見出し画像

何者でもない母が noteを通じて「自分の畑」を耕す

今日も読んでくださりありがとうございます

たまに
「何のために noteを書いているのか?」とか
「noteを書いて 有名になりたいの?」とか 質問を頂くことがある
私は何者かになりたいのか? 今日はそんな話を書いていきたいと思う

noteを書き始めたきっかけ

私がnoteを書き始めたのは 
長男が不登校になる直前の 一年前の2022年の9月

当時は ワーキングマザーとして悩んでおり
「このまま 働きづめで 私の人生良いのだろうか」
そんな思いで このnoteを書き始めたのだった

それから 早いもので一年余り
次第に 不登校になった長男のことを中心に
このnoteを書き重ねることになった

過去の記事を数えてみると 
この記事を含め すでに82記事にもなった

1か月に 数回記事を投稿してきたが 
「ちりも積もれば 山となる」とは この事なのだろうか

なんのためにnoteを書いているのか?

ありがたいことに 私のこの拙い文章を読んでくださる方が
少しずつ増え 時に 「スキ」や「コメント」を頂き
みなさんからいただくリアクションに 
とてつもないパワーをいただき それが大きな励みになり 続けられている

noteを通じて、何者かになりたいのか?

たまにだが
「何のためにnoteを書いているのか?」とか
「有名になりたいの?」とか 質問を頂くことがある

だが残念ながら 私は何者でもない

誰かの役に立つ情報を載せているわけでも
キラキラした生活をしているわけでもない

普通の生活で起こる 日々のたわごとを綴っているだけである

自分の意見を述べること

私はどちらかというと 思っている考えを
表側に出して生きてきた方である

なので 人が集まる場面でも 自分の意見を述べたりするのは
苦にならないタイプだった

それが良いことばかりではないと思うが
これまでは「黙っていては何も変わらない」と思って 生きてきた節がある

話すよりも「書くこと」が性に合う

初めての場でも 臆せず話すので
話すのが苦手とは思われないのだが 実はそんなことはない

頭でじっくり考える前に 口から言葉が零れ落ちてしまい・・・
その結果
「あんなこと言うんじゃなかった」とか
「もっと言葉を選べば良かった」とか くよくよと後悔するのである

口を開くと 自分のポンコツさが際立つので
お母さんたちが集まる幼稚園のバス停では
本を読むふりをして 寡黙な人を装ってみたりする

その一方 文章を書くことは 何度も書き直せるし
じっくりと言葉を 選ぶこともできる

書くことで 「自分の思考」が見えるようになり 整理されていく
それによって 次の行動に変えていける気がするので
 (気がするだけ)
書くことの方が 実は性に合っているのだ

誰かの発信に共感し「コメント」や「いいね」を寄せること

ここ3年ほど 
SNSを見たり ラジオを聴くことが習慣化しているのだが
好きな 発信者の方が 発信した情報に
共感すれば 共感コメントを届けたいと思うし 
いいねを押すことも忘れない方だ 

自分の感じたことを その熱量で すぐアウトプットすることは
自分の感情の揺れ動きを 捉える意味で すごく大事だと思っている

それなので その「気づき」を 分けてくれた
発信者に 感謝の気持ちを込めて
「コメント」や「いいね」を することは 
無理をしているわけでなく 私の率直なアクションなのである

だがしかし 私にとって
誰かのフィールドに コメントを寄せることと
自分のフィールドで 自分の言葉を書き連ねることは 似て非なるものなのだ


誰かのフィールドに コメントを寄せることは
その発信者を「応援したい気持ち」
または「共感しました」を 届けたい気持ちなのである

だが 誰かのフィールドに 寄せるコメントは
私の言葉であることは 間違いないのだが
それには 言葉を選んだり 削ったりという作業が生じる

自分がどんなに 丁寧に言葉を選んでも 発信者にどう届くか
それを読んだ 読み手が どう受け取るかによって
発した言葉は歪み 形を変えてしまったりする

「自分の畑を耕す」ということ

だからこそ
誰かのフィールドではなく 
自分のフィールドを持ち 
そこに忖度のない言葉を 書き連ねること
それが 私にとっては 何よりも 大事なのである

それは 他人の畑ではなく
「自分の畑」に 種を蒔き 肥料を与え
時に 上手く育たなくても 
蒔いた種がどんなふうに育つか 見届けるようなことに 似ているかもしれない

何者でもない者の「たわごと」が 誰かに届く

インターネットが この世に生まれた事によって
何者でもない私が 
自分の手帳に 日記のように綴るしかなかったたわごとが
こうして 見ず知らずの方に 届けることができる

何者でもない者の たわごとが
読んでくださる方の 思考や感情を 少しだけ揺さぶり
読んでくださった方の なにかと繋がる
そういった連鎖が 少しずつでも 続くなら・・・と思ったりする

たとえ 誰かに届かなくても

たとえ ここに綴る言葉が 誰にも届かなくなっても
自分の言葉を手に取り 育て 耕してみる
たわごとでも良いから 私はそんなことを続けていきたいと思う

頭の中にあるものは いつか消えてなくなってしまうから
何者でもないからこそ 何かを残そうとするのかもしれない 

あなたの自分らしさを 表現できるものってなんですか?
ファッションでも、音楽でも、ダンスでも、おしゃべりでも、文章でも何でも良い

好きなことで 自分の畑を耕してみませんか?



この記事が参加している募集

私のストレス解消法

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?