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[ショートショートJAZZ] SALT PEANUTS

これはジャズスタンダードの曲に着想を得た、オトナのショートショートです。楽器ではなく、文章でアドリブを取ってみました。
それでは、ショートショート JAZZのナンバーから「ソルト・ピーナッツ」、どうぞお楽しみください。


「アキちゃん!おまたせ~」

表参道駅に響く、ナツオさんの大きな声。
目がチカチカするほどのド派手な格好に、ギョッとする。

「ちょ、ちょっと!なにその浮かれたジャケット?今日は父さんとの会食だって言ったじゃない」

なんで普通の格好ができないかなぁ。
いったいどこで売ってるのよ、ソレ。

「だーいじょーぶだって!おとーさんのハート、がっつりキャッチするから。ね!」

ナツオさんは、父のことを知らなすぎる。

彼の能天気な性格は、アタシをヒヤヒヤさせる。それでいて、妙に鋭くて、策略家なところもあるから、時に驚かされるのだけど。


アタシの父は、家業を継ぐ3代目。時代の流れに取り残されそうになった会社を、見事に生まれ変わらせた。

いわゆる、鬼社長だ。

根っからの仕事人間で、たまに家に居ると、家族に対しても厳しい目を向ける。心の中を見透かされているようで、アタシは父の前ではいつも萎縮しているような子供だった。

社会人になって実家を出ると、2ヵ月に1度の「父との会食」が予定されるようになった。姉とアタシは、近況報告が義務付けられ、お金や生活に関わる重要事項は、その場で父に判断を仰ぐことに。

家族が集まっても、家族団らんとはならない。なぜなら父は、導火線が短い、瞬間湯沸かし器だ。一度爆発すると、手がつけられなくなるので、発言と言動には常に気をつかう。

これまで何度、会食が地獄と化したことか・・・。
ナツオさんは、まだ知らない。


「アキちゃん、だいじょーぶ?さっきから顔色悪いよ?」

そうね。さっきからお腹もキリキリいたいわ。

「おとーさんにお土産持ってきたよ!ふふふ」

「え?なんで?手土産はいらないって、あれだけ言ったじゃないの」

いーのいーのと笑うナツオさん。彼はまだ知らない。
父さんは、独自のルールを持つ美食家だ。

出されたワインが気に入らなくて、テーブルをひっくり返したこともある。肉料理が運ばれているタイミングで白ワインを注がれたことが、気に入らなったらしい。

『肉には赤だろー!赤に決まってるだろーが!おまえー!そのソムリエバッジは偽物か?あ~ん?!』

テーブルが倒れ、ステーキと白ワインが宙を舞う。父はソムリエにつかみかかり、『あなたやめてー!』と太い腕にしがみつく小さな母を振り回しながら、『おんどりゃー!』と野獣のように吠えていた。

ああ恐ろしい。

あの日以降、会食は可能な限り、テーブルが固定されているお店で開催されるようになった。


指定されたお店に到着すると、母と姉が先に個室で待っていた。

二人にはすでにナツオさんを紹介してある。「久しぶりね。お元気?」なんて盛り上がってる間に、アタシはテーブルの下を覗く。

よし。脚は固定されている。

今日の会食で、アタシは父さんを怒らせる可能性が大いにあるのだ。


まず第一に、ナツオさんとの起業について。
家業を継いでほしいと直接言われたことはないが、父の期待を感じないわけではない。家業を否定しないように、気をつけなければ。

第二に、ナツオさんとの同棲について。
これに関しては、まったくもって未知数だ。

あの姉でさえ、きちんとしたボーイフレンドを3度紹介して、3度とも撃沈している。直近の彼なんて、泣きながら店を飛び出していったではないか。

恋人としてナツオさんを紹介したら、どうなることか・・・。
勘当されても驚かない。


「待たせたね。始めようか」

きた。父がきた。

どうやってナツオさんを紹介しよう。

起業のパートナー?それとも同棲相手?
どっちの話のほうがスムーズにいくの?!

あぁ、わからない。

口が乾く。言葉が出ない。

役に立たないアタシをスルーして、ナツオさんがぴょこぴょこと父の側にかけ寄る。

「社長!どうも、こんばんは!」

「おー!ナツオ君じゃないか。素敵なジャケットだね」

「今日のために新調したんですよー☆」


え!?どういうこと?

二人は知り合い?!

「先日、ナツオ君が会社に来たんだよ。起業の話もぜんぶ聞いている。すばらしいアイデアだ。出資もしようと思ってるよ」

ナツオさんが、いたずらっぽくウィンクする。

って、いつの間に?

