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くぅちゃんのお墓がみえなくなった

『 引き落とし結果のご案内がございます。』
携帯を開くとメールが届いていた。

自宅の椅子に腰掛けてドリップコーヒーを飲みながら、「あ。しまった」と呟いた。

カードで引き落とされる口座に、追加で3000円を振り込んだのだけど、足りなかったのだろう。

そんな気がしていたので、特別驚くこともなかったけれど、外に出るには少々腰が重かった。

外出自粛要請を受けて改めて気付かされたのだが、私は出不精な人間だったのだった。

支払い方法を調べ、アプリを取得した。

その作業に疲れたので、携帯をテーブルの上に置き、コーヒーを啜った。

なかなか美味しいコーヒーだった。


それが昨日の午後のこと。

昨日の私に支払いを任された今日の私は、近くのコンビニへと向かっている。

昼前に家を出た。

10分程度で着くというのに、少し歩いただけで、もうじっとりと汗をかいている。

春の陽気に似つかわしくないサイズの大きなセーターを腕まくりをした。くすんだピンク色をしている。

大きなサイズにしたのは、その方が可愛いと思ったからだったが、洗濯で伸びてしまったのか不格好な気がする。

戻って着替えればよかったと一瞬後悔した。

こんなに暑いなんて。昨日は部屋でストーブをつけていたのに。

ゴールデンウィークは、例年通りちゃんと暑くなるのか。不思議だ。

去年の今頃、ノースリーブで街を歩き回ったことを思い出していた。


春の陽気というか、なんだかもう、初夏の雰囲気だ。


コンビニに行く前に、くぅちゃんのお墓に行こうと思い、大通りを曲がって脇道にそれた。

前を歩いていたおじさんも曲がった。

私と同じようにお参りしに行くのかもしれない。


ペットの共同墓地にくぅちゃんは、眠っている。

ベランダから白いとんがり屋根をしたお墓の先っぽが、ほんの少し見えていたのに、青々と繁る木々に遮られたせいか、昨日はいくら探しても見えなかった。

お参りするのは、1ヶ月ぶりだった。

桜の木は、全部すっかり緑色になってしまった。

代わりに色とりどりの花が咲いている。

気持ちよさそうに、小鳥が鳴いている。

川に架かる橋を渡って、お墓へ続く急な坂道を上る。

前を歩いていたおじさんは、橋を渡ったところの分かれ道で別れしてしまった。

同じ目的で歩いていると思っていたけれど、どうやら違ったらしい。

誰もいないので、張り付くマスクを耳にかけたままずり下ろした。息が苦しい。

息を切らして、坂をのぼりきると、目の前には白い屋根のお墓があらわれた。陽の光を受けて、輝いている。

相変わらず、溢れんばかりの花に囲まれている。愛でいっぱいだ。

初めてここに来たときは、たくさんのチューリップを持って行ったのに、全く目立たなかった。

東京のお花屋さんを辞めた日にもらったチューリップのブーケ。お花屋さんには、たった1ヶ月半ぐらいしかいなかった。

二度しか一緒に働いていない仮店長の青年は変わり者だが優しい人だった。

たまたまお揃いの靴だったので、気恥ずかしかった。紺色のニューバランス。

なんで仮なのかは、話せば長くなりそうなので、またいつか話そう。
そのチューリップブーケが埋もれてしまうぐらいお花がたくさんあった。

みんな愛されているんだ。平和だ。

お墓の前で私は、くぅちゃんのことをまるでそこにいるかのように思い出していた。

撫でたときの背中の触り心地。艶かな毛並み。

寂しいと鳴くのに、近づけば逃げてしまって、多分お互いに寂しくなったこと。

顎を撫でると、幸せそうに顎を突き出すものだから、ライオンキングのシンバみたいにしゃくれること。

足の間で安心して眠ってくれるのが嬉しかったこと。

あんまり鮮明に思い出されるものだから、愛おしさに涙が出た。


あのね、くぅちゃん。
くぅちゃんがいないから、テトはどうすればいいのかわからないのか、ずっと鳴いてるよ。
テトは、人懐こいトラ猫で、くぅちゃんは、おとなしい性格のキジ猫。
テトはくぅを追いかけて、真似っ子をしていた。くぅちゃんの座ってるところに突撃して、その場所を取るのが日課だった。
嫌がりながらも、くぅちゃんはお気に入りの場所を譲った。
(テトは今は、父の椅子をとる趣味がある。隙あらばだ)
それでも一緒にくっついて眠ることもあったり、なんだかんだ仲がよかったように思う。

幸せをいっぱいありがとう。
ありがとう。

そう伝えた。

愛がいっぱいの幸せなお墓でよかった。天国みたいなところだな、とやっぱり思う。

今度は、お花もってくね。三人でも来るね。弟にも会いたいね。


お辞儀をして、坂を下った。


コンビニへ立ち寄って、無事に支払う。頼まれた買い物を済ませて帰宅した。


「ただいま」
汗をかいたので着替えると、ラーメンが待っていた。


「くぅちゃんのとこ、わたしも行くんだったのに」

母がそう言ったので、夕方になる前に、またくぅちゃんのところに二人で立ち寄った。

私のいない間に出来た蜂蜜屋さんに行って、蜂蜜も買った。


今度は、薄手の長袖で。でも、やっぱり半袖にすればよかったなぁと思った。

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