【夫婦巡礼】無職の夫婦が800km歩いてお店を出す話【旅物語】⑧
巡礼3日目
スビリ ~ パンプローナその1
■早朝出発の理由…
昨夜は本当に、散々だったんだから!!
まだ辺りが暗いうちにアルベルゲを出発した後、大好きなスペイン産リンゴにかぶり付きながら僕は妻に悪態を垂れていた。そうそう、この日は僕の悪態から始まったのだった。
事の顛末はこう。昨晩、たまたま向かいに寝ることになった男性のイビキが煩すぎてほとんど眠れなかった僕は、ロビーのイスで仮眠せざるを得なかった。と言うこと。シンプル
「本当に、爆撃機みたいな音だったんだ!」
そんな僕の悪態を、妻は笑顔で聞きながら動画を撮ってくれていた。何て平和な朝だ。
アルベルゲではこうしたいびき問題が度々起こる。正直、仕方ないことだ。本人に意識は無いし皆疲れているから。それは理解できる
そう言うこともあるんだなと受け入れ、快適な睡眠のために対策を講じること。これが一番だと思う。音楽を聴いたり、耳栓をしたりするのが良い。そもそもイビキが嫌なら、お金を払って個室をとる方法もあるが、それ(不快を排除する方法)が自分の求める巡礼の旅に合うかどうかは、その人の感じ方次第だ。僕は絶対に耳栓を使うんだと固く決意した。
実はこの宿で悩まされたイビキの巡礼者とは、いずれ仲良くなる。まぁ、この時点ではそんなことは思いもしないのだけど…
■陽が差す森を抜けて
ただ、そんな事情に限らなければ、早朝の出発は良いことだらけだった。
暗がりの道からふと横を見れば、遠くに街のあかりがゆらゆらと灯って見え、幻想的だった。それはサンジャンで見た日常と非日常の境界線のようで、僕達が旅人であることを再認識させてくれた。
やがて僕達が峠を過ぎ、森を抜ける頃には太陽が顔を出し始めた。今日は天気が良い。木々の間を縫って差し込む陽の光が、心を穏やかにしてくれた。
ホタテ貝と巡礼者のモニュメント。
廃屋に彩られたペイント。芸術的なスペインアートだ。
■バルのアイドル
暫く歩いたところで、バルで休憩を取る。
ライアンやヨンチャンも既に休憩していた。
「あ!かわいいーー!!!」
妻が急に叫んで駆け出す。その先には、猫。
この凛々しさである。ホスピタレロ同様、彼もまたこの場所で巡礼者達を待ち、もてなし、そして彼に至っては至高の寵愛を受ける。たくさんの女性巡礼者達に可愛がられるなんて、なんて羨ましいんだ!
巡礼の途中たくさんの猫や動物達に会う。「病気が怖い」など、リスクを考えればキリがないが、動物達に癒されるのも事実。無理のない範囲で、愛でたら良いと思う。
いやしかし、本当に最高の天気、良い日だ。
■丘の上の教会で。
ところで今日は、僕達の予定ではパンプローナまで行かねばならない。巡礼路における最初の大きな都市にあたるパンプローナは、【牛追い祭り】でその名を知られている。
パンプローナへ向かう道中、僕はどうしても寄りたい場所があった。
そこはアルガ川沿いから少し外れた丘の上に建つ、サバルディカの村にあるサン・エステバン教会。
ナバラ州でも最も古い歴史を持つ教会の一つで、ここに来ると鐘を突かせてくれたり、巡礼の教えを教示してくれる。
歩く距離が少し長引くこと、丘の上に登らなければならない事に消極的だった妻を宥めつつ、僕達は教会へと向かった。ライアンとヨンチャンも、追いついて一緒に来てくれた。
特に目立ったランドマークもなく、別に通りすぎても何ら問題のない教会だったが、ここへ来て本当に良かったと思う。
その理由は、言葉との出会いにあった。
石造りの教会の中は少しヒンヤリとしていて、しかし金色に輝くマリア像にどこか温かさを感じる空間だった。
案内人の老婆はスペイン語しか喋れなかったが、それでも異国から来た巡礼者達を優しく迎えてくれた。そして、日本語、英語、韓国語とそれぞれの言葉に訳された巡礼の教えを記した紙を渡してくれた。
Blessed are you pilgrim, if you discover that the ''camino'' opens your eyes to what is not seen.(巡礼者は幸いである。巡礼が見えないものにあなたの目を開かせるならば。)
巡礼の旅において必要なこと、道しるべを示してくれてある。(一部抜粋したもの)
解釈は自分ですれば良いだけで、言葉に出会えたことは幸せなことだ。
教えを読み、言葉を噛み締めながら妻と二人で教会の鐘を鳴らした。
静かな村に、鐘の音が鳴り響く
巡礼者達はこの音に何を想うだろう。
宗教に拘りもなくこの道を旅する僕は、出会った言葉をどう解釈していくだろう。
およそ短時間で考えても答えが出ないような事だが、巡礼の旅が終わる頃、何か自分なりに考えが導き出せたら良いなと思うのであった。
そして、出会った言葉を大切にしよう。一緒に旅をする妻を大切にしようと、そう感じた。
そう感じたにも関わらず、この後僕達は夫婦喧嘩を起こしてしまう。
この時はそんなこと、露にも思わなかった。
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