旅の話を聞きたいのだけれど、いつも学期の途中でいなくなってしまうから、最後まで物語を聞けたことがない。

画像10

カリブーなんかはもっと凄くて、ある日突然、大群で学校にやってきたと思ったら、一日を待たずしてどこへと消え去ってしまうのだから。そんな生き方もあるんだな。ほんと風みたいだ。

**********************************

「ウォゥーーーーー・・・」

外から遠吠えが聞こえてきた。オオカミに違いない。オオカミは先祖代々伝えてきた知恵があるため、大地のことには一際詳しく、学校に来る必要なんてないように思えるが、いつも教室の外から授業を見ている。物静かで聡明なため、本当の気持ちはわからない。雪原を一人(一匹)で走るときの姿はかっこよくて、孤独に負けない心の深さをもっているんじゃないかなと想像している。

画像9

ほかにもカバがあくびをしていたり(ぼくのからだの倍くらい大きな口!)、ライオンが寝そべっていたり(寒いのが苦手みたい)、羊と山羊がおいしい草の情報を交換していたり(毛皮があるから寒いのは平気)、リスが木の実を運んで学校に隠していたり(忘れっぽいから、ほとんどの木の実は次の年度に発芽して木になっている)、みんな元気そうだ。

**********************************

一通りみんなを見渡した後、ぼくは自分の席(席といっても机や椅子があるわけではなくて、なんとなくここらへんに座るみたいな場所)に向かう。みんなは野生の感覚で、自分の居場所を見つけるのが得意だから良いけど、ぼくにはそれがないから、3年目にしてようやくそれっぽい場所がわかるようになってきた。

「今年はトキがいないね」

オランウータンが話しかけてきた。本当だ、トキがいない。よく見るとほかにもいない動物がちょこちょこいる気がする。クラスメイトが減っているのに気づかないなんて、なんて僕は脳天気なやつなんだ。きっとこれもぼくたち人間のせいなんだろう。

先ほどからシロクマさん(熊には「さん」付けしたくなる何かがあるのだ)が、しきりにマグロに遠くまで泳ぐコツみたいなものを聞いている。よく見るとシロクマさん、昨年度末よりも少し痩せているみたいだ。北極の氷が減ったせいで泳ぐ距離が増えているんだと、オランウータンが教えてくれた。

そうなのだ、みんながこの学校にきているのも、いまの地球の現状が知りたくてやってきているのだ。最近の変化は何がどうなって起きているのか、これから何が起きるのか、僕たちはどうすればいいのか。みんなそれを知りたがっている。そして、この変化に、僕たち人間が大きく関係していることがなんとなくわかるので、ぼくはいつも申し訳ない気持ちになってしまうのだ。

画像7

**********************************

地球校長は、突然に話し始めた。

出欠はとらないし、ちゃんと話を聞いているか確認もしない(これでどうやって成績をつけているのだろうか)。いつもふいに昔話を始める。僕たちには到底理解できないスケールの話。もしかしたら、何億年と生きている地球校長にとって、目先の数年の話は取るに足らない時間なのかもしれない。校長の話は、いつも壮大で、神話のような出来事に満ちている。それはぼくたちの知りたいこととは違うのだけれど、不思議と引き込まれる魅力があり、大事な何かが語られている気がして、みんなこうしてここにいるんだと思う。

きょうは何千年前かに、彗星が校長の側を通り抜けた話で授業は終わった。やっぱり校長の話はよくわからない。2年生のときに屋久島で課外授業があって、千年以上生きた杉の老木さんに聞いたことがあるけど、千年生きていても地球校長の考えていることはわからないらしい。果てしない話で気が遠くなってしまう。

画像8

**********************************

校長の話が終わると、みんなバラバラに帰ってしまった(冬眠組は相変わらず教室で寝たままだけど)。ぼくはというと、一人居残り授業だ。生きていくのに大切なことは、大抵ほかの動物たちや先生から教わるが、お金のことだけはどうしようもない。人間の先生にきてもらい、お金の授業を受ける。これが人類を発展させてきた源であり、また地球に変化を起こしている源でもあるから、みんなには後ろめたいけど、ぼくは一生懸命勉強している。

**********************************

授業の帰り道、カモシカくんに教わった走り方で斜面を走っていると、風先生と川先生が話しかけてきた。

「深く考えんでいい。誰も人間を責めてはいない」

「みんな自分の運命には逆らわない。為すべきことを為そうとしているだけ」

先生たちの話はありがたいんだけど、考え方のスケールが違いすぎて、ぼくにはよく分からないときがあるんだ。

でも、地球校長が学校に選んでくれた昔の遺跡のように、自然とうまくやれる方法がある気がするんだ。それを見つけたら、いつか風先生に乗って地球中を飛び回り、みんなに教えてあげるんだ。タンポポの花にメッセージを添えて、地球中に飛ばすんだ。そうしていつか、堂々と森の学校で過ごせるようになりたいんだ。

画像13

**********************************

帰る途中、学校を振り返ってみると、去年よりも植物が増えているのが分かる。渡り鳥たちが、どこぞの地域の種を運んできたに違いない。見たこともない植物がたくさんだ。そして、どこか遠くのほうで氷河の崩れる音がする・・・。

もしかしたら間に合わないのかもしれないなーーーー。

ふいに情けないことを思ってしまった。

ぼくたちの速度では、もう間に合わないのかもしれない。

それでも、明日は学校に行かないと。

大昔の話を聞きながら、みんなの知恵をもらいながら。

いつか遠い未来の学校でも、地球校長の話が聞けるように。

地球が救われた物語として、後世に遺るように。

画像1

画像2

画像3

画像4

画像5

画像6

**********************************

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?