生きる事は死ぬ事。
2024年11月12日 火曜日
前にも書いたことがあるが、仕事の移動中に私はaudibleという「聴く読書」のアプリを聴きながら仕事をしている。
書籍を買い、読む時間を確保していた頃より桁違いに読む(聴く)量が増えた。
分野は特に拘らず、面白そうだと感じたままに聴き耽っている。
最近は財務や経営の本が多かったが、今回「ひすいこたろう」さんの「あした死ぬかもよ」という本を読んだ。
自己啓発寄りの本だが「死」を意識して初めて人は生きることの大切さを知るというのが本筋の話になると思う。
まだ全て読み切っていないので、感想を書く事はしないが半分ほど読んだ段階では、とても読む価値を感じた。
ここからが私の本題。
私個人の死生観について書いていきたい。あくまでオッサンの勝手な死生観なので、まぁそんな考えもあるか…程度に思ってもらえればありがたい。
幼少の頃…と言っても多分小学校を卒業する辺りくらいまで、私は「死ぬ」という事にひどく恐怖を感じていた。
少し周りの友達よりも「死」というのをリアルに感じていたのかも知れない。
存在が消えてなくなり、死んでしまった人には金輪際二度と会う事はできなくなる…自分が死ぬという事ではなく家族や親しい友達にそんな運命が襲いかかったりしないだろうかと事あるごとに怯えていたのを強く記憶している。
時には、もしそうなったら…という想像をしてしまい泣いてしまう事も多くあった。
特に親がいつか必ず居なくなるという事に対して過剰なほど怖さを感じていたし、深い悲しみも感じていた。
それから思春期を経て、成人して、何年かした頃に、大親友が病で他界した。
その年に同じくして祖母や叔母も亡くなってしまった。
人は驚くほどあっさりと、二度と会えない存在になってしまう事をこれでもかと痛感した。
「致死率100%の緩やかな死を人は生きている」
これが私の死生観になった。
生まれた瞬間に、必ず死に至る厄介なウイルスに罹患してるようなもの、それが人生なんだと思う。
生物史上、このウイルスを克服した個体はいない。
その上で私たちは前にしか進めない列車に乗ってるのだと感じている。
振り返れば、過ぎ去った景色が見えるが列車はゆっくりと、だが確実に前にしか進んでくれない。
戻りたくても戻れないのだ。
そうしてすぎた景色にばかり目を奪われていると、まさにいま通り過ぎかけている駅までも見逃してしまう。
そんな死生観を持ち始めてから、私自身すごく変化したように思う。
なるべく前の景色を見逃さないよう、すぎた景色に目を奪われて今を逃さないようになった。
誰に叩かれようと、自分が正しいと感じた事は伝えるようになり、笑われても気にしなくなった。
そういう事を気にしていても、気にしなくても、車窓の景色は淡々と流れて行くのだ。無情にも。
致死率100%のウイルス感染者なのだから、やりたい事、やらなきゃならない事をやり続けなければ、いつか到着する終着駅で大後悔の中、消えて行くのは確実だからだ。
正直、この感覚は自分にはとても大きな決断力を与えてくれたと思う。
他人にどう思われるか、失敗したらどうしようか、嫌われたら…などの「無駄な迷い」に時間を使うことが無くなったのだから。
「こんな未来に辿り着きたい」という子供みたいな夢があり、そこに辿り着くには何をどうしなきゃいけないのかを割と細かく分解していく。
そうして行くことで、今やらなきゃならないだろうなという事が(もちろんミスも多々あるが)なんとなく見えてくる。
ダラダラと過ごす事もあるのだが、常にやるべきことが頭にあるのは、言い換えれば「生きがい」とも言えるだろう。
また自分が致死率100%の感染者なのだから、もはや意見を述べることに怖さを感じなくなったのも大きい。
もちろん人を圧迫するような物言いは絶対にダメだが、例えば会社の中で「それはどう考えてもおかしい」ということに対しては、立場や力関係を考慮に入れる事なく発言するようになった。
中には疎ましく感じている上司も居るだろうが、もはや関係ないのだ(笑)
決して負かそうと思ってるわけではない。人として、社員として、それは不条理ですよと思う事は声にすべきだと思っているだけだ。
長々と書いたが、この死生観にたどり着いた時、心がずいぶんと軽くなった。
「いつか死ぬんだから、やるしかない」
そう思えたのだ。
最初に書いた「あした死ぬかもよ」の中で出てきた言葉。
「明日死ぬとしたら、あなたは今と同じ悩みを今日も考えるか?」
「半年後に死ぬとしたら、今の仕事を続けるか」
この2つは、皆さんも少しだけ考えてみて欲しい。
正解はないのだろうが、自分の中の一つの答えはぼんやり見える気がしている。
生きるという事は、つまり、死に向かい続けるという事だ。
止まる事なく、容赦なく、そうなのだ。
その中で何をいつ始めたって、常にその時がその先の人生の中で最速のスタート地点だ。
そう思えば、なんか少し勇気も湧くと私は感じてる。
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