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凡庸なアリスは意趣返しがお好き

「春だね、有栖川ありすがわ

「そうだな」

「なに、その返し? 退屈~」

「言わなくてもわかるだろ? いまが春だってことくらい」

「ああ、これだ。ハンナ・アーレントが言うところの凡庸ぼんような悪党なんだ、君は」

「またはじまったか。凡庸でけっこうだよ。人生とは凡庸であるべきだ。いや、むしろ凡庸であるほうがよい」

「誰の言葉?」

「俺」

「死ね」

宇佐木眠兎うさぎ みんと有栖川達也ありすがわ たつやは、放課後の教室でとりとめのない会話に花を咲かせていた。

「桜はまだかな~」

「そのうち咲くだろ」

「うわっ、つまらないやつ! 桜が楽しみじゃない人間なんて存在するんだ!」

「人それぞれ、だろ?」

「なになに? 今日はどうしたの? 仙人みたい。白いおひげとか生えてないよね?」

「おまえに言われると恐縮だな、宇佐木?」

「こわっ! 逆にこわっ! いったい何があったの!? ヘンなものでも食べちゃったとか!?」

「おまえのざれごとだったら、腹いっぱい食ったかな」

「やばい、なんかやばい、この人……」

「そろそろ帰るぞ、宇佐木」

「話を反らしてるし……」

「いまは少しだけ、凡庸じゃなかっただろ?」

「はへ?」

「なんでもない、なんでもな」

「なんか腹立つ。有栖川のくせに」

「フーガス、食ってこうぜ? おごるからさ」

「どういう風の吹き回し? 今日の有栖川、なんだかヘンテコだよ」

「さあな。風と同じさ、気まぐれなんだよ」

「うわ……」

「ウサギが来ないとずんたった~、アリスはさみしいずんたった~」

「きもっ! てかそれ、僕のセリフ!」

「おいでなさいな、ウサギちゃん?」

「ひ、ひえ~っ!」

「手でもつなぐか?」

「ああ、きもっ、きもっ! 有栖川の財布がからっぽになるまでおごらせてやる!」

「ふ~ん。じゃあ、おなかがいっぱいになって動けなくなったウサギちゃんを、ふふっ……」

「こ、こわすぎる……」

「ほら、日が暮れるぞ?」

「あ、ちょっと、待ってよ有栖川っ!」

このように珍しく、宇佐木眠兎は有栖川達也から盛大な意趣返いしゅがえしを食らったである。

青春を支配する神は、実に気まぐれなのだ。

アリスの高い背中を追いかけながら、ウサギはしっかりと、三拍子のステップを刻んでいた――



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