もう。とんだ策略家なんだから。

「アキオ、いいパートナーを見つけたな」

普段はアキで通しているが、父だけは本名のアキオと呼ぶ。
アタシも父の前では、アキオになる。

でも、言うしかない。

さあ、いまこそカミングアウトよ。

父さんに、一世一代の告白を。

「あの、父さん。聞いて。実はその、今まで黙っていたんだけど、アタシ、じゃなくて、ボクはゲイでして・・・」

「ナツオさんとはビジネスだけじゃなくて、プライベートでもパートナーと言いますか・・・」

「ナツオさんとの同棲を、認めていただけないでしょうか」

言ってしまった。

遂に、言ってしまった。

うつむく父。

何を考えているんだろう。

読めない。

ゆっくりと顔を上げたその表情は・・・。

え?何?

照れてるの?

父さんのほっぺ、赤くなっていませんか?

「うむ、まあ、そうだな。その辺のことは詳しくないが、ワシだって父親だ。アキオが小さい頃から、そのぉ、あれだ。ずっと知っていたよ」


なんということでしょうか。

その後は、お酒も入り、かつてないほど和やかな会食になったのです。

「ところでナツオ君は、ネコ派かね?」

「へ?!」

「うちはネコを飼ってるから。今度うちに遊びにきたときに、ネコが苦手だと困るだろう」

「やだー!そっちのネコの話ね。ふふふふ」

「わっはっは」

なんだこれ。
アタシの今までの悩みは、何だったの?

鬱屈として過ごした青春時代を、返して欲しいわ。

その後も、明るい声で、場を盛り上げ続けるナツオさん。

母の目には涙が光る。

姉も喜んでくれている。

ナツオさんの無邪気さが、アタシに、アタシたち家族に、こんなにも明るい未来をもたらしてくれるなんて・・・!


宴もたけなわ。
ナツオさんが、おもむろにカバンの中からガサガサと包みを取り出し、アタシが止める間もなく、さっと父に手渡す。

「これお土産でーす!おとーさん、どうぞ」

「わっはっは。ナツオ君にそう言われると、なんだか新しい息子が出来たみたいだな。お?これはピーナッツかい?どれどれ、さっそくいただこう」

父が、ピーナッツを口に含む。

・・・。

あれ?固まった。

でもよく見ると、ぷるぷると小刻みに振るえている。

表情がみるみるうちに強ばり、狂気を宿した瞳と目が合う。

やばい!

くる!

「何食わせたんじゃー!ぺーーーッ!」

粘っこいピーナッツが、アタシの頬に飛んでくる。

「なんでだ!なんで甘いんだよぉぉぅ!!」

お土産の包みが投げ飛ばされ、砂糖がまぶされたピーナッツの雨が降る。

「あ、あなた!落ち着いてー!」

父がテーブルに手をかける。

ガタガタ!

ガタガタガタッ!

「父さん、ダメよ!」

テーブルの脚が固定されていることに気付き、みるみる顔を赤らめる父。

「テーブルを固定すなーーー!」

太い腕を、テーブルの端にダンッ!

「ならばこうじゃーー!」

そのまま力強く腕をズズズとすべらせ、食器とグラスを軒並み床へ落としていく。

ガチャガチャーン!

「きゃーー!」

パリンパリーン!

「やめてーー!」

父が椅子に手を伸ばす。

「ナツオさん、逃げてー!」

ゴトゴトゴトーン!

「ピーナッツには!ピーナッツには!」

ふぅふぅと頬を膨らませながら、父が叫ぶ。

「塩だろ!しおぉぉぉぉ!!!」


・・・終わった。

起業も、融資も、恋も、同棲も。

全部ぱぁ。

だからアタシ言ったじゃない。
手土産なんて、いらないって。

ソルト・ピーナッツ

塩ピーナッツ 塩ピーナッツ
塩ピーナッツ 塩ピーナッツ
※3回繰り返し
(訳:小倉麻未)
SALT PEANUTS
Lyrics : Dizzy Gillespie

Salt Peanuts Salt Peanuts
Salt Peanuts Salt Peanuts
*repeat 3 times

トランペット奏者でジャズシンガーで、作曲家。さらに一時は大統領選への出馬も検討したという、ディジー・ガレスピー。

彼の代表作のひとつが、こちらです。

作曲といっても、ジャズではよくある32小節・AABA形式の、“循環”と呼ばれるコード進行の曲です。

作詞といっても、メロディーの一部にあわせて「ソルピーナ ソルピーナ」。


今回、他のアーティストの演奏も探したのですが、ディジー・ガレスピーを超えるソルピーは見当たりませんでした。

ソルピーの猟奇的な魅力、感じていただけたら幸いです。


※このショートショートは、ジャズスタンダードの曲にインスパイアされたもので、作詞家の意図とは異なります。たぶんね。

